2024年12月10日 SPRO内
「槍太!」
救出から1週間たった頃、槍太が目覚めた。
「うん? あれ? みんなどうしたの? ちーちゃん(千尋)、何で泣いているの?」
大学のサークルには開放的なイメージがあるが、考古学研究会は純粋に考古学を愛する学生たちが集まっていた。テニスサークルや軽音楽サークルみたいな(あくまでイメージですが!)陽キャが集まる感じではない。
良い意味で個性的な学生が集まっていたのだ。
そして比古那は咲耶に、尊は美保に、そして槍太は千尋に惹かれ合い、いつの間にか恋人同士の雰囲気ができあがっていた。
「どうしたじゃねえよ! 心配したんだぞ!」
尊は槍太の肩をドンとたたき、声を上げた。
「ばか、ばか……本当に心配したんだから……」
千尋は槍太の後ろから抱きつき、涙を流しながら寄り添った。
「う、うん、ごめんね(何がごめんなのかはわからないけど……)」
ヒューヒューと冷やかす雰囲気ではなく、誰もが目覚めを喜んでいる。
「良かった、目を覚ましたね。みんな本当に心配していたんだよ」
修一は様子を見守りながら、ほっとした表情を浮かべていた。
「……僕は、どれくらい寝ていたの?」
「1週間になる」
少しずつ状況を理解し始めた槍太に対し、比古那は答えた。
「ロシアのIIAに拉致されて、SPROの特殊部隊に救出されたんだよ。……お前どうした?」
「え? 何が?」
「僕って何なんだよ? ……気持ち悪い。何か悪いもんでも食ったのか? あ、いや……」
比古那の疑問はもっともだ。以前は一人称が『オレ』だったはずが、『僕』と言ったからである。
「……薬のせいかもしれませんね」
結月は冷静に分析を始めた。
「投与された薬物が脳に何らかの影響を与えている可能性があります。人格が変わるとは言いませんが、言動に変化が現れる可能性は十分にあります」
槍太は自分の発言をゆっくりと思い返し、首をかしげた。
「薬のせい……? 僕はいったいどうしたんだろう? なんだか頭がぼんやりしていて、うまく考えられないんだ」
壱与が心配そうに槍太の顔をのぞき込む。
「槍太よ、無理をするでない。今はゆるりと休むが大事ぞ」
イサクも同意してうなずいた。
「うん、ありがとう」
槍太の口調は丁寧で他人行儀に感じる。以前のやんちゃで親しげな雰囲気はまったく感じられず、まるで別人だ。
修一は複雑な表情で槍太を見つめる。
「何か思い出せるか? 拉致されていた間の出来事や……石板の意味を聞かれなかったか?」
槍太は目を閉じて記憶をたどろうとしたが、すぐに顔をしかめる。
「……思い出せない。頭が痛い……」
千尋は槍太のそばに寄り添い、優しく背中をなでた。
「無理しないで、槍太。今はゆっくり休んでね」
「槍太くんの経過観察は引き続き行います。脳波や血流の変化を詳しく調査し、薬物の影響を特定する必要があるでしょう。また、IIAが拉致した目的についても、情報収集を徹底してください」
結月はSPROのメンバーを見回し、指示を出した。
「IIAの連中、絶対に許せない。後悔させてやる!」
比古那は拳を握りしめ、決意を込めて言った。
「くそっ」
尊はいら立ちを隠せず、壁をたたく。
「まったく情報が足りない。敵は常に一歩先を行っているじゃないか」
「落ち着いて。今は回復を祈らなきゃ」
咲耶は比古那の横で心配そうな表情を浮かべながら、優しく言った。
美保も槍太を見つめている。
「早く元気になって、またみんなで遺跡巡りに行きたいわ」
「IIAの目的は、おそらく石板に隠された情報にあるんだ。狗奴国と三種の神器の関係……それを解明しようとしているのかもしれない」
修一らしい冷静な分析である。
「狗奴国と三種の神器の関係か。我らの時代においても狗奴国は敵であったが、まさか神器を狙っていたのだろうか」
イサクの言葉に、その可能性は否定できないと修一が続ける。
「表向きは大陸、つまり魏国との交易の利権を求めていたけど、神器の力を知って奪おうとしたのなら納得できる」
「八咫鏡が時空を超える鍵であると申したが、狗奴国が知っておったとなれば話は別じゃ。吾らが守りし方保田東原の宮処にも、吾が知らぬ鏡に関する事柄があったのだろうか……。然様な伝承は残されておらぬか?」
壱与が前のめりになって修一に問いかけた。
「伝承は残っていない。けど……」
修一は研究室のホワイトボードに描かれた九州、朝鮮、中国の地図に狗奴国の勢力図を描きながら、壱与の問いに応じた。
狗奴国から弥馬壱国を通って朝鮮大陸へ向かうカーブを描いた矢印が示されている。
「つまり、神器のひとつである……八咫鏡が目的で、大陸との交易はカモフラージュだったと?」
