天正十二年三月五日(1583/4/26) 肥前国庁舎
「そ、それは、あまりにも無体ではありませぬか? 我らから四割もお取りになるとは」
一人ではない。全員がそう言って場が騒然となった。信長は黙って目をつむり、聞いている。
「では一つだけお伺いしたいのですが、一体如何ほどの分(割合)ならばよろしいのですか?」
純正は笑顔で万座を見回し、それぞれに意見を求めた。
新政府の前身である日ノ本大同盟は、互いに不可侵とするだけではなく、加盟していない国に対する外征をやめ、日ノ本から戦をなくす事が目的であった。
他領に攻め入って富を奪い取るのではなく、純正がやってきたように富国強兵を行い、国力を高め外征しなくても良い強い国を作るための同盟だったのだ。
しかし、それだけでは限界があった。
小佐々家と他の大名との経済格差がありすぎて、商人が自由に経済活動を行えば、小佐々以外の大名の領地で生産されたものが売れなくなるという問題が発生する。
いや、発生し続けている。
質が良くて価格が同じ、または質が同じで価格が安いならば、誰もがそちらを選ぶのだ。
各地の特産品をこだわって買うならば問題はない。その土地でしか作れず、手に入れる事が出来ないならば問題はない。しかしそんな商品はごく少数である。
塩の問題は全域に新しい技術を導入したので解決しつつある。小佐々領内とそれ以外の価格差も徐々に狭まりつつあった。
しかし酒・味噌・醤油といった品はどれも高く、特に醤油は小佐々領内では居酒屋で無料で出されていたのに対し、他の領地では金を払わないと使えないという状況だったのだ。
特産品以外の産物のほとんどで、その傾向が見られた。
武田勝頼が口を開いた。
「家督を継いでからこの方、領国の発展には心を砕いてきた。然れど小佐々家との隔たりは未だ大きい。この運上(税)の仕組みで、誠に我らの領国も栄えるのであろうか」
「武田殿、ご懸念はよく分かります。只今は確かに差がございましょう。然れど縮まらぬということはございませぬ。現に先だっての塩にございますが、新政府への運上を除いても、年に一万貫ほどの利がございましたでしょう。小佐々と全く同じとはいかねども、今より豊かに栄えるのは間違いございませぬ」
純正が勝頼に向き直り、一呼吸おいてゆっくりと真摯に答えると、信長が静かに言った。
「つまり、一時は痛みを伴うが、長い目で見れば全ての領国が栄えるという策か」
「然に候。皆で力をあわせ、助けおうて日ノ本大方(全体)が栄えるよう目指すのです」
純正はその後、税率の件や補助金の件などを話し合い、税率は以下のように決まった。
元の税収……40%(四公六民の四公)
国税……16%
補助金としての還付(公共事業・補助金等)……7%
実質的な州の税収……40%-16%+7%=31%
国庫の残り……9%
■琉球 首里城
「御主加那志前(うしゅがなしーめー・王様)、昨今の状況を鑑みるに、すでに明国はわが琉球国にとって宗主国たりえませぬ。朝貢による利も数十年前からほとんどなく、破綻寸前の国庫を救ったのは小佐々との交易にございます。この上は航海の危険を冒してまで明国へ赴く事は、もはや百害、とまでは申しませんが、害あって一利なしかと考えます」
首里城内の朝廷でそう発言しているのは、外交担当の鎖之側の長官から親方に昇進し、さらに昇進を重ねて三司官に選ばれた、伊地親方である。
側近で鎖之側時代からの副官である長嶺親方も傍らにいた。
「しかし伊地親方、明国からの冊封をやめ、代わりに小佐々に冊封してもらうとする。明国がそれを黙って見ているだろうか。明国の国威が衰えてきているのは私も知っている。だからと言って冊封を止めては、明国に刃向かう反乱ととられても仕方ないのではないか?」
こう反論したのは同じ三司官である国頭親方盛順だ。その横には同じく三司官の国頭親方盛理がいる。
三司官は国王の下に三名いるが、選挙で選ばれる。その上に摂政があるが形骸化していたので、事実上の行政の最高責任者であった。
「その通り。今明国からの冊封を止めれば、どのような制裁があるかわからぬではありませんか」
盛理も同調して盛順に続いて反論した。伊地親方は溜息をついてさらに反論する。
「御二方のご懸念は良くわかります。しかしこの問題は今に始まった事ではありません。小佐々と交易を始めたのが十六年前の隆慶元年(1567年)ですが、その時すでに国庫は空だったのです。八年前の光緒元年(1575年)にも同じ議題で討論いたしましたが、時期尚早で保留となりました。その後八年、状況は変わりましたかな? 悪くはなっても良くなることなどなかったのではありませんか?」
国頭親方盛順が深刻な面持ちで応じる。
「確かに状況は悪化の一途を辿っている。しかし、明国との関係を絶つことは、我が国の立場を大きく変える重大な決断だ。古くから続く朝貢関係は、琉球の独立した地位を保証するものでもあった。小佐々家が琉球を保護するとしても、我々の自治を尊重し、他国からの干渉を防ぐ保証はあるのか?」
「盛順殿のご指摘、誠にもっともでございます。確かに明との関係は我が国の独立を支える柱の一つでした。しかし、現状では明国自体が内政問題に忙殺されており、我々を守る力はもはやないのではないでしょうか」
伊地親方は続ける。
「一方、小佐々家は既に高山・呂宋・渤泥・バンテン・マラタム・香料諸島と勢力を伸ばし、かつてわが琉球国が赴いていた国々よりも、さらに遠くまで船団を遣わしているのです。彼らとの関係を強化することで、むしろ我が国の独立性を維持できる可能性が高いのです」
伊地親方は盛順の考えを肯定しつつ、持論を述べた。その表情には、長年の外交経験から来る慎重さと、変革への決意が混在していたのだ。
伊地親方の言葉が終わると、一瞬の静寂が訪れた。
「とはいえ、明国との関係を完全に断つのは危険すぎますぞ。両立する道はないのだろうか?」
沈黙を破ったのは盛理である。
「ご懸念はもっともですが、すでに明国への朝貢は年に二回から二年に一回となって久しい。それも明国側の都合で一方的にでございます。内容によっては段階的に変更も考えられますが、こちらから三年に一回や五年に一回などできませぬ。さらに、小佐々とは十分過ぎるほど親交を結び、何の問題もなく交易を行っております」
国王は静かに目を閉じ、深く考え込んだ。
場内の空気が凍りつくような中、尚永王はゆっくりと目を開け、静かに語り始めた。
「伊地親方、小佐々家との正式な交渉の場を設けるのだ。すべては小佐々家にかかっている。彼の国がわが国を如何にするか。それを探り、交渉するのだ」
「はは」
次回 第708話 (仮)『琉球州誕生か』
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