2025年1月4日 SPRO内
「ねえせんせ、伊勢神宮にお詣り行ってきたって?」
「ああ、この歳まで行こうと思っていたのに、行けていなかったからな。まあ、何というか、神話の世界に近い人たちとお近づきになれたわけだし、ここは東京だしな。(距離は三重県だから、九州と比べてもあまり変わらないけど)」
4日になっても、まだ全員が正月気分を引きずる中、長崎の遺跡再調査の準備が着々と進んでいた。
「データを見直しましたが、何度確認しても特に変わった点は見当たりませんね」
結月は画面に映る宮田遺跡の調査データを指さしながら、修一に話しかけた。
しかし彼女の言葉には、何かはっきりしない響きがある。
修一の言葉の真意は何なのか?
「結月ちゃん、……ちゃんって呼んでいいかい?」
修一は性格が変わったのか? 結月とは親子ほど年が離れているから、ちゃん付けでもおかしくはないが。
「え、ええ、構いません」
「じゃあ結月ちゃんは、通常の考古学の調査しかしていないよね? 例えば……」
1.事前調査
文献調査・空中写真判読・地表踏査・物理探査・試掘調査を実施後、遺跡の範囲や性質を把握する。
これに基づいて調査計画を立て、関係機関の許可を得る。
2.発掘調査
・基準点を設置し、測量して正確な位置情報を確保した後、調査区全体をグリッドに区切る。
・各グリッド内で鍬やスコップ・特殊なコテを使用して、土層を水平に掘り下げていく。
・掘削と並行して、土層の色や土質・堆積状況を記録し、土層断面図を作成する。
・遺構が検出された場合は、写真撮影・実測図・断面図を作成して、形状や規模・構造を記録。
・同時に遺物が出土した場合は、三次元的な位置情報・種類・材質・形状・大きさを記録する。
・すべての記録は基準点からの座標に基づいて行われる。
3.事後処理
発掘後は出土遺物や土壌サンプルの整理・保管・分析をへて、報告書を作成する。
「つまりは、調査をしたけど現れなかった事象や物が、オレたちが行ったせいで起きたんじゃないかってこと。もちろん、これは仮説だけどね。結月ちゃんがまとめた高い意識や気持ち、特定の場所、地震、そして触媒? これらが全部合わさって、タイムスリップが起きたんじゃないかな?」
結月はうなずきながら、ノートパソコンの画面から目を離した。
「修一先生の仮説は非常に興味深いですね。つまり、通常の考古学調査では捉えきれない何かが、あの遺跡には存在するのでしょうか?」
「そう……の、可能性が高い」
彼女は立ち上がり、ホワイトボードに向かって歩き出した。白衣のポケットからマーカーを取り出し、すでに書かれている項目の下に新たな要素を書き加えていく。
「意識の高まり、特定の場所、地震、そして触媒……」
結月は最後の『触媒』の後に、少し間をおいた。
「触媒とは、おそらく石板なのでしょうね。すべてのケースにおいて、強い感情の高まりがあった瞬間にタイムスリップが起こっています」
修一は腕を組み、宮田遺跡での出来事を思い返していた。確かに、壱与との出会いの瞬間や再会の瞬間には、いずれも強い感情が伴っていたのだ。
「だとしたら……」
■2025年1月5日 長崎 宮田遺跡
宮田遺跡の入り口には、早朝にもかかわらず数台の車が停まっていた。
SPROのナンバーを付けた黒塗りの車両と、専属の考古学チームのワゴン。修一は運転席から降りると、冷たい朝の空気を深く吸い込んだ。
「先生、この辺りの磁場測定、異常値が出ています」
結月は研究員から手渡された機器をのぞき込みながら、修一に告げた。
「測定値は通常の10倍以上です」
通常とは、人間が日常生活で浴びても問題ないとされる数値である。
安全値は2mG(ミリガウス)以下。
これはスウェーデンのTCOが定めた電磁波規制値だ。
数値以内になるように、各家電製品に必要な距離が設定されている。
CDラジカセは50cm以上、冷蔵庫は15cm以上などだ。
瞬間的な照射や数分間の照射によって健康被害が生じるのは、1,000mG(1ガウス)以上。
その値のレベルでの照射により、神経や筋肉の刺激によってピリピリ感が生じる。他の症状は頭痛やめまい、平衡感覚の一時的な麻痺等だ。
しかし、修一がそれ以上に気になったのは、遺跡全体を包み込む不思議な静けさだった。
「壱与、何か感じる?」
修一の隣で、壱与が目を閉じて立っていた。
彼女の長い黒髪が、かすかな風に揺れている。
「懐かしの……されど何かが違う。まるで、ここに二つの時があるかのようじゃ」
壱与の言葉に修一は思わず眉をひそめた。
何だ?
