第400話 三好家長老、三好長逸の決断と分裂

新たなる戦乱の幕開け
三好家長老、三好長逸の決断と分裂

 元亀元年 五月十八日

 ※三好三人衆への純正の降伏勧告は議論を呼んだ。本来、和議というのはお互いに交渉し、条件の折り合いをつけて戦闘行為を終了させる事である。

 しかし純正のこれは和議ではなく、あきらかに無条件降伏に近いものであった。

 一切の主張をせずに相手国の意のままに降伏するのが無条件降伏であるが、摂津と淡路に関しては『関与せず』と言っている。

 そういう意味では完全なる無条件降伏ではないのかもしれない。しかし朝廷、幕府ともに和議の調停を行うという目的は達成できたわけである。

 これ以上介入して「和議が成立しなかった」という既成事実はつくりたくないというのが本音であった。

 純正はこれまで、いかに戦をせずにすむかを考え、勝算のない戦いはしてこなかった。確かに厳しい局面もあったが、敗戦にいたるような致命的な失敗はない。

 今回も周到に準備を行い、負ける要素を極力排除して開戦に及んだのだ。事実、今この日本で、まともに小佐々軍と戦って勝てる大名はいないだろう。

 信長はそれを素早く察知して同盟を結び、留学生を送りつつ友好関係を保っているのだ。三好は何を基準に開戦したのだろうか? 信長は信長、純正は純正である。

 ■※勝瑞城

「ささ、どうぞこちらへ」

 笑顔を絶やさず低姿勢で、全権特使の太田和利三郎政直を迎えるのは、三好三人衆の筆頭である※三好長逸である。

 和議、というより降伏条件勧告の書面は送っていたはずだが、それでもなお、条件を良くしようと試みているのだろう。

 純正にしてみれば無駄なあがきにしか見えない。下手をすれば時間稼ぎともとれる行動であるが、それでも小佐々の勝ちに変わりはない。

 例えポーズだったとしても、対外的にここまで譲歩しているんだ、とアピールもできる。

 勝瑞城は、いわゆる三好氏の居館である勝瑞館の詰城であった。とは言え平地に建てられており、堀も一重のみの堅固とはいえないものである。

 城主で当主である三好長治は、他の三好勢と一緒に摂津に出陣している。

 城内を見回すと、絢爛豪華な調度品や壁、欄間、庭など、贅をつくしたつくりである。諫早城にも同様の豪華な仕様の部屋や通路はあるが、何かが違う。

 そう、品がないのだ。ただ金をかけただけで統一感も何もない。

 きらびやかなだけの装飾がそこかしこにある。対して諫早城は豪華で壮麗ではあるが、なんというか、成金感はない。

「さて、せっかくご案内いただいたが、こちらとしては交渉することはないのですよ、日向守どの」

 応接の間に通された利三郎は、出されたお茶を一口飲み、そう言った。対する長逸は笑顔を絶やさない。表情を変えずに交渉することは長年の経験が生んだ技なのだろうか。

「もちろんそれは存じ上げております。その上でわれらは、弾正大弼様の本意を知りたいと考えたのです」

「殿の本意、ですと?」

 利三郎は長逸の言っている意味がわからない。なにか訳のわからない事をいって煙にまくつもりなのだろうか。

「おっしゃっている意味がわかりかねますが、いったい何を考えておいでなのですか」

 質問の意味を率直に聞く。

「別に特別な事を考えているわけではありません。和議をするにあたって、お聞きしたいだけなのです」

 利三郎は考えていたが、静かに言った。

「わかりました。あまり時間もありませんが、いったいどのような事をお聞きになりたいのですか」

「はい、まずはなぜわれら三好家と敵対するのか。もともとわれらに接点はありませぬ」。

 利三郎は驚いた。何を今さらそんなことを聞くのだろうか。

「お答えします。まず、接点がないわけではありませぬ。昨年の大坂天王寺をお忘れか。そして、わが殿の義父君は関白二条晴良様であります。朝廷の意向に従うのは道理にござる」。

 そして、と利三郎は続ける。

「わが小佐々家中と織田家は盟約を結んでおりまする。その織田家が推戴した公方様の兄君であられます義輝公を、三好が弑し奉ったのは誰もがしる事実にて、三好討伐の命がでておりました」

