嘉永四年五月十六日(1851/6/15) 大村城下 <次郎左衛門>
万次郎さんには安心してもらいたいので、土佐の幡多郡中ノ浜村にいる家族に手紙を書いた。それから、万次郎さんは日本語の読み書きが出来なかったから、代筆で手紙を何枚も書いてあげた。
十数年ぶりの家族に、どんな手紙を書くんだろう。俺はそう思いながらも、本当に帰ってこれて良かったなあと、心の底から思った。土佐に着いてからも不自由がないように、薩摩の斉彬さんにも手紙を書いてもらった。
長崎奉行所からの正式な判決文があれば、露骨に尋問はされないだろうけど、やっぱり心配だから、帰るときには送ってあげることにした。
もちろん容堂公とは面識はないけど、そこは蒸気船で送ったら、何とかなるだろう。
「御家老様! 申し上げます! 精煉方よりご注進にございます!」
「なんだ? 如何した?」
俺は従者に促され、精煉方内大砲鋳造方へ向かった。
そこには秋帆先生をはじめ、蔵六や惟熊さん、武田斐三郎や大野規周さんといった面々が集まり、俺の到着を今か今かと待っていたのだ。まず、秋帆先生が声を発した。
「御家老様お待ちしておりました」
「先生にそう言われると、なんだか未だにこそばゆいですね」
俺は苦笑いしながら、先生の次の言葉を待つ。遅れて火術方の立石昭三郎と、吉田松陰、宮部鼎蔵も集まってきた。
「嘉永参式銃が、ついに、ついに完成したのでございます!」
おお! ジャスポー銃が完成したのか。ん? この前のゴムの件が効いたのかな。
そこにいる全員が感極まっている。
「おお! それはすごい! 大儀であった。さぞ苦労も多かったろう? 早速試射を見せてくれ」
俺はそう言って実物を見せてもらった。
しかし、論より証拠、実際に撃っているところを見、自分で撃ってみないと分からない。俺たちは川棚にある大砲鋳造方兼小銃製造方の研究室から、久原の調練場へ向かった。
■久原調練場
調練場に到着すると、兵士たちが既に準備を整えていた。新しい嘉永参式銃が並べられ、その輝きが誇らしげに映えていた。
「さあ、実際に試射を始めましょう」
高島秋帆が指示を出すと、一人の兵士が前に出て銃を手に取り、命令を待つ。
「ラージンフ(弾込め)!」
「リフテロップ(狙え)!」
「ヒュール(撃て)!」
ダーン! という銃声が響き、1,200メートル先の的に当たった。
「素晴らしい! 見事な命中率だ」
次郎は感心しながらそう言い、自ら手に取って感触を確かめ、実際に撃ってみる。性能は間違いないようだ。
「先生、そしてみんな。良くやった。大儀である。どこが前の弘化弐式と違うのだ?」
ゴムのお陰かと思ったが、正確にしっておきたかったのだ。
村田蔵六が話し出した。
「当初は、弘化弐式銃(ドライゼ銃)のガス漏れを防ぐために、ゴムの輪っかの大型化を試みました。然れど、ゴムの質が定まらず、暑さ寒さで使い物にならなかったのです。そこで此の間、佐久間象山先生がゴムの質を定めたと聞き、早速試してみたのです」
賀来惟熊が補足する。
「また、弘化弐式銃(ドライゼ銃)が15.4mmの口径を持つのに対し、参式は11mmに絞りつつ、火薬の量を増やしてまっすぐ飛ぶように改めたのです。これにより、飛距離と精度が大幅に向上しました。この設計変更により、発射ガスの密閉が能いました」
グローバルスタンダード。
イメージしやすいように尺貫法も併記したが、精煉方をはじめ、次郎達四人が携わる所ではメートル法を使い、スタッフには覚えてもらっている。
武田斐三郎が一歩前に出て言った。
「然れどガス漏れを防ぐためには、ゴムの輪っかだけでは不十分でした。閉鎖機構の先端部分の設計も見直し、薬室内の火薬の燃焼部分には大型の先端部分を取り付けて焼損防止を図りました。これにより、発射ガスの完全な密閉に成功しました」
大野規周が続ける。
「さらに、閉鎖機構の先端部分と本体を分離パーツとし、その間にゴムの輪っかを挟む構造にしました。これにより、発射時の圧力でゴムの輪っかが外径に膨張し、薬室内壁に密着することでガス漏れを防ぎました」
次郎は深く息をつき、皆に向けて言った。
「皆、誠にご苦労であった。この嘉永参式銃が陸軍へ配されることで、我が家中の兵の力は飛ぶように伸びるであろう。これからも精進を頼む。ご苦労であった!」
「はは!」
皆が声を揃えて答えた。その中で、賀来惟熊が一歩前に出て、少し緊張した様子で言った。
「御家老様、実はもう一つお伝えしたいことがございます」
「何でござろう?」
「嘉永参式銃の量産にあたり、さらに改良を加えることで、精度や操作性を向上させる計画がございます。そのための予算と人員の追加をお願いしたいのです」
次郎は頷き、言った。
「もちろんだ。改良を加えることで、さらに優れた銃になるなら、必要な支援は惜しまぬ。具体的な計画をまとめて提出してください」
はは、と惟熊が言うと、次郎は思い出したかのように付け加えた。
「……感動に水を差すようで誠に申し訳ないが、……薬莢が紙であるゆえ、雨に弱かろう。それゆえ、金属の薬莢を開発して欲しい。能うか?」
秋帆をはじめ製造方の面々は全員聞いていたが、火が付いているのだろう。誰一人不平を言う者はいない。それどころか、意気が上がっている。
「無論にございます! われら製造方、全身全霊をもって取り組みまする!」
「うむ、有難う。されど無理をして体を壊さないようにな」
「お心遣いに感謝いたします!」
その日は全員で宴会を開いた。
次回 第137話 (仮)『松代藩と松前藩。ソルベイ法とアンモニア』
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