第50話 『いざ、西暦255年へ』

 2025年1月5日(日) 午後 長崎 宮田遺跡

「そ、そうね。確かに先生の言うとおりね。何の準備もせずに向こうに行っても、命の危険があるかもしれない」

 咲耶が真剣な表情で同意した。

「でも、何を持っていけばいいの? 向こうで使える物が、そんなに簡単に見つかるかな」

 美保は不安そうに問いかける。

「ひとまず……昼だな。飯でも食いながら対策を考えよう。スタッフのみんなも食事にしようか」

 修一は自分の考えを整理し、万全の準備を調える必要があると感じた。以前ドン・キホーテで購入したサバイバル用品では、まったく足りない。

 文明の利器をしっかりと活用していく必要がある。

 狗奴国との戦争が起こる可能性もあるし、宇宙人が存在するかもしれない。

 そうなったら戦車や戦艦を持っていても敵わない。

「あ!」

 突然結月が声を上げた。

「忘れ物!」

 危ない! と修一が叫ぶ前に結月はすでに走り出している。

 科学者や考古学者は、考える前に行動する人が多いのか?

 それとも、個人的な性格なのか。




「結月ちゃん!」

 結月を追いかけて石室の入り口までたどり着いた修一の声が、石室内に響き渡った。

「ない……」

「は? 何が?」

 ぼう然と立ち尽くす結月の言葉に、修一はその意味を理解できない。

「何があったの、結月ちゃん?」

「電磁波測定器がないんです」

「何だって?」

 石室から避難する際に忘れてしまった、携帯用の電磁波測定器が見当たらない。

「行っちまったな。一足先に」

 修一はつぶやいた。

「これはやっぱり、タイムスリップが存在するということですね」

 測定器を失くしても、特に問題はない。

 それよりも、明らかに存在するはずの測定器が見当たらない時点で、それは過去に飛ばされた証拠となるのだ。

「まあ、そうだな。証言者が10人もいるんだ。まず間違いないよ。ははははは」




「シュウ、お主は何を食べるのじゃ?」

 女王言葉が似合って可愛かわいらしい壱与が、そう言いながら修一が見ているメニューをのぞき込んだ。

 車で国道202号線を南へ15分のところに位置する、『ジョイフル畝刈店』の店内である。

 修一はメニューを手に持ちながら、ふと顔を上げて店内を見渡した。

 正月明けの日曜日の昼下がり、店内は混んでいる。隣のテーブルでは、年配の夫婦が楽しそうに食事していた。

「肉が食いたいな。だ、か、ら、グリルランチのプライムサイコロペッパーステーキにしようかな。壱与は何が食べたい?」

「うーん……あまりにも多すぎて選べぬな」

 壱与はメニューの写真を指さしながら、小声でつぶやいた。

 彼女の隣でイツヒメが『この絵のような物が現れるとは、いまだに信じられません』と首をかしげている。

 写真が印刷されたメニューは、彼女たちにとっては不思議な文明の利器なのだ。

「無理もないけど、もうかなり慣れてきたんじゃない?」

 結局、壱与は選べずに、修一と同じ物を注文した。

 イツヒメとイサクも同じ物である。

 分からないときに知人と同じ物を頼むのは、日本人のDNAに根ざしているのかな?

 そういえば、みんなで新宿でランチをしたんだったな。あの時は中華だった。

 修一はふと、そう思ってかすかに笑った。

 比古那たちはそれぞれ自分の好きな物を選んでいる。

 どこにでもある、ありふれた日常。

 弥生時代にタイムスリップしたなんて、誰が想像できるだろうか。

 日常の中の、非日常とは、まさにこれだ。




 プルル、プルル、プルル……。

 電話が鳴った。

「もしもし?」

 電話の相手は結月だった。

 SPRO組はいったん東京に戻り、準備をやり直し、人員や機材、備蓄を整えてから再度戻ってくるそうだ。

「だってさ」

 修一が結月の言葉を伝えると、全員が少しだけ真剣な表情を浮かべる。

 個人的な問題じゃない。

 もちろん、危険を冒すのは自分たちだが、国の総力(SPROの)をあげてのプロジェクトだ。身が引き締まる思いを抱かざるを得ない。

「じゃあ、食事が終わったらドンキに行こう。車で15分くらいだね」




 食事を終えた修一たちは、時津町にあるMEGAドン・キホーテ時津店で買い物をした。

 もちろん費用はSPRO負担だ。

 修一は結月から聞いていたが、SPRO創設以来の最大のプロジェクトである。

 当然だ。

 数十人のスタッフが、機材や食料、さまざまな文明の利器を持ち寄って行う組織的なタイムスリップなのだ。さらに、計画を立てて実行するのは、映画やドラマでもあまり見かけない。