「さっきオレが言ったけどな。そう考えれば辻褄が合う。事実を知っているのは日出流王と熊襲帥、そして数人だけだ。他の大勢には大陸との交易を手に入れれば豊かになると言っておけば、大義名分にはなる」
比古那が修一の仮説を繰り返す問いを発すると、修一はツッコミを交えながら端的に答えた。
「うーん……」
尊が考え込んでいる。
「じゃあ、IIAと狗奴国が同じ目的を持っているとすれば、全部のパーツが組み合わさるな」
ボソッと言った尊の一言を修一は聞き逃さなかった。
「尊、どういう意味だ?」
修一はホワイトボードから視線を尊に移し、鋭く問いかけた。
尊の言葉が事件の核心に触れているように感じたからである。場の空気は一瞬にして張り詰める。比古那や咲耶、美保も真剣な表情で尊の方を向いた。
槍太の拉致、石板の謎、そして狗奴国の目的。これらはすべて複雑に絡み合い、謎を一層深めている。
「IIAと狗奴国は同じ目的を持っているんじゃないか? 奴らは目的が同じで、石板を使って時空を超える技術を手に入れようとしている。拉致したのはヤツらが石板の秘密を知っているからだ」
尊は自信満々に推理を語ったが、その言葉は複雑に絡まった糸を解きほぐすための鍵なのだろうか。
メンバーはそれぞれ考えを巡らせ、尊の言葉の真意を理解しようと努めている。イサクと壱与は、自分たちの時代と現代の出来事がつながっているという仮説に驚きを隠せない様子だった。
「石板の秘密……? 槍太が何か知っているのか?」
「何か知っているとは思えないが、IIAにはそう考えたのかもしれない」
尊の返事を受けて、修一は腕を組みながら考えを整理しているようだ。
ホワイトボードに向かい、マーカーを手に取る。
「実は考えていたんだが、こうは考えられないだろうか」
全員の視線が修一に集まった。彼は石板の文字を模した図を描き始める。
「今までオレたちは通常の方向から文字を読もうとしていたけど、意味をなさない。ところが、別の角度から見ると……」
縦横に並んだ文字列が、斜めに読めばまったく異なる意味を持つ証拠として、さらさらと線が引かれていく。
「これは単なる文字じゃなくて、複雑なパズルなんだ」
壱与が目を輝かせながら前のめりになった。
「まさか、然様な仕掛けがあるとは……」
全員の視線が一斉に集まる。
石板の謎を解く鍵が、目の前に現れたかのような高揚感が漂う中、修一は話を続けた。
「この文字は古代メソポタミアの|楔形《くさびがた》文字に似ているんだ。複数の意味を持つ文字が、読む角度によって異なる解釈を生む……」
SPROのスーパーコンピューターでも導き出せなかった解読法を修一が見つけ出し、読み上げようとしている。古代文字の解読に携わってきた者たちにとって、この発見は衝撃的であった。
「普通じゃ無理だけど、いくつかの法則に従って読むと……」
つまり、文字自体には複数の意味があり、配列や読み方も複雑なのだ。
古代人でさえ法則を知らなければ、通常の文章としてしか認識できない。
簡単に言えば、スマホの縦読みや語頭・語尾読み、逆さ読みなどと同様である。
「まず、基本的には縦方向に読むんだ。でも特定の文字に出会うと、そこから横方向に読み進める。さらに、ある種の文字は45度の角度で読まなきゃならない」
修一は、まるでスパコンが高速で計算をしているかのように、指でこめかみをトントンとたたきながら話を続けた。
「例えば……この文字群は『水』を表す記号から始まっているよね? これを起点に、右に3文字進むと『月』の記号がある。ここで、45度の角度で左下に進むと『神』を表す記号に到達して……この3つの記号の組み合わせが、『天の川』を意味するんだよ」
おおお!
感嘆の声があちこちで上がった。
「さらに複雑なのは、さっきも言ったけど特定の文字が複数の意味を持つことだ。例えばこの記号は単独では『王』を意味するけど、前後の文字との組み合わせによって『支配』や『統治』、時には『天命』を表している」
修一は石板全体を指し示しながら、結論を述べた。
「つまり、この石板は単なる文章ではなく、多層的な意味を持つ立体的なパズルなんだ。解読するためには文字の配置や角度、そして文脈を同時に考えなきゃならない……」
それらを総合的に考えると……。
修一はそう言って、石碑の文章を落書きのようにホワイトボードに書き加えた。
「この石碑にはこう記されている」
全員が驚愕した。
次回予告 第48話 『修一の仮説』

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