第373話 土佐安芸郡一揆⑤陰のフィクサー?小佐々治部少丞純久

西国の動乱、まだ止まぬ

 永禄十二年 十一月十五日 京都 室町御所

「公方様、小佐々弾正大弼純正が家臣、小佐々治部少丞純久にございます」

 純久は京都にあって大使として各国(各勢力)の重要人物と会うことが多いが、義昭は少し面倒くさいので、必要最小限にしていたのだ。

 しかし、今回は重要な案件について奏上すべく謁見を申し出ていた。

「おお、純久であるか。どうした、三好攻めの算段でもついたのか?」

「申し訳ございませぬ。こたびはその報告にあらず。別件にございます」。

 違うと知って明らかに表情が曇る義昭であったが、次の純久の言葉で関心を持った。

「別件ではございますが、公方様の命による三好攻めの災いとなる事が起こりましてございます」

「なんじゃ、どうしたと言うのだ?」

 三好三人衆は実兄である十三代将軍義輝を殺した張本人である。

 実行犯は三好義継であるが、そそのかしたのは三好三人衆である。善継は松永弾正とともに信長と合力して上洛を助けていた。

 そのため義昭の憎しみは三好三人衆に向いていたのだ。正月の京都侵攻未遂の件もあった。

「はい、されば公方様におかれましては、土佐の長宗我部に三好攻めを命じ、わが小佐々家にも合力して三好を攻めよ、との仰せにございました」

「その通りじゃ。それがどうかしたのか? 小佐々は島津や伊予の戦があるから全力では攻められぬ、しかし兵糧矢弾を供する事はやぶさかではない、そう申しておったな」

「はい、事実浦戸を介して岡豊城にも兵糧を供しておりました。ところが、でございます」

「なんじゃ、どうしたのじゃ」

「はい、土佐は安芸郡にて一揆が起こり、時を同じくして、長宗我部に昨年滅ぼされた安芸国虎が嫡男、十太夫が蜂起してございます」

「な、なんじゃと! それでは出兵ままならぬではないか。それで、元親は鎮圧に向かったのであろうな?」

 義昭は慌てて身を乗り出すかのように純久に確認する。

「はい、鎮圧には向かったようですが、なにぶん相手勢力も手強く、手こずっているようにございます」

「なんという事だ、このような時に一揆を起こすなど、しょせん下賎の者どもよ、その安芸なにがしかも同類じゃ」

 何を言っているのだ、このお方は、そう純久は思った。民を第一に考えるのが為政者としての務めではないのか。

「は、されど公方様、そもそも土佐の国は誰が治め、民を安んずるのでしょうか」

「それは……今はそのようなこと、関わりなかろう」

「恐れながら、関わりがないとも言えませぬ。残念ながら朝廷が定めた国司にて正六位下たる土佐守は、鎌倉の御代のはじめに源国基様が最後にして、正式には任じられておりませぬ」

「……」

「さらに、はばかりながら申し上げますが、今の幕府の守護も同じにございます」

「なに」

 純久は平伏し、なおも続ける。

「土佐の守護の職は、管領たる細川高国様より後、正式には任じられぬままとなりております。この国々においても名のみの守や、守護と称する者が、後を絶たぬ有様にござりまする」

「それは、確かに、そうであるが……それがどうしたのじゃ」

「はい、かくの如き事態ゆえ、土佐に七雄と言われる国人が乱れ立ち、禍と成り申した。この上は公方様と幕府のご威光をもって土佐守護を任じ、朝廷に土佐守を任じるよう上奏する事が肝要かと存じます」

