永禄十年 十一月 北肥後 小代城 岡甚右衛門
「そんなに! そんなに買っていただけるのですか?」
小代実忠どのは驚いている。
同田貫は身幅が厚く反りが浅い刀身の刀で、余計な装飾のない、美麗さより実用本位の刀である。
折れず曲がらず、そういう表現がまさにしっくりくる。
南蛮との商いには刀剣も重要な輸出品だからな。なにも銀だけではない。できれば銀の流出はさけたいところだ。
そしてさらに、将来的には波佐見や三川内、有田・伊万里・唐津から物凄い産物が出るという。一体なんだろう。
いつものことながら、殿の考えは時折われら常人には計り知れない時がある。
南蛮相手であれば、高瀬の津から直接口之津へ向かうのが一番早いであろうな。
本当は肥後でも銀や銅の輸入ができれば良かったのだが、鉱山は南肥後に集中しておる。
「それで、小佐々どのからは何を売ってくださるので?」
実定どのがさらに聞いてきた。
「こちらからは石けんや鉛筆、澄酒に椎茸や、味噌・醤油・酢、油は菜種をはじめ各種、その他には綿製品などがございます」
石けんなどは初見に等しいだろう。椎茸にしても澄酒も高級品である。
「また、ご要望があれば、鉄砲・火薬・大砲などもお売りできます。ああもちろん、南蛮の品もご用意できますよ」
おっとしまった。さすがに戦道具や矢弾の類いはまだ早いか。
「商いは御用商人に任せておりますが、あくまでも自由に商う中での御用商人です。家中が買う物や売る物は優先的に御用商人が扱いますが、新規の参入が全くできないわけではありません」
御用商人は幅を利かせているが、他の商人も自由に商売をしている。
「これらの物は大阪、堺を通じて日の本全土に売っておりますが、直接買っていただく事で値も下がります」
「ほう……実に様々な産物を扱っておりまするな。……なるほど。小佐々さまのご希望は他にありますか?」
実忠どのが言う。
「そうですね。できましたら、わが国の商人には関銭や帆別銭を減免していただく事はできませぬか?」
少し渋い顔になった。それはそうだ、関銭や帆別銭は重要な財源だ。おいそれとは減免できるはずもない。
「わが小佐々領内では関を廃止しております。その結果領民や商人が自由に行き来でき、人が増え流れが活発になり、銭を落としてくれるおかげで国が豊かになりました」
通行税を減免することで得られる利益は、すぐには実感できない。
「なにもいきなりわが国と同じ様にしてください、とは申しておりません。まずは手始めに直接の商いを始めましょう。その後は商人や関・湊の役人同士で細かな事を決めて、それから上にあげてくれればよろしいかと。御城下からの輸出品も同田貫以外にもたくさんあるのではないですか?」
「確かに」
実忠どのはしばらく考えていたが、やがて意を決したように言った。
「わかりました。では今後、よろしくお頼み申す」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。あわせて、商い以外にもご相談事があれば遠慮なくおっしゃってください」
会談は円満に終わった。
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