第611話 小田原評定ならぬ小田原決定(1574/9/29) 

天正三年九月十五日(1574/9/29) 小田原城

小田原城は、戦国時代最大級の全長9kmにおよぶ総構えが有名だが、この時にはまだ完成していない。

秀吉が行った天正十八年(1590)の小田原侵攻に備えるために構築されたのだ。

上杉謙信の小田原城包囲の際には、当然完成していなかった。

しかし驚く事に、小佐々海軍連合艦隊司令長官である深沢勝行が面会に行った時には、すでにできあがっていたのだ。

箱根の山から連なる丘陵や河川、海岸と言った重要な要素を含むため、必然的に城下を取り込む形となって、広大なエリアにおよぶ。

総普請前からある三の丸外郭と複合して、防衛線を構築しているのだ。

小田原城の謁見の間には当主の北条氏政をはじめ、家老の松田尾張守(左衛門佐さえもんのすけ)憲秀に多目周防守元忠、一門の北条左衛門佐氏忠などの重臣が控えていた。

「はじめて御意を得まする、小佐々内府右近衛大将様(正三位)が郎党、深沢肥前介にございます。相模守様におかれましては、ご健勝のこと、お慶び申し上げます」

純正は上杉戦のあとに三識への推任があったが、『面倒くさい』という理由で断っていた。

しかし加賀と紀伊の件を収束させ、宗教勢力の弱体化に功があったとして、再度推任があったのだ。(七月)

仕方なく『一人ではなく合議で行った事』で、全員を昇任させるならという条件で、譲歩して正三位内大臣への昇任を承諾した。

小佐々純正 従三位権中納言近衛大将⇒正三位内大臣右近衛大将
織田信長  正四位下参議兵部卿⇒正四位上左近衛中将
武田勝頼  従四位下大膳大夫⇒従四位上蔵人所頭
浅井長政  従五位下備前守⇒従五位上左衛門佐
畠山義慶  従四位下修理大夫⇒従四位上検非違使別当

ちなみに里見氏は上杉戦後の参入であったことで除外された。

純正は入れたかったが、里見氏側からも特に抗議はなく、確かに何もしていないので、官位官職共に据え置きである。

「相模守である。これはこれは海を埋め尽くさんばかりの兵船にて参られ、お慶び申し上げるとは、いささか合点がいかぬが……。まあよい。して御使者どの、こたびはいかなるご用件であろうか」

不敵な笑みを浮かべ、嫌みをいいながら丁寧に氏政は応対した。

「は、されば申し上げまする。相模守様におかれましては、速やかに常陸の佐竹、下野の宇都宮との戦をやめていただきたく、和睦の願いに参りましてございます」

ふむ、和睦ねえ……と氏政は目をつむって口ひげをさすり、次いであごひげをなでる。

「あいわかった」

「え?」

え? というのは勝行の本音である。マジで『え?』なのだ。自分の耳を疑った。

「畏れながら、今一度仰っていただきとう存じます」

勝行は氏政の顔をみて、真剣な眼差しで問う。氏政は今まで会った事のない種類の人間である。

「あいわかった、と言うたのじゃ」

「それは、この和睦の和議に応じられるという事に、相違ございませぬか?」

「くどいな。遠き南の呂宋国にてイスパニア・・・・・の兵船団を相手に大立ち回りをし、一隻を沈め九隻を捕らえた海の猛者が、なにをくどくど言うておるのだ」

! なんだと? こいつ、どこまで知っている?

氏政の表情は読めないが、このやり取りを楽しんでいるようにも思える。

フィリピンでスペイン軍と戦った事は、信忠から信長へ伝わったように、戦いの情報は漏れている。

しかも正確な戦果と、相手が南蛮ではなくイスパニア・・・・・だと?

「失礼いたしました。相模守様のご慧眼、この肥前介恐れ入りましてございます」

「ふふふ。心にもないことを。では、それでよいな。肥前介どのは名代ゆえ、わしは出席せぬが、ただちに戦を止めるように知らせを遣わしておこう。さあ、長旅疲れたであろう。船の備えも乏しいであろうから、活きの良い相模の魚に山の幸、薪や水など進ぜよう」

「はは。ありがたき幸せにございます」

相変わらずの不敵な笑みを浮かべる氏政である。

勝行は里見側に北条方が和議の準備がある事を伝え、その厚意に甘える事となったのだ。

親愛なる太陽王、フェリペ二世陛下へ極東の日ノ本、東国王北条相模守が書を送ります。

われらが共通の敵小佐々内府が、東国の戦を鎮めるべく兵船団を遣わしました。以下にその概要を記します。

大砲七十余を備えたる大船八隻、三十八を備えたる中船三隻、二十門から三十門を備えたるが八隻、十門から二十門を備たるが二十五隻也。

いずれもわが国の船より大きく、その大将はかつてフィリピナスにおいて、陛下の兵船団と戦った時の将と同じです。

彼我の兵力を知る事は、戦をする上で重要な事なので、お知らせいたします。今後ともわが国と変わらぬ親交をお願いいたします。

1574年9月29日

東国王 北条相模守

■伊豆国 君沢郡 長浜村(静岡県沼津市) 長浜城下の湊

カンカンカンカンカン。ドンカンドンカン。ガンガンガリガリ……。

全長25m、幅10mはある安宅船が10隻と大小の船が湾を埋め尽くしている中、ひときわ大きな船渠せんきょにて、誰も見たことのない船が建造されていた。

大型、中型、小型の大砲が鋳造され、組み立てられて搭載されている。その数38門。

「Ha habido un ligero retraso en la fundición del cañón.」
(少し大砲の鋳造が遅れていますね)

「すみません。材料の調達が遅れています」
(Lo siento. Ha habido un retraso en el suministro de materiales.)

次回 第612話 難航、講和会議

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