「お待ちください」

 三好長逸が話を遮った。

「今、われらが義輝公を弑し奉ったとおっしゃいましたが、あれは事故なのです」

 事故? 利三郎は耳を疑った。

「あの日御所に行ったのは、弑するためなどとんでもない。われらの意見を聞いてもらい、叶えてほしいがためだったのです」

 利三郎はあきれ果てて、笑いにもならず、黙って聞いていた。

「意見を述べておるうちにお互いに熱くなり、下々のものがどちらからともなく手を出し、収拾が付かなくなりて残念な事故にあいなったのでございます」

 長逸は真剣だが、利三郎は一呼吸置いて答えた。

「仮にそれが本当だったとして、弑してしまった事実は変わりませぬ。周辺の大名国人はもとより、民はみな、三好が弑し奉ったと信じております。それに、今となっては詮無きこと」

 長逸は少し残念そうな顔をするが、利三郎にとってはどうでもいい。本当に、過去の出来事なのだから。

「わかりました。では次に、この先、弾正大弼様はわれら三好とどう向き合うおつもりなのでしょうか」

「向き合うも何も、戦が終わればこれ以上しかける事はありませぬ。むろんすぐに誼を通じることはできぬと存じますが、それは三好家中の考え方次第にございましょう」

 利三郎は即答した。考えるまでもない事である。降りかかる火の粉を払った。ただそれだけの事なのだ。

「それは、具体的にはどのような事でしょうか」

 このあたりのやり取りは、もう利三郎の中ではルーティンに近い問答になってしまっている。

「わが殿は、自ら戦を仕掛けることは断じてありませぬ。これまでも、すべてなんらかの理由が相手にあり申した」

 長逸は真剣に聞いている。三好のこれからの生きる道を模索しているかのようにも見えた。

「すべて戦を仕掛けられた後の報復、もしくは盟約を結んだ相手または服属している大名国人からの要請にて、戦をしているのです」

 利三郎は続ける。

「国を富ませ軍を整え、日の本一の兵と武器をそろえて、大義名分のもと戦っているのですから、負けるはずがありませぬ」

「日の本一、にござるか」

「さよう、日の本一にござる。これはそれがしの見立てにござるが、同数の兵で戦えば、まず負けますまい」

 長逸はうなっている。実際に大坂天王寺で見ているのだ。

 その時よりもさらに強いとなれば、長逸は利三郎のただの冗談として片付ける事などできなかった。

 それに、と利三郎は続ける。

「われらは弾正忠様と盟約を結んでおる故、弾正忠様に仇なす者は、すなわち小佐々の敵となり申す」

「それは、わが三好は織田殿と和議をなし、友好を深めねば弾正大弼様との友好も、ないと?」

「さようにござる。盟友と敵対している大名となど、たとえ通商だけとはいえ、利する行いはできませぬ」

 長逸は考えている。

「利三郎殿、弾正大弼様は、これからどうなさるおつもりなのでしょうか」

「……なにも、しないでしょうな。こたびも、追討令がなければ兵を起こしておりませぬ。わが殿は戦よりも、領民のために内政を行い、国を豊かにすることが好きなのです」

 長逸はさらに考えている。黙って利三郎の話を聞き、なにか、新しい事を考えているようだ。

「服属……」

「なんですかな?」

 よく聞こえなかったようで、利三郎は長逸に聞き返す。

「服属、すれば弾正大弼様と懇意になり、ともに歩むことはあたいますか」

「は! はは……ははははは! 馬鹿なことをおっしゃいますな。そのようなこと冗談でも言うべきではありませぬ。第一、御家中がまとまらぬでしょう」

「まとまった、としたら?」

 長逸の真剣なまなざしに気圧された利三郎は、答えざるを得なかった。

「それは、わが殿は服属するものを拒みはしませぬ。ただ、条件はちと変わっておりますぞ。不満を持つ大名国人はおりませぬが、納得できるかどうか」

 利三郎は、小佐々領内諸法度に基づいた、大名や国人の知行と俸禄制度を簡単に説明した。

「それがしは、無理だと思いますぞ。第一、家中はもとより麾下の国人衆が納得するのでしょうか」

「それは、それがしが説得しまする。なれば良し、ならねばこのまま。いずれにしても三好の先の世のために、老骨にむち打って最後のご奉公をいたしましょう」

 会談は終わった。

 降伏の最後通告を踏まえた、形だけの会談のつもりが、利三郎にとって三好の服属につながるかもしれない、重大な会談になったのであった。

 はたして、三好はどう結論をだすだろうか……。

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