第669話 『上杉景勝と上杉景虎。そして氏政への上洛命令』(1579/5/27) 

 天正八年五月二日(1579/5/27) 

 越後の龍、上杉謙信が死んだ。その知らせは越後のみならず近隣諸国に知れ渡り、周辺の諸大名はその動静を固唾を呑んで見守り、あるいは行動に移した。

 が、今世は違った。

 純正が信長と同じ立場で東に武田と上杉があり、石山本願寺との戦の真っ最中であれば、不謹慎だが諸手を挙げて喜んだだろう。なにせ信玄には煮え湯を飲まされ、謙信には手取川で大敗していたからだ。

 信玄亡き後、勝頼に長篠で勝っていたとしても、謙信の動向は信長の最懸念事項の一つであった。

 しかし、今世は違う。
 
 純正は西国の小領主の嫡男として現代人が転生し、西日本を支配して東南アジア、北海道以北にも勢力を広げている。国内では西日本を完全に支配下において、織田や武田と五分以上の盟を結び、事実上の影響下としている。

 上杉謙信とは数年前に戦って破り、越中から完全に上杉の影響力を取り除いたばかりか、上杉の生命線と言える湊を、一つを残して割譲させた。

 これにより上杉家は弱体の一途をたどり、北越の揚北衆の離反をなんとか収め、上野の支配もかろうじて維持している状態であった。弱体化した上杉の動静など、純正にとって些事なのだ。




 ■京都 大使館

「ほう、やはり来たか」

 純久は嫡男である常陸丸の素読の相手をしていた。この頃になると大使館業務は忙しいものの、大使館職員の増員が完了し、決裁の判を押す業務が増えてきていた。

 もちろん、重要事項は別である。

 純久が見ているのは二つの書状。上杉景虎からと上杉景勝からであった。謙信が亡くなった、という情報省の知らせより早く書状が届くとは……純久は二人の狡猾こうかつさを見て取った。

「父上、これは何ですか?」

 常陸丸がまっすぐな目をして尋ねてきた。純久はニコッと笑って答える。

「これは越後の上杉殿、上杉不識庵殿がお亡くなりになり、その二人の息子が我こそは正統な上杉の後継者なり、と言っているのだよ。そしてそれを父(純久)のおいであり主君である内府様に認めていただき、味方になって欲しいと言ってきているのだ」

 常陸丸は純久の息子らしく、利発である。純久はもうそろそろ元服を、と考えていた。

「父上はどちらが正統だとお考えなのですか?」

「常陸よ、そなたはいかに思う?」

 常陸丸はしばらく考えていたが、やがてはっきりと答えた。

「わかりませぬ。このように争いが起きるという事は、不識庵様はいずれかを後継にと、つまびらかにはしてはいなかったのでしょう。それは不識庵様の過ちであり、いずれも正しく、いずれも間違いにございます」

 謙信は景勝に、自らが称していた弾正少弼しょうひつの官途書出しを許しているが、明確に家督をつぐと公言してはいない。

「ふふふ。その通りじゃ」

 純久は常陸丸の成長が楽しみであった。いずれにしても小佐々家として公式の返事をしなければならない。純久の権限を越えているので、諫早の純正のもとに通信を送った。




 発 治三郎 宛 屋形

 秘メ 不識庵謙信遠行セリ 弾正少弼(景勝) 上杉三郎(景虎)ヨリ書状アリ ヲ味方願フトノ事 沙汰ヲ願フ 秘メ




 ■甲斐 躑躅ヶ崎館

 ここでもまた、一人の男が決断に迫られていた。甲斐武田家第十七代当主、武田勝頼である。父信玄は既に亡くなっており、名実ともに甲斐武田家の頭領である。

 四天王である馬場信春、山県昌景もすでになく、内藤昌豊は養子の昌月まさあきに家督を譲って隠居しており、高坂弾正が老臣として勝頼を補佐していた。

 ここにも同じく、謙信の死と同時に景勝と景虎から手紙が届いたのだ。謙信の死をどうするかという事よりも、いかに早く自らの正統性を勝ち取るかに全精力を傾けている。

「上杉家の内訌ないこうは我らにとって好機と言えば好機であるが、慎重に処さねばならぬ」

 と勝頼は言った。

 居並ぶ家臣たちは、上杉家の後継者争いにどのように介入するか、勝頼の指示を待っている。

 曽根虎盛が口火を切った。

「御屋形様、ここは弾正少弼殿で決まりかと存じます。また、内府様のご意向を伺いませぬと、一時はよくても、後々わが武田の禍根となりましょう」

 虎盛は大同盟の骨子である合議を経た行動でなければ、非難されると考えているのだ。勝頼は虎盛の発言を聞き、考え込んでいる。

「待たれよ。九郎左衛門尉殿(虎盛)の言にも一理あり。されど、内府様も房総に兵を向かわせ、合議の要無しとされたではありませぬか。あれも同じ内訌にござりますぞ。なにゆえに我らが行いを縛るものに相成りましょうや」

