令和7年4月(2025年4月)佐世保
山口多聞少将、加来止男大佐、鹿江隆中佐をはじめとする数名の士官は、佐世保教育隊の敷地内で幹部候補生課程に入った。
同様に角野博治大尉、橋本敏男大尉、重松康広大尉、その他の航空要員の下士官や兵士たちは、山口県防府市で航空学生として特別プログラムに参加している。
それ以外の下士官兵は、教育隊において同様の水兵(練習員・自衛官候補生)教育や海曹課程教育を受ける形となった。
80年前と現代では素養に違いがあるが、一般的な課程よりも短縮されたプログラムが組まれたのだ。
2年間で全てを習得する。
これは海上自衛隊や日本政府が望んだわけではない。
旧飛龍の乗員からの強い要望を受けて、慎重に検討された結果、特例として組まれたのだ。
通常は広島県江田島にある幹部候補生学校で学ぶのだが、今回は特別に選ばれた教官が指導をする。
飛行要員は航空自衛隊に属するが、これに関してはトップシークレット扱いである。
部内からの入学扱いとして、年齢制限を撤廃して試験的に実施されるのだ。
もちろん、能力や実績が不足している場合は、落第もあり得る。早期に訓練を修了し、パイロットとして部隊に配属されるかどうかは、最終的には結果次第なのだ。
次期課程に進むための能力を厳密に審査し、合格した場合のみ進級を認める。その厳しい基準をクリアして初めて、パイロットとしての道が開かれるわけだ。
卒業後は、同じ大尉(一尉)として扱われる一方で、下士官パイロットは少尉(三尉)としての扱いとなる。現在の航空自衛隊においては空曹のパイロットが存在しないからだ。
角野、橋本、重松に異論はなかった。
■防府
「ここが航空学生の訓練所なのか」
角野は広大な基地を見渡しながら、つぶやいた。校庭では桜が咲き始めている。
零戦のパイロットとして名をはせた角野にとって、現代の航空機の操縦は新たな挑戦だった。しかし、そのまなざしには揺るぎない自信が見て取れる。
それは橋本や重松も同様だ。
角野と橋本、さらに重松と下士官パイロットたちは、共に死線をくぐり抜けた戦友である。結果として同じ士官になるとしても、少尉と大尉の階級の違いがあった。
戦死して二階級特進でもしなければ、横には並ばない。
「しかし貴様らも、ここを卒業すればオレたちと同じ士官だな。戦闘機乗りには違いないが」
角野が大声でわはははは! と笑うと、橋本も重松もつられて笑う。
「ちゃかさないでください、大尉」
下士官パイロットは苦笑いを浮かべながらも、同じ環境で学べる喜びを感じていた。彼らにとって、角野たちは憧れの存在だった。
階級の壁を越え、歴戦の勇士である角野たちと同じ道を歩めるのは、何よりも光栄なのである。
食堂で昼食を楽しんでいると、数人の航空学生が緊張した様子で話しかけてきた。
彼らは二等空士の階級章をつけている。一方、角野たちは尉官の階級章をつけており、下士官パイロットは空曹の階級章だ。
同じ航空学生でありながら、尉官や空曹の階級章をつけている角野たちは珍しい。
階級は違っていても同期だ。
それに現代社会において、彼らは大先輩である。年下で階級も下の彼らに対して、角野たちは気軽に会話を交わしていた。
「角野一尉! 噂で聞いたんですが、飛び級ありの特別プログラムって本当ですか?」
「ああ……うん、本当だ。でも、かなり厳しい状況だ。君たちの何倍も努力せんと、達成するのは難しい」
角野は事情を簡潔に説明したが、もちろんタイムスリップの件は話せない。特別プログラムの一環であるとだけ伝えた。
「そうだったんですか! でも、私たちと同じ訓練を受けるんですよね?」
「もちろんだ。共に学ぶ仲間だから、階級を気にせず、気軽に声をかけてくれ」
角野の言葉に、一般学生たちの表情がぱっと明るくなった。
例えるなら、下士官パイロットと同じかもしれない。
角野たちが参加している特別プロジェクトは、基本的に一般的な学習内容と大きな違いはないからだ。
変わるのはその詰め込み方で、どんどん飛び級し、通常であれば約5年かかる教育を2年で修了する。
もし自分が同じ成績を収められたら、飛び級が可能なのだ。しかし、現実は厳しい。一般の学生は角野たちの素性を知らないからだ。
ジェット機の操縦経験がなくても、ターボプロップエンジンを搭載したT-4練習機の操縦はおそらくできる。
もちろん、計器類やその他の点で零戦とは違うが、飛行経験の有無は大きい。
「おい、角野。そんなに偉そうにふんぞり返ってどうするんだ。お前はただの学生じゃないか」
近くで食事をしていた教官の一尉がからんできた。同じ階級章の自衛官が横にいる。
「貴様! 角野大尉に対して何を言っているんだ!」
大尉! と叫んだ後、橋本はしまったと思ったが、相手はまったく気にしていない様子だった。
「大尉? 何を言っているんだ? 軍事オタクなのか? まあどっちにしろ、せいぜい頑張れ。5年を2年だなんて、無茶言いやがる」
その教官は挑発的な態度で言い放った。角野は橋本の肩をつかんで静止する。
「(落ち着け、橋本。ここは現代だ。我々の常識は通用しない。ここでは異邦人だ。目立つな)」
角野は冷静に諭し、教官の方を向いて毅然とした態度で言った。
「私たちは特別なプログラムで訓練を受ける身です。確かに学生ではありますが、一定の試験をクリアしてきました。教官の指導には敬意を表しますが、私たちに対する侮辱は許せません」
角野の言葉は静かだが、強い意志が感じられた。
教官は一瞬戸惑ったが、すぐに反論しようとする。
「おいお前ら! 何をしている!」
そう言って食堂にいた別の教官(三佐)が割って入ってきた。
「いい加減にしろ。角野た、一尉たちは特別プログラムで訓練を受けているんだ。むやみに突っかかるんじゃない」
三佐の言葉に、二人の一尉は言葉を失って軽く謝罪したあと、許しを得て退散していった。
角野たちは静かに食事を再開している。
いつの間にか、一般学生たちは自分たちの席に戻っていた。
しかしこの出来事は、彼らが現代社会に適応する際、自衛隊内でも大きな壁が存在すると再認識させたのである。
次回予告 第12話 『海軍少将、幹部候補生』

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