第840話 『3年後の紫禁城』

 慶長二年四月八日(西暦1597年5月23日) 

 肥前国と講和した明国であったが、国内経済は依然として疲弊しており、復興にはほど遠い状態であった。

 加えて寧夏国の独立による国土の割譲、膨大な戦費を浪費した楊応龍の乱の鎮圧は、明国にさらなる苦痛をもたらす結果となっている。

「沈首輔よ、わが国の国情はどうだ? 肥前国との講和から四年、状況は改善しているのか?」

「はっ、恐れながら……。未だに厳しい状況にございます」

 万暦帝の問いに対し、内閣首輔の沈一貫は苦渋の表情を浮かべながら答えた。

「……うむ。難しいことだとは思うが、具体的にどのような問題があり、どのような対策を講じているのだ。そちの見立てでは、領土は別として、張首輔の時代や成祖皇帝(永楽帝)の御代のようになるには、どのくらいの年月がかかると思うか」

「……現状に鑑みると、少なくとも二十年は必要かと」

「二十年か……」

 沈一貫の返答に頭を抱える万暦帝であったが、836万両(テール・銀36グラム換算でおおよそ660万貫文)を超える賠償金の支払いと戦費によって、国庫が空になっていたのは事実である。

「そうだ、首輔よ、私庫から出そうではないか。私庫から出費すれば、負担は減るのではないか?」

「陛下、それはなりません。私庫は国家の安寧のために蓄えられたものであり、今ここで使ってしまえば、いざという時に対応できなくなります」

 万暦帝の提案に対し、沈一貫は慌てて反対した。

 私庫は皇帝の個人的な財産であるが、実際には国家の緊急時に備えた予備費としての役割も果たしていたからだ。

 しかし、実際の状況は違う。

 私庫の金は、すでになくなっていた。

 張居正の改革によって国庫が潤い、それに伴い必要な私庫も豊富になったが、万暦帝は1592年の肥明戦争勃発前にそれを使い果たしている。

 開戦に際して正気を取り戻し、講和後も善政を敷いていたが、2~3年で回復できるものではなかった。

「そうか、朕も倹約を心がけてきたが、さらに倹約しなければならないようだ」

 万暦帝は今はただ目の前の問題をどうにかやり過ごすことしか考えられない。

 しかし、その場しのぎの対応では、明国の未来は開けないのだ。




 ■ハノイ

 ベトナムでは、鄭松が1592年にばく朝の都であるハノイ(昇龍)を攻略し、南北朝時代を終結させていた。明国からの宗主権放棄の報告を受けた後、即座に肥前国への接近策を講じている。

阮潢げんこうとの交渉は、まだまとまっていないのか?」

「は、申し訳ありません。いまだに態度を硬化させておりまして」

「まったく、今の王はわしがいるからこそ成り立っているのだぞ。何が不満なのだ」

 平安王に封じられた鄭松は、さらに都元帥および総国政の称号を付与され、尚父の称号も受けていた。

「幸いにも、肥前国との交易は端国公様(広南国・阮朝)の仲介なしで、滞りなく行われています」

「うむ。ではさらに拡大させよ。南の連中は表向きには朝廷に従っているが、いつ反旗を翻すかわからん。まったく、今ですら独立国のように振る舞っておる」

 明とは距離を置きつつ、交易を続けながら肥前国との関係を強化することで、広南国(阮朝)との間においてわずかでも優位に立とうとしていた。

「肥前国に対して、こちらは正統な黎朝であり、阮潢(げんこう・グエンホアン)はただの臣下であると訴え続けるのだ」

「ははっ」

 黎朝の朝廷は、広南国(阮朝)が肥前国と独自に関係を築いていることを警戒していた。

 鄭松は、自らが後ろ盾となっている黎朝こそがベトナムの正当な統治者であると主張し、国際的な支持を得るために奔走していたのである。




 ■寧夏

「皇太子殿下におかれましては、ご機嫌麗しくお過ごしのこととお慶び申し上げます」

 密命を受けて寧夏国を訪問していた柳川対馬守調信しげのぶは、哱拝ぼはいの息子で皇太子であり、摂政として国政を担っている哱承恩ぼしょうおんに挨拶をした。

 深々と頭を垂れ、持参した太刀を献上する。

 哱承恩はそれを受け取ると満足げにうなずいたが、調信の目的は友好を深めるためではなかった。

 3か月前に決定された大陸戦略の一環である。

 哱承恩の性格や朝廷内の力関係、哱拝の体調などの情報を収集し、対明強硬戦略を採用させるためであった。

 哱拝が死亡すれば、間違いなく哱承恩が王位を継承する。

 その後、対明戦略として強硬路線を貫いてもらうべく、種まきをしに来たのだ。

「陛下のお加減はいかがでしょうか」

「おかげさまで、最近は体調も良く、散歩などを楽しんでおります」

 哱承恩は父である哱拝とは異なり、根っからの武人なのかもしれない。国王哱拝の安否は、国運を左右する重要な要素のはずだ。

 本来なら肥前国の使者である調信の発言から、来訪の目的は情報収集であると考え、警戒しなければならない。

「肥前国外務省、アジア・太平洋渉外局次長の柳川対馬守調信でございます」​

「おお、これはこれは。遠いところからわざわざお越しくださり、ありがとうございます」

 白髪ではあるが髪はきちんとまとめられ、背筋を伸ばして対応する哱拝がいた。老齢と病気のため床に伏せているという話だったが、そうは見えない。

「お元気そうで何よりです」

 そう返事をする調信であったが、どうにも違和感が拭えなかった。

 病床にあるという情報と矛盾している。それに、警戒心の強い武人特有の鋭い眼光が感じられないのだ。まるで人形のように作り込まれた笑顔である。

 調信は、その違和感の正体を突き止めようと、細心の注意を払って言葉を続けた。

「ごほっ、ごほっ……」

「陛下!」

「父上!」

 調信が退室し、その気配が消えるやいなや、哱拝は音を立てて崩れ落ちて側近に支えられた。

「大丈夫だ、問題はない」

 哱拝はそう言ったものの、顔は脂汗に覆われていた。

 (やはり、無理をさせてしまったか……)

 承恩は内心でそうつぶやきながら、父である哱拝を見つめた。哱拝は調信の来訪を知ると準備を整え、顔に化粧を施して身なりを整えていたのだ。




 ……今はまだ、この老いぼれが倒れるわけにはいかん。




 次回予告 第841話 『調略』

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