 SPROのカードは各自が個人で保有しており、それぞれが必要な物や全員で決めた物を購入していく。




 ※食品および飲料

 保存食(カロリーメイト、乾パン、フリーズドライ食品):100食分(1日3食×10人×3日間分)

 水(ペットボトル):60L(1人あたり1日2Lを3日分)

 水の浄化タブレット:50錠(現地の水源を活用するため)

 インスタントみそ汁やカップ麺:20~30個(手軽に調理できる物)

 ※医療用品

 救急キット:1人につき1セット(包帯、消毒液、絆創膏ばんそうこう、鎮痛剤などを含む)

 常備薬(解熱剤や胃腸薬など):複数のパック

 マスクまたはサージカルマスク:10枚

 ウェットティッシュ:50パック(衛生管理用)

 ※生活必需品

 寝袋または緊急用ブランケット:10枚(寒さ対策用)

 ブルーシートまたはタープを1~2枚(雨風対策や簡易シェルターとして使用)

 ライトスティック:10本(夜間用照明)

 懐中電灯:3本、予備電池:8個

 調理器具:鍋、小型コンロ、燃料

 衣類:防寒着や速乾性のシャツ、ズボン

 歯ブラシや歯磨き粉などの衛生用品

 ※軍事・防衛関連商品

 多機能ナイフまたはツールキット:3~5個(道具としても武器としても使用可能)

 おのまたは小型ハチェットを2~3本(木材加工や防衛用)

 ロープ(50m以上):1巻(建設や運搬に使用可能)

 ホイッスル:各人1個(緊急時の合図用)

 ※その他の便利グッズ

 ソーラーパネル搭載の充電器:1~2台(電子機器の充電用)

 折りたたみ傘とレインコートのセット:10組(雨天時の移動用)

 大型バックパックまたはキャリーバッグ:10個(物資運搬用)




 他にも、全員で考えつく物を全部買った。現地での調達は不可能なのだ。

「赤ちゃんのお尻ふき? 一体何ですか先生、これ?」

「ん? 何って、そのまんまだよ。赤ちゃんのお尻拭きだよ」

「いや、だって先生、オレたちの中には赤ちゃんなんていないし」

 比古那は修一にしつこく尋ねている。

「……だと……がないだろ、だからだよ?」

「え?」

「あーもう! ウォシュレットがないだろ! だからだよ!」

 修一の顔が赤くなる。

「あ、そうか。なるほど」

 日本のウォシュレットの普及率は、世界で最も高いと言われている。ただし、100%ではない。海外では水質の問題などが影響し、普及が進んでいないのだ。

 比古那は納得した様子だった。

 女子用品についても同様である。

 咲耶と美保、千尋は弥生時代でかなり苦労した。現代に戻ってからその話題が上がっていたのだ。

「よし、じゃあみんな、こんなもんかな。今日と明日はホテルに泊まって、明後日の昼、宮田遺跡に集合だぞ」

「はーい」

 美保がのんきな返事をした。

 わざとなのか?

 これからタイムスリップする事実は変わらない。

 しかし、悲壮感はない。




 ■2025年1月7日(火) 午後 長崎 宮田遺跡

 幸運にも、宮田遺跡の石室は広かった。

 さすがに体育館ほどではないが、数台の車が駐車できる広めのガレージほどはある。

 さらにSPROの指定業者による拡張作業で、石室の入り口を車が通行可能になっていた。

 本来、遺跡に手を加える拡張工事には届け出が必要かもしれないが、今回はなしだ。

 その理由は言うまでもない。

 修一の車が、買い込んだ荷物を満載して入っていく。

「せ、先生! あれは! 機関銃です!」

「え?」

 修一たちは驚きのあまり目を丸くした。

 小型トラックは荷台に装甲が施され、機関銃が取り付けられている、いわゆるガントラックであった。

「まじかよ」

「念には念を入れて、でしょうね」

 結月は淡々とした口調で言った。

 救急車兼研究車が続いて入り、機材や物資を積み込んだ車両が進入してくる。

「まるで基地だな」

「修一先生、あなたが言ったんですよ」

「ん、まあ、そうだね」

 いよいよ、準備が完了した。




 次回予告 第51話 『再び、西暦255年? なのか』

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