条約締結の手続きが粛々と行われている頃、政忠は招待した松浦党四氏の代表と歓談していた。波多氏は、当主が元服したとはいえ若いので、代表の家老日高資が来ている。
伊万里氏は当主の伊万里純、志佐氏は当主の志佐純昌だ。有田氏は史実では随分前から相神浦松浦氏に併呑されているのだが、現世では独立を保っている。
「いやあ、久しいですね日高殿。去去年(一昨年)誼を通じて(親交を結ぶ)より一度お会いしておりますが、息災にござったか?」
殿、だと? 資は思った。もちろん顔には出さない。一昨年不可侵と松浦を牽制する盟約を結んだ時は、様だったぞ。
「もちろんでござる。平九郎殿も辛く(必死に)、北へ東へ、忙しゅうござるな」
「ははは。それほどでもござらんが。周りは血の気の多い人ばかりですからなあ。特に東の東とか(後藤・龍造寺)」
見かけは和やかに見えるが、その内実は腹のさぐりあいだ。
「平九郎殿、ちなみにあの大筒は、いかほど飛ぶのかな?」
「そうですなあ。おおよそ二十町(約2,180m)、風の良いときや調整次第では……遠ければ一里(約4km)ほどかと」
一里! ? そうでなくても二十町だと? 南蛮の砲は五~六町程度のはずだ! 大砲の飛距離に資は驚きを隠すのが精一杯である。
「左様にござるか。なるほど。然れどこれだけの数、船、ようそろえましたなあ」
まずい、これはまずいぞ。こやつを敵に回してはならぬ。
そして我が波多も……。石高は我らが上回っている。出来ぬはずがない。
資は政忠がどうやって大砲を手に入れたか、いくらするのか、考えずにはいられなかった。
「いやはや、金も人も相当かかり申した。本当に」
なごやかな雰囲気で歓談が進む中、調印が終わった。細かな詰めは乗艦していた利三郎が行った。
「籠手田殿!」
「いかがされた、平九郎殿」
籠手田安経は、無表情で返す。平戸家臣団の中では唯一の良識派だ。もっとも、それでもハラワタは煮えくり返っているだろう。
「俺は、キリシタンには寛大です。教会も修道院もセミナリオも、好きなだけ作ればいい。ただし……」
「仏教徒に攻撃はさせぬが、キリシタンが仏教徒を攻撃するのも許さぬ。自由に信じたい物を信じればいい。しかしそれは、他者を脅して強制する物であってはならない」
籠手田安経は黙って一礼し、他の家臣団と一緒に帰っていった。
「籠手田殿! よろしいのですか? あのような若造にいいようにされて!」
「いいわけがなかろう! ではどうすれば良かったのだ! われら全員あの場で斬り結んで果てれば良かったのか? 決して勝てはしなかったであろうぞ!」
「それは、確かにそうですが……。然れど口惜しい! かが十四の小童に。しかもただの海賊の手下ですぞ」
「大島殿、それを言えば我らも、もとは海賊ですぞ。今は、我慢のしどころにござる。力を蓄え、いずれ九郎様を連れ戻し、平戸松浦を復興させましょう!」
それを聞いて、同じく家老で出席していた大島輝家は、だまってしまった。
長い、長い雌伏の時がきたのかもしれぬ、そう籠手田安経は感じていた。
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