何が違う?
修一には全く違いがわからなかった。
古代弥馬壱国(邪馬台国)の女王であり、巫女でもある壱与の独特な感性なのか。
「先生! こっちこっち! オレたちは準備ができたよ」
墳墓の洞窟と呼ばれる石室の入り口から、比古那の呼び声が聞こえてきた。結月・修一・壱与・イツヒメ、そしてイサクは急いでその方へ向かう。
石室へと向かう途中、修一は壱与の言葉が心に引っかかっていた。
二つの時間が同時に存在するように感じるのは、この場所が時空の|狭間《はざま》であるからなのか。
石室の入り口には、すでに比古那たちが考古学チームと共に機材を並べていた。LEDライトが洞窟内を照らし、その光は石壁に不思議な陰影を生み出している。
「先生、この辺りの磁場がさっきよりも強くなっています」
結月が手にした計測器の数値は、さらに上昇していた。修一は思わず額に手をやる。何か頭に圧迫感を覚え始めていたのだ。
「ここじゃ」
全員が中に入って石室の中央へ向かうと、壱与が突然立ち止まった。彼女の視線の先には石棺がある。
「壱与様、何か?」
イサクが警戒しながら周囲を見回した。
「石棺の下に何かが埋まっておる。掘ってみよ」
修一は結月と目を合わせた。彼女は小さくうなずき、発掘用の道具を取り出した。
「気を付けて」
修一の言葉を受けて、比古那たちも慎重に作業を始める。土を掘り進めて数分、石板と神器らしき物が姿を現した。
「これは……」
尊は言葉を詰まらせた。
「SPROで見た石板と同じ文字だな」
文の内容は、実際に読まないとわからない。
修一がSPRO内で解読した方法を用いて読み解こうとしたとき――。
「先生、磁場の数値が急上昇しています!」
結月の声が響き、手にした計測器の針は大きく揺れている。同時に石室内の空気が重くなった感覚が全員を包み込んだ。
「今だ! みんな集まって!」
修一が全員に合図を送る。
壱与と修一、イサクとイツヒメ、比古那と咲耶、尊と美保、槍太と千尋が手をつなぎ、顔を見合わせた。
お互いが親しさ以上の感情を抱いている者同士である。
これが強い感情であり、タイムスリップの要素の一つであると仮定していたのだ。
壱与が握った手を離し、修一の腕に絡ませた直後に地面が大きく揺れ始めた。石室全体がきしむ音が聞こえ、天井から砂ぼこりが降り注ぐ。
「ああ――――! しまった! やばい! ! みんな外に出て! 早く! 結月ちゃんも早く!」
「待って!」
結月の声が響き渡る。
「石棺の下から、何か光っている……!」
「やかましい! 早く来い!」
修一はもう一方の手で結月の腕をグイッとつかみ、全員を墳墓の外へ避難させようと叫びながら促した。
「ひいっ……。ふう……。何だよ先生! いきなりどうしたんだよ?」
理知的な尊は理解できないのか、修一に疑問を投げかけた。
「タイムスリップだ」
「え?」
強い気持ちと特定の墳墓の中、地震と触媒となる石版、そして神器がそろっていたのだ。仮説のタイムスリップの要素は満たされている。
「タイムスリップが起こるとして、ただ漠然と弥生時代に行って、何をどうするつもりなんだよ?」
「あ」
「行くなら行くで、向こうで使えそうな物や食料、いろんなものを持っていくべきだろ? もしかしたら戦争に……。そうなったら護身用の拳銃とか……」
戦争と拳銃。
全員が真剣な表情になり、沈黙が訪れた。
次回予告 第50話 『いざ、西暦255年へ』

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