「ふむ、そうであるか」

 ご威光、という言葉に弱いようだ。

「さすれば、帝の公方様への信頼いや増すばかりか、諸大名も幕府への畏敬の念を、より強く抱くことと存じます」

「あいわかった。そちの言い分もっともである。そのようにいたそう」。

 ■二条晴良邸

「おお、これは、治部少丞どのではござらぬか。久しいの」。

「はい、関白様。日々の業務に追われご挨拶の暇もなく、申し訳ございませぬ」

「なにを水くさい事を。そなたと麻呂の仲ではないか、義兄上でよい」

「は、それではわたしの事も純久とお呼びください」

 二人はお互いに譲り合いながら言葉を交わす。

 関白二条晴良は、純正の側室藤の方の父親である。純久にとっては純正と藤姫、どちらも血がつながってはいないので、義理の兄という事になる。

 最近は諸大名や各種勢力からの面談が多く、時間がとれなかった。しかしまだ大使館が秘密の存在だったころ、三年前の藤姫の輿入れの頃から頻繁に会うようになったのだ。

「それで、こたびはどうしたのじゃ。茶を飲みに来たわけではあるまい」。

「はい、実はご相談したき儀がございまして」

「なんじゃ」

「土佐守なのですが、一条様を任じていただけるよう、帝に上奏していただけませぬか」

「なるほど、土佐守をのう。しかし、どうしてまた純正ではなく兼定なのじゃ? しかも土佐守など」

「はい、わが殿、いや純正ですが」

 二人でははは、と笑う。

「あまり官位や官職にこだわりがありませぬ。しかし、他の大名たちは違いまする」

 うむ、と晴良はうなずく。

「自らの権威づけ、大義名分を得るために僭称している輩も多うございます」

「うむ、それは嘆かわしい限りじゃ。かくいう朝廷も、さしたる貢献もなく献金のみで叙任をしておるゆえ、大きな声では言えぬがな」

「なにをおっしゃいますか。献金も立派な貢献にござる。金で官職を買ったなどと揶揄する者もおりますが、その金で御所を修繕したり、諸々の儀礼を執り行うことができまする」

 晴良は力なく笑う。朝廷の困窮は今に始まった事ではないが、小佐々家の献金でまともになったのだ。

 ちなみに現時点での献金一位は小佐々家で、二位が織田家、三位が毛利家である。

「そもそも応仁の大乱がなく、世が静謐を保っておれば、このような事にはなっておりませぬ。……ああ、失礼しました、話がそれてしまいました」

「よい。兼定を土佐守に任ずる事を上奏するのは構わぬが、麻呂の味方ばかりではないのでな」

「関白様に仇なす者が朝廷にいるのでございますか?」

「いや、敵という訳ではないのじゃ。付和雷同して従う者ばかりではない、という事じゃ」

「さようでございますか。では、土佐で騒乱が起きておる事はご存知でしょうか」

「いや、知らぬ。土佐守と関係があるのか?」

「はい、土佐は七雄と申しまして、一条を盟主にして七家がそれぞれ力を持ち乱立しておりました。そこで長宗我部が東を統一し、一条を攻めた、この件はご存じの通りです」

 晴良は長宗我部から調停の依頼がきて仲裁人を派遣した事を思い出した。

「ああ、その節は世話になったのう。その長宗我部がどうかしたのか?」

「はい、長宗我部が治める東土佐ですが、旧七雄の一つである安芸家が、一揆とあわせて蜂起したのでございます」

「なんと! 長宗我部はどうしたのじゃ? 反乱を収めに動いたのであろう?」

「はい。動いたのですが勢い強く、収るどころかさらなる拡がりを見せております。これはひとえに、長宗我部に土佐を治める力がない、という事の証しではございませぬか」

 ううむ、と晴良は考え込んでいる。

「別に長宗我部が悪い、と申している訳ではございませぬ。しかし現に勢い収らず、このままでは阿波や讃岐、ひいては畿内にまで広がる恐れもありまする」

 晴良の顔がこわばった。

「あいわかった、朝廷が兼定を土佐守、幕府が守護に任ずる事で、土佐の乱れをただし静謐を求めるという事じゃな」

「さようにございます」

「もちろん、純正は後押ししてくれるのじゃろう?」

「無論です」

 こうして一条兼定の土佐守と守護任官の動きが始まった。

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