1590年9月19日 オランダ ライデン
突然だが、三人は商会をつくることにした。
兄であるマウリッツから、いかに弟とは言え国民の血税を使うのだから、なあなあにはできないと言われたのだ。
その点、商会の責任者(名目上の)にシャルルを据える考えは悪くない。
大人で社会的信用もあるし、なにしろオランダ独立英雄の三人のうちのホールン伯(フィリップ・ド・モンモランシー)の息子で爵位継承候補者なのだから。
名前についても、秘密基地同様にカンカンガクガクの議論(?)が行われた。
それぞれの名前を冠した商会名が無難だが、面白くない。シャルルはあまり関心がなかったが、どうせ資金の一部(~大部分)は自分が出すのだ。
中二病議論に加わるのも悪くはない。
そう思っていた。
ーー結局。
商会名は『暁の方舟商会(Dawn Ark Company)』に決まった。
『暁』は新しい時代の夜明け、『方舟』は未知の世界を切り開く象徴。未来を運ぶ船としてのイメージと、中二病的な壮大さを兼ね備えている。
<フレデリック>
塩に関しては市場に正式にクレームを入れなくちゃいけない。
子供だと思って適当に答えたんだろうが、もう一度よく調べたら、輸送費がバカみたいに安い。何が価格の3分の1から半分だよ!
※塩の輸送費
・ポルトガルからアムステルダム
1ラストあたり約19.75~21ギルダー。
1ラストは2,000kgで4,409ポンド。
これで輸送費は1ラストあたり395スタイバーから420スタイバー。
1ポンドで約0.090スタイバー~約0.095スタイバー。
1割じゃねえか! まあ、それはいいとしよう。
それに、度量衡がてきとー! ! !
統一基準がないから仕方ないけど、1ラストも1,800kg~2,400kgで幅ありすぎ!
塩は一般的に2,000kgらしいけどねーー。
フレデリックはリューネブルク産の塩の輸送費は考慮しなかった。
地産地消(+輸出)の予定なのだから当然だ。
ドイツからの輸送費を知ってもしかたない。
要するに、他の塩より売れて、利益が出ればいいのだ。
塩ギルドには正式にマウリッツを通して話が行った。
ギルドマスターは怪訝な顔をしていたが、製造から販売まで任せること、利益は折半することなどを取り決めて、製造作業に入っている。
そうは言っても初めての試みで試行錯誤の連続であった。
まず、オランダでは塩を生産していない。
やっているのは販売と、輸入したフランスやポルトガルの塩の再精製だ。
そこで最初の予定どおり、フレデリックは海水を汲み上げるためのポンプの製造をはじめた。これは鉄工・鋳物ギルドに設計図を渡して、数日かかったが問題なく完成する。
次にそのポンプを使って、いったいどのくらいの海水を汲み上げられるのか?
この検証に入った。
当然、人力で桶で汲み上げるよりも効率が良くなければ意味がない。
人選については誰でも出来るのが望ましく、屈強な人限定では厳しい。あくまで一般人での測定だ。
その結果。
あの手動ポンプを上下させているのをイメージすればいいんだが、単純作業の連続で苦痛なのである。
1ストローク0.5~1リットルの手動ポンプを1分間24回、8時間作業すれば、合計5.8~11.5トンの揚水が可能である。
しかし人間であるから疲労も蓄積するし、1人で8時間連続は非現実的。
2~3人交代制で休憩を取りつつで可能な量だ。
1日平均8.65トンの揚水が可能だと判明したので、雨天を除いてざっくり計算すると(これは実際に年間を通してやらないと不明)233日で2015.45トン。
ここから生産される塩は68.51トン。これだけで人件費は3人分(170ギルダー×3)
運んだりかん水を煮詰める人も交替で、10人前後必要だった。
だから年間の人件費は1,700ギルダー。
次は燃料費だが、石炭ではなく、泥炭を使う。
かん水622.86トンをさらに煮詰めて精製するのに、泥炭が1トンあたり0.5ギルダーで209トン必要だから燃料費は104.5ギルダー。
熱効率が30~50%に落ちても倍の418トンで209ギルダー。
合計68.1トンの塩生産にかかるコストは諸経費入れて2,000ギルダーとした。
1ポンドあたりのコストは2,000ギルダー(4万スタイバー)÷150,135lb=0.27スタイバー。
これで1ヘクタールあたり(便宜上こうしたが、現在の流下式塩田では250トン程度生産可能)68.15トンで、1lbあたり1スタイバーで売っても109,598スタイバー(5,480ギルダー)の利益になる。
しかしこれは、あくまでポルトガル産の天日の粗塩の値段である。
リューネブルク産と同等の品質が製造可能なのだから、例えば間の2スタイバーでも、加算すれば12,986ギルダーの儲けだ。
後は生産量を増やすだけだ。
現在はギルドとの最終調整を行っている。
人を増やし、設備を増やして増産すれば、例えば年産220トンならば41,921ギルダーとなる。
商会の利益はギルドと折半であるから約2万ギルダーとなった。
「よし、塩はメドがたったな」
と、フレデリックは旨をなで下ろしているが、砂糖はもちろん、塩や石けん、ロウソクの利益率計算も、フレデリックがマウリッツに提案した時と随分変わっている。
余計なコストや見落としているコスト、そもそもの価格設定が間違っていたのだ。
それがじっくり時間をかけることで判明してきた。
大見得をきったフレデリックであったが、結局は科学畑の人間だったのだろうか。
次は石けんである。
価格は二の次で、適正な価格で販売して十分な利益がでるならそれでいい。
獣脂はロウソクの原料にもなるので、それを無視して大量に生産は不可能だった。
オリーブオイルは原料費・輸送費ともに高い。
そこで魚油を思いついたわけだが、ここでもコスト計算でズレが生じた。
まず、搾油効率を考えて原価を考えれば、50kgの魚油を得るのに1トンのニシンが必要で、その原材料コストが95.31ギルダーである。
その後、酸性白土はフランスから輸入するが、原価は価値を知られていない岩、そして輸送費も誤差の範囲内なので含めない。
精製油は約29kg(63.92lb)となる。
1lbあたり1.49ギルダー……。
だめだ。
商売にならん。
いくらで売るかで商売になるかならないかが分かれるから、1lbあたり2ギルダーで売っても利益はでる。
でも誰も買わんぞ。
フレデリックはため息をついた。
これは、ニシンを商品として計算したからおかしくなったのだ。
洋上でさばいているから、国内の加工場や飲食店等ででた捨てる『カス』から搾油しよう。
そういう結論にいたったんだが、フレデリックは納得がいかなかった。
砂糖も微妙だし(儲るんだが)、塩も微妙だ(これも儲る)。
そこでフレデリックは、前回の会合の際に小耳に挟んだヒマワリを思いついた。
!
サンフラワー油だ。
ひまわり油。
これだったら大量につくれて、ほぼ人件費だけで完成する。
魚油からの製造を少しストップして(廃棄場からの材料確保の可能性を残しつつ)、ヒマワリの生産から搾油、そして石けんとロウソクの製造計画に入った。
次回予告 第18話 (仮)『ひまわりで今度こそ! 気合い入れたところでコストはかわらんのだがね』

コメント