永禄五年 九月 沢森城 太田小平太
殿は戦を嫌われております。もちろん、某も嫌いにございます。
他国になめられない様に国力を高め、調略によって情報を集め盟を駆使し、なるべく他国に攻め入らなくても済む様に、とお考えです。
しかし、世はそのような殿のお考えを気にもとめず、乱れに乱れ、やらねば殺される弱肉強食の世界なのでございます。
前日横瀬浦にて殿が助けた三人ですが、しばらくは殿預かりとの事です。
何もしない訳にはいかず、上の娘(某よりも年上の女性を娘と呼ぶのも変ですが)の妙殿は殿の義姉君、幸様のお付きとして働いておりまする。
六太は私と同じ殿の小姓。末娘の鈴は雪様のお付きをしております。
ただ不思議なのは、三人とも初めてのような感じがせず、武家の作法などしっかりと学ばれていた様な所作をするのです。
まさか、まさか、やんごとなき……。いや、深く考えるのは止めましょう。
今日は、キリシタンの宣教師を招いて、仏教のお坊さんとの討論会が開かれます。相手をけなして論破するのではなく、お互いの理解を深めて衝突をなくす。これは殿のお考えです。
石けんの製造と販売の一部を委任しているので、お金の問題での不満はありません。信徒も強制的に改宗はしていないので、今のところ穏やかな雰囲気です。
仏教僧(以下仏)
「汝らのいうデウスとは何者か?」
宣教師(以下宣)「デウス様はこの世の全ての創造主です」
仏「では、いかなる材料で魂をつくったのか?」
宣「デウス様はいかなる材料でもなく、その意志と言葉によって霊魂をつくりました」
……?? 仏教僧がよくわからない、そんな顔をしています。
宣「物にはすべて始まりがあり、それらは自ら始まった物ではありません。したがって、本源が存在するが、これには始まりもなければ終りもない。これを我らの言葉でデウスと呼ぶのです」
?? 某もよくわかりません。
仏「ではデウスは体があるのか? また、それは見える物なのか?」
宣「体があり、目に見える物は諸要素から出来ています。しかし創造主であるデウスは諸要素から成る体を持っていません。すなわち、もし諸要素から体が出来たなら、(それらの)創造主となる事はできないからです」
? ? ?
仏「いまだよくわかりませぬが、それでは議題を変えましょう。デウスは悪であるか善であるか? また、善悪の全てがデウスからできるのか?」
宣「創造主であるデウスは善であり、出来た物が悪であろうが善であろうが、デウスは関与しません」
仏教僧は、悪魔はどうだ? 悪魔が悪であり、人間の敵であるなら、なぜ善である神は悪である悪魔をつくったのか?
と問題を出してきました。
宣「デウスは善なる者を作りましたが、彼らが勝手に悪くなったので、懲らしめるために終わりのない罰を課すのです」
仏「デウスがそのように残酷な罰を課すなら、慈悲深い者ではないのではないか? 悪魔が人間を悪に誘うと知りながら、なぜ悪魔を放置しているのか?」
……眠くなってきました。
キリシタンの宣教師側からも仏教僧に対して、「聖人になろうとしていないのか?」「なぜ、禁忌である肉食や飲酒、妻帯をしているのか?」
と質問を続けます。
それに対して仏僧は答えます。
「われわれは聖人になろうとしているのではない。最終的には悟りを開くのが目的だ」「修行とはそれらを一切禁じて己の精神を高める者だが、一生続ける者ではない。定めた期間が終われば、別に肉食も構わぬ」
……うーん。押し問答? 考えや教義が違うから、噛み合わない。殿は……。
真剣に二人の討論を聞いていました。
「あいわかった。今日はここまでとする。お互いに考えが違うという事は致し方のない事。相手を認め、尊重する事がお互いの神も御仏も望んでおろう」
そう言ってお開きにしました。
仏教僧の方は帰りましたが、宣教師は残っています。どうしたんでしょう?
「そなたにひとつ、聞きたい事がある」
殿は切り出しました。
「何でしょう?」
「そなたら南蛮の商人が、わが日の本の民を買い、海の彼方へ連れて行っている、という噂を聞いたが、それは本当か?」
殿は表情を変えずに、淡々と聞いています。
「はい、本当でございます」
! 認めましたよ!
「そうか。ではなぜ買うのだ。言葉も違えば髪の色、瞳の色も違う。しかしそれでも同じ人であろう。そなたらの神は、同じ人間を、牛や馬のように首輪につないで売る事を許すのか?」
「それは我々もやりたくてやっているのではありません。しかし……」
宣教師は口ごもっていましたが、やがて答えました。
「しかし、日の本の商人がどうしても、と売ってくるのです。彼らも生活があるのでしょう。何度も何度も断りましたが、止めてくれません。それに、戦にて家族を失い、住む場所も食べる物もない。そんな彼ら、彼女らを買う事で、最低でも死ぬ事はないのです」
詭弁だ! 問題のすり替えだ! 殿の気持ちを代弁するとこうなるのでしょうか。次第に表情がこわばってくるのがわかります。
感情を必死でおさえています。
「そなたの言う事を聞くと、まるで悪いのは自分ではなく、売りに来る日の本の商人が悪い様に聞こえるが?」
「そうではありませぬ。我々としては、止むに止まれず、最善と思われる事を行っているだけです。……そこまで言うなら、殿様がこの国をまとめてしまえばいいのです。そうすれば戦もありませんし、露頭に迷う子供もいなくなりまする」
この野郎、言うに事欠いて……!
殿の代弁です。
「なるほど、左様か。売る者がいなければ、買わないのだな? その言葉に嘘偽りはないな?」
扇子をぐっと握りしめています。
「はい、もちろんです」
そうは言っているが目が笑っていない。できるものか、と思っているようです。
「そうか。あいわかった。今日はご苦労であった。下がるがよい」
殿、湯気がたっています。湯気が……。
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