第643話 『スペインの要塞、陥落続く』(1578/5/26)

 天正七年四月二十日(1578/5/26) セブ島-ボホール島海域

 ネグロス島のシブラン堡塁ほうるいと、セブ島南のリローン堡塁を壊滅させた第一・第二連合艦隊は、マニラにて補給と同時に乗組員を休息させ、残りの堡塁と要塞の壊滅に向かっていた。

 第一連合艦隊はセブー海峡を北上し、そのままマクタン島の南西にある台場三カ所の殲滅せんめつにあたり、第二連合艦隊はパングラオ島からボホール島の南端をへて東岸を北上し、西進した。

 第二連合艦隊の攻撃目標は、ボホール島タリボン堡塁・マハネイ島堡塁・バナコン島堡塁・オランゴ島堡塁である。

「敵に海上戦力がないのであれば、火力と兵力が上回っているわが軍の勝ち筋しか見えぬな」

 純正は頭をかく。少数とはいえ織田軍がスペイン艦隊を壊滅させたおかげで、余計な心配もなく攻撃に専念できるのだ。

「は。みだりがわし(不謹慎な)事なれど、やつらの艦隊と再び相見えて、打ち合い、討ち滅ぼしとうございました」

 勝行は複雑な表情である。要塞への攻撃は現在、ワンサイドゲームだ。戦争をゲームと表現するのは不謹慎だが、一方的な、という意味でまさにそうであった。

 こちらの損害もなく敵を殲滅できるのは喜ばしい事ではあるが、勝行としては海軍将兵として、艦隊決戦の借りは艦隊決戦で返したい、という気持ちがどこかにあるのだろう。

 ちなみに純正は、降伏してきた兵は捕虜として扱うつもりであった。

 今後この南方を支配域とするならば、労働力が絶対的に必要である。日本人の入植者も募っていくが、いかんせん前線である。集まる保証はない。

 捕虜を酷使はするつもりはないが、しっかりと働いてもらおうという考えなのだ。

「勝行よ。いずれその時はくる。こたびの戦は、何もなければ我らの勝ちとなるであろう。されどイスパニアは必ず、奪い返しに来るであろう。その時が真の決戦だ」

 勝行は黙ってうなずいた。




 開戦以来、パナイ島・ネグロス島と進軍してきたが、海軍は沿岸の砲台と拠点を壊滅させ、セブ島へ向かっている。
 
 対して陸軍は、その2島の占領よりも、セブ島を占領して自軍の橋頭堡とするべく動いていた。兵員の輸送を、原住民の船と海軍の輸送船によって行っていたのだ。

 2島を経由しながらのセブ島西岸へのピストン輸送であった。海軍の輸送用大型艦艇も建造してはいたのだが、一度に運べるのは500人が限度であり、時間がかかった。

「これは……能いませぬな。とうてい一月や二月では、向こう側まで道を作れませぬぞ」

 周辺を哨戒しょうかいした兵からの報告を聞いた参謀長は、第四師団の深作宗右衛門少将に伝え、頭をかいてふうっと息を吐いた。

「うむ。どうやら敵は連絡用の街道の整備を怠っていたようだな。要塞のあるセブ島ならばあるいは、と思うておったが、これでは進軍もままならん。上陸拠点をリローン堡塁の跡地に変えよう。付近に港もあり、平地もあると聞いておる」

「はは」

 サン・ペドロ要塞の背後から包囲し、海上からの攻撃とあわせて攻略を試みようとしたが、うっそうと茂るジャングルに阻まれたのだ。

 セブ島南部のリローン堡塁跡地の港に兵を上陸待機させ、東岸沿いに北上してサン・ペドロ要塞の射程外ギリギリまで接近する。
 
 その後、マクタン島の占拠が終われば包囲は容易になるであろう。




 セブ・マクタン海峡入り口の堡塁は、同じように1日で陥落し、第二連合艦隊が向かったタリボン・マハネイ・バナコン・オランゴの各堡塁も、為す術もなく二日で陥落した。




 ■四月二十三日 カバリアン湾からスーゴッド湾(パナオン海峡)

「殿、いかに我が艦隊が小佐々と比して貧弱だとしても、こう敵もおらず、哨戒と索敵の任ばかりでは、兵達の士気もあがりませんな」

 九鬼嘉隆は艦隊の司令長官として指揮を任されているが、信長が座乗しているので実質は副官である。

「嘉隆、そう言うでない。要塞相手の砲撃など、いつでも誰でもできるではないか。ただ、わが方の大砲の射程が短いのは事実、急いて敵の砲台に近づきでもしたら、かっこうの的であるぞ。まあ、艦隊相手の戦ができただけでも儲けものだ。それに、敵の兵船がおらぬというのは、その数に限らず心をやすんずる事となる」

「はは」

 マニラを出港した織田艦隊は、純正より哨戒任務を受け、ミンダナオ島の外周を回っては敵の存在を確認し、最後にスペイン軍の要塞があるという、レイテ島へ向かう予定であった。

 もちろん、周辺の索敵任務である。

 可能な限り奥地へ入り、レイテ島のカバリアン湾からスーゴッド湾周辺の状況を確認する。それが織田艦隊の最終目的であった。




 ミンダナオ島の北端、スリガオから北上する。スリガオ海峡に面したパナオン島の東岸を北上し、パナオン海峡を左に見て、カバリアン湾へ向かうのだ。




「! 前方水平線! 艦影多数! 数は十ないし二十、それ以上!」

「何い! 正確な数はわからんのか!」

「申し訳ありません! ただ、十隻以上は間違いありません!」

「殿、これは……」

「うむ。こたびは逃げるぞ。水平線という事は、まだわれらに気付いてはおらぬだろう。こちらは望遠鏡を使っておるのだから、やつらにはまだ豆粒以下で、見えたとしても見間違いと疑っておるやも知れぬ。いずれにせよ合流するぞ! 急げ!」

「ははっ」

 嘉隆は号令を発した。

「面ーかーじ。全艦逐次回頭! パナオン海峡を抜け、オランゴ方面へ向かう! 急ぐのだ!」




 次回 第645話 (仮)『決戦! スペイン艦隊』

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