2024年12月10日 SPRO内
「石板には、こう書かれている」
修一の言葉が研究室内に響くと、静寂が訪れた。石板の解読結果は全員の予想をはるかに超えていたのだ。
『時空を超える鍵は、三種の神器にあり。鏡は過去への門、剣は現在を司り、玉は未来を映す。これらを一つに合わせし時、全ての時代への扉が開かれん』
修一は緊張でわずかに震えていたが、その言葉はSPROのメンバーたちの心に深く刻まれていった。
三種の神器が時空を超える力を持つという驚くべき事実は、彼らの世界観を根底から覆していく。
「続きがあります」
修一は息を整え、さらに読み進めた。
『されど、警告せん。時空を操る者に災いあれ。歴史の流れを変えんとする者、その身に滅びを招く。神器は守護せよ、決して一つに合わせるなかれ』
言葉が途切れると、重苦しい沈黙が研究室を支配した。
「いや、待て待て待て……」
突然、修一は声を上げた。
「よく考えてみろ。壱与が最初に現代に来た時も、壱与とオレが弥生に行ったときも、お前たち六人が弥生に来て、全員で現代に戻ったときにも神器なんて使ってないだろ? オレたちのタイムスリップと神器は関係ないじゃないか」
修一の言葉に、他のメンバーもハッとした様子で顔を上げた。確かに今まで経験したタイムスリップは、石板に記された方法とはまったく異なっている。
もし三種の神器が本当に時を超える鍵であるとしたら、自分たちのタイムスリップの原理とは異なるのではないのか?
それとも、無意識のうちに神器に類するものを使っていたのだろうか?
修一たち全員の頭に疑問が次々と浮かんでくる。
「壱与、オレは弥生時代にいたとき、神器はもちろん、君の祭祀を見ていない。君は弥馬壱国の女王であり、日弥呼として神のお告げを民に伝える巫女の長だ。普段は宝物殿に大切に飾っているって言っていたよな。太陽の神を祭るとき、どんな使い方をしていたんだい?」
修一に問われた壱与は、少し考え込んで目を伏せた。
「神器は……祭祀の際に特別な力を持つものとして扱っておったぞ。鏡は日の光を返し、剣は邪を払い、玉は豊穣を祈る際に用いていた。されど時を超える力があるなどとは……考えたこともない」
相変わらずの女王言葉だ。
「伊都比売(イツヒメ)は? 何か知らない?」
修一はイツヒメに尋ねた。
彼女は女官長であり、壱与の側近でもある。祭祀の際には助手として仕えているのだ。
彼女は少し驚いた表情で壱与を見た後、修一に向き直って答える。
「吾も壱与様と同じく、神器が時を超える力を持つとは存じませんでした。祭祀で神器は神聖な象徴として扱われ、その力を借りて人々の平和と繁栄を祈るのが吾らの役割なのです」
「伊弉久(イサク)……は、どうだ? 別の質問になるけど、槍太が持っていた石板は割れているだろう? 本体はもっと大きいんだろうけど、見たことはないか? 石板は君たちの都……方保田東原から出土しているんだから」
「……見た覚えはない」
イサクは石板を一瞬見ただけで即答した。
「されど、宮処(現在の方保田東原の遺跡)の山奥近くには古人が住む村があるとは聞いたことがある。もしかしたら、その山里に埋もれていたのやもしれんな」
……。
……。
……。
「あー、わからん!」
修一が投げ出しそうな言葉を発したとき、咲耶が何かをひらめいたかのように言った。
「先生、あれ!」
「あれ? あれって何だ?」
「いや、あれはあれでも、物じゃないよ。前に最初にSPROに来たとき、タイムスリップの条件を考えたでしょ?」
咲耶は修一たちが初めてSPROに来た際、研究員の結月と共にタイムスリップの謎を考えていたことを思い出して声を上げたのだ。
「あのとき考えたタイムスリップの発動条件は、何だったっけ?」
咲耶の目は、まるで謎を解明したかのように輝いている。
世の中の考古学調査においては、科学的調査や検証の前に必ず仮説が存在するのだ。
修一は咲耶の言葉に促され、当時の議論を思い出した。
タイムスリップが発生する条件……それは強い思い、特定の場所、そして地震……。触媒となる要素については考えなかった。石板はもしかしたら触媒になるのだろうか?
修一はそう考えた。
「ああ! 洞窟! いや、遺跡だよ! 熊本と長崎で離れてはいるけど、同じものが出土したっておかしくない!」
咲耶のひらめきに呼応して修一は声を上げた。
「遺跡って、あの……已百支国の、宮田邑?」
タイムスリップを経験した全員が顔を見合わせ、『ああーっ!』と声を上げた。
壱与が現代に現れ、修一が過去へ行き、学生たちが行き来した長崎市黒崎にある、宮田遺跡である。
「ちょっと待ってください。長崎の宮田遺跡ですか? その遺跡はすでに調査され尽くして、特に目を引くものはありませんでしたよ」
宮田遺跡は、長崎市下黒崎町の黒崎川河口西岸に位置する古墳時代の墓地遺跡。1984年の発掘調査において、西彼杵結晶片岩製の石棺墓15基が確認され、3つの地点に分かれて分布していた。
石棺内からは、石枕、鉄刀子、石製模造刀子、珠文鏡と呼ばれる小型の青銅鏡、土師器、滑石やガラス製の玉類などが出土している。
結月の言うとおり遺跡は発見からすでに40年が経過しており、それ以降の目新しい発見はない。
修一たちがタイムスリップしたのは、最も大きな石棺墓である。
ほかの14基とは別に、小高い丘に人工的に盛られた土の中に墳墓が存在し、石室と石棺があった。現在、その場所は雑木林になっている。
明らかに他の14基とは規模が異なる。
通説では、3世紀末から古墳時代にかけてのものとされているが、行った先が255年であったため、もう少し時代を遡る必要があるようだ。
「でも、結月ちゃんはオレたちと一緒に調査していないよね?」
結月は一瞬で修一の言葉の意味を理解した。
石板が触媒として使用され、タイムスリップが起こるのであれば、複数箇所に存在していても不思議ではない。
槍太の誘拐事件があったために、実際には現地に行っていないのだ。
一行は藤堂と相談の上、十分な計画を立て、厳重な警護を条件に長崎へ向かうことにした。
次回予告 第49話 『あわや』

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