 四天王候補の内藤昌月まさあきである。

「後進に道を譲るのも、我ら老骨の務めではありますが、まだまだ暴れたりないのは誠でござるな。のう弾正殿」

 秋山伯耆守虎繁が、大きくはないが全員に聞こえるような通る声で発言した。

「……」

「お待ちください。確かに内府様は房総の件で合議の要無しとされた。然れど此度こたびは事の様(状況)が異なりまする。合議の要無しとしても、あらかじめ内府様はその旨発議し、賛同を得ておりました。しかも上杉は盟に加わっておりませぬし、隣国でもあります。内訌の隙をついて領土を拡げたなどと、あらぬ疑いをかけられかねませぬ」

 武藤喜兵衛が虎盛を援護した。信玄の両目ならぬ勝頼の両目である。それを聞いて勝頼は深くうなずき、言った。

「九郎と喜兵衛の言う通りだ。考えのない行いは禍根を残す。されど何もせねば機を逸す。まずは内府様の意向を確かめ、二人には当たり障りのない返事をしておけ。いや、味方をして勝ったみぎりの約束も引き出すのだ」

「はは」




「源五郎(弾正)よ、随分と大人しくなったの」

「やかましいぞ善右衛門(虎繁)。歳をとればそれ相応の責任というものができるのだ。お主もわかっておるであろう」

「かかか。わかっておるよ。ただのう。ふと昔が懐かしくなっただけよ。転がり込んできた機を逃す事だけはしたくないものよ」

「ああ」




 ■五月六日(1579/5/31) 諫早城

「ふむ。……我らとしては、上杉は、どうでも良いと思うが、それよりも北条じゃ」

 純正は通信文を読んでつぶやく。

「さようにございますな。目下の大事は上杉よりも北条。上杉の当主が景虎となれば北条に与するでしょうが、そのためには北条の助けが要りましょう。氏政が今の事の様で、考えもなく助力するかどうか。一方景勝は我らに与するという事でしょうが、ここは……われらが出て行かずとも、我関せず、他の皆様には『構いなし』とすれば武田が動くのではないかと」

 直茂が状況を分析して言う。

「ふむ。武田は『構いなし』とすればどう動くであろうな。甲相同盟は有名無実だとしても、景勝を推すとなれば氏政は黙ってはいまい。さりとてその氏政も、武田に弓引くは我らに弓引くと同義であるとは百も承知。その上で仕掛けるとは思えぬ。武田が景勝を推せば、その勝ち筋しか見えぬの……」

 純正はじっくり考えていたが、やがて意を決していった。

「よし、こう書いて送れ」




 発 屋形 宛 治三郎

 秘メ 我関セズ 皆様方ニハ 構ヒナシ ト 伝へヨ マタ 相模守殿ニ 房総ノ件 申シ開キノタメ 上洛ヲ 命ジヨ 秘メ




 次回 第670話 (仮)『氏政の考えと御館の乱。そしてようやくフルミン酸水銀』









 -政務・研究・開発状況-

 戦略会議室
  ・明国とは現状維持を図り、女真族との友好路線を継続。東南アジアにおいては再度のスペインの侵攻に備える。国内では既存地域の殖産興業と北方資源開拓。奥州諸大名の大同盟参加と、北条の孤立化を図る。

 財務省
  ・税制改革ならびに税収増加を計画。
 
 陸軍省
  ・8個師団体制と練度の向上。
  ・歩兵用迫撃砲(小型の臼砲の開発)、砲弾の研究。
 
 海軍省
  ・8個艦隊体制と練度の向上。
  ・南遣艦隊による東南アジア全域の視察と警備。

 司法省
  ・小佐々諸法度の拡充と流刑地の選別と拡充。

 外務省
  ・ポルトガル本国、アフリカ、インドや東南アジア諸国に大使館と領事館を設置。入植の促進と政庁の設置。呂宋総督府の設置。

 内務省
  ・戸籍の徹底。

  ・天測暦、天測計算表の出版。

 文部省 
  ・純アルメイダ大学、アルメイダ医学校の増設(佐賀は完了。筑前立花山城下を検討中)。

 科学技術省 
  ・製鉄技術の改良と向上
   
  ・蒸気機関を用いた艦艇、輸送機関の開発。

  ・雷管(雷こう)の研究開発。

 農林水産省 
  ・米の増産と商品作物の栽培育成。飢饉ききん時の対応として、芋類の栽培推奨と備蓄。

 情報省
  ・国内(領内・領外)、国外の諜報網の拡充、現地住民の言語習得と訓練等。
 
 経済産業省
  ・領内の物価の安定と、東南アジア諸国の産物の国内流通と加工等。

 国土交通省
  ・領内の街道整備と線路の拡充。港湾整備。

  ・地図、海図の作成。

 厚生労働省
  ・公衆衛生の意識と環境の向上。浴場の設置。農水省と協力して食糧事情の改善と、肉食の推奨による栄養バランスの向上を図り病気の予防。

  ・疫病発生時の対応マニュアルの作成。
 
 通信省
  ・飛脚等、官営から民営化を図る。駅馬車、乗合馬車等の民営化。

 領土安全保障省
  ・他国からの入領者に身分証明書の提示と、疑いのある場合は身体検査を行う。港では乗員名簿の提出と検査の徹底。大同盟諸国に対しては、身分証明書の発行を依頼。

  ・特定の人物に関しては、人権を損ねない範囲で監視を行う。

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