第842話 『純勝の帰郷と対スペイン』

 慶長二年七月七日(西暦1597年8月19日) 

 蒸気船の導入により、海路での航行が格段に速くなり、東北から諫早まで1か月半もかからずに往復可能となっていた。

 東北だけでなく世界各地に給炭地を整備し、蒸気機関や船体の改良を経て、諫早からリスボン間を約5か月で航行できたのである。

「父上、ただいま戻りました」

 奥州開発の任に赴いた純正の嫡男、平十郎純勝が途中経過の報告のために戻ってきた。

 純正は結果さえ残せば、細かくは言わない。

 極端な話、月に一度帰省しても文句は言わないかもしれない。

「おお、よくぞ戻ったな。さっそく奥州の有り様を教えてくれ」

「はっ」

 純正が純勝に命じた内容は以下のとおりである。




 ・寒冷地に適した稲の品種改良により、稲作を可能にせよ。

 ・ジャガイモや大豆など、寒冷地向けの作物を栽培し、食料を供給せよ。

 ・西洋式農法(最新式)を導入して、広大な土地を効率的に利用せよ。

 ・石炭や硫黄などの鉱山開発。

 ・木材の伐採と加工(建築資材、紙、家具)。

 ・港湾施設や道路、鉄道をはじめとする物流網を形成。

 ・北方地域と本州を結ぶ港湾の整備。

 ・食料保存技術を発展させ、干物や瓶詰などの加工食品産業を成長させよ。




 北加伊道で行った純正の施策を、純勝にも東北で行うよう命じたのだ。

「は、まずは稲の種を改良し出来高を増やす儀にございますが、北加伊道で父上がなされていた策を踏襲いたしました。じゃがいもや大豆などの作付けを大いに行い、新しき方法を取り入れております。さすれば飢饉ききんによる害は減るはずにございます」

 より豊かな方向へ流れるのは人間の常だ。

 生死に関わるなら、なおさら重要である。




 8年前の深刻な飢饉以降、東北地方では食料援助と並行して農業政策に力を入れている。そのおかげで万全とは言い難いが、ようやく安定供給の目処が立ってきた。

 依然として農業生産性は肥前国本土と比較して低い。しかし食料を自給し、余剰分を北方へ移送する段階に達しているようである。

 東北地方から大日本国、さらには肥前国(州)への流民が増加していたが、食の安定化によって何とか抑制できた。しかし、職を求める若者が都心部、いわゆる畿内や肥前国を目指す傾向は依然として変わらない。

「うむ。石炭や硫黄をはじめとした金山はいかがだ?」

「は……石炭は残念ながら、いまだ望みのある山は見つかっておりません。硫黄につきましては、岩手郡八幡平にて大量に産してはおりますが、山奥にて輸送が難しゅうございます。されど工夫を凝らし、何とかいたします」

「頼んだぞ」

 純正は歴史を知っているため、炭鉱と言えば北海道や九州のイメージが強かった。しかし、知識の範囲外には多くの発見がある。硫黄もその一つである。

「加えて……」

「何じゃ?」

「鉄を産する山を見つけましてございます。閉伊郡(釜石市・遠野市)の西にあって良質な鉄を産するようでございました。彼の地にて採掘を盛んに行えば、必ずや天下国家、領民のためになると存じます」

「真か! でかした!」

 後の釜石鉱山である。

 史実によれば1727年(享保十二年)に磁鉄鉱が発見され、100年以上の時を経て、幕末に大島高任によって高炉が完成する。

 実にその発見の130年前であった。




 森林資源の開発やインフラ整備も順調に進んでいる。

「統べてより十年を経ているとはいえ、まだまだ時がかかるな。では、現場の声を閣議にかけよう。農水省から技術者を遣わし、文科省は技能訓練校を設けておるが、数を増やし人材育成に努めようではないか。食糧は障り(問題)ないのか」

「ただ今のところ障りありませぬが、天気は誰にもわかりませぬ。常の備えが要りましょう。実は、伊達殿ともお話したのですが、奥州は広く、豊かであると仰せでした。必ずや成してみせます」

 純勝の言葉に、純正は深くうなずいた。




「殿下、ポルトガルの松浦大使から書状が届いております」

「ほう? ポルトガルで何かあったのか? 見せよ」




 立秋の候、ますますご清祥の段、大慶に存じ候。

 然て、当地リスボンにおける外交の有り様につき、謹んでご報告申し上げ候。

 本日、イスパニア王国よりメディナ・シドニア公爵アロンソ・ペレス・デ・グスマン閣下、特使としてお越しけり候。

 その当て所(目的)は、肥前国との講和を結ばんと仰せに候間、近ごろのイスパニアの内外の有り様は悪しきと推し量り候。

 来し方(過去)の打合いの儀(戦闘の件)、公に謝し、併せて交易における権ならびに新大陸における題目(条件)等を示して、和平への道を探しけり候(探してました)。

 然りながらその案、わが国にとって益なく、むしろイスパニアの一方なる求めと解するべきと存じ候。

 殊に問題となりたるは下記の点に御座候。




 一、トルデシリャス条約およびサラゴサ条約に基づく領土分割案、提示せられ候事。これ、イスパニアならびにポルトガル両国間の取極めに過ぎず、わが国には無関係に御座候。

 一、提示せられき貿易題目(関税軽減や火器供給等)、ただ今のわが国の経済力および産業力より鑑み無益に御座候。

 一、イスパニア側の案はすべて、わが国の主権や現状を軽んじ、西洋的価値観を押し付けていると案じ候。




 右の点を指し合いて(指摘して)、イスパニアの誠意ある対応を求め候得共、ただ今において実りある進展は見込めず候。

 然りながらこたびの談合(交渉)を通じ、イスパニアの内情や外交戦略を思い知り(把握)得たるは、大いに有益なりと存じ候。

 今後とも、ポルトガルとは密に携え、欧州諸国との外交関係においてわが国の優位性を保つべく尽力仕り候。

 なお、本件に付きさらなるご指示を賜りたく、お願い申し上げ候。

 末筆ながら、殿下のさらなるご健勝を祈念申し上げ、筆をおき候。

 恐惶きょうこう謹言

 駐ポルトガル肥前国大使

 松浦九郎親 花押

 関白太政大臣様




「ふむ、今さらも今さらであるな。直茂、いかが思う?」

「はっ、九郎の申すとおり、この文を見ますと、わが国には全く利がない申し出かと存じます。ここはいたずらに動く要なしかと」

「うむ、そうよの。まるで利がない。ああそうだ、アメリカに送っている密偵から知らせは来ておるか? アラスカの探検隊の首尾はいかがなっておる?」

 純正と直茂が言うように、スペインの申し出は事実上必要がない。あってもなくても肥前国には影響がないのだ。

『尻に火が付かなければ腰を上げない』という言葉はまさにそのとおりで、現在のスペインの状況がそれを如実に示している。

「は、まずは密偵に関してでございますが……」

 千方は旧アステカの皇帝と、ビルカバンバのインカ皇帝に向けた密偵からの報告を始めた。




 次回予告 第843話 『アステカとビルカバンバ』

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