天正七年五月三日 レイテ島 カバリアン湾 スペイン軍基地
フアン艦隊からは3隻の偵察部隊が出港し、ゴイチの艦隊からは目が良い人員を厳選して見張り要員として派遣した。カバリアン湾のスペイン軍陣地からサンリカルドの岬までは約60kmである。
小佐々海軍が攻めてくるとすれば、岬の南端を回って北上するか、パナアン海峡を突っ切る経路、そして大回りになるが、サマール島北岸から東岸を南下する経路となる。
「人も足りなければ、船も足りないな」
フアンは愚痴を言うが、現有の戦力でやるしかない。
「その案しか、ないか」
ゴイチも頭を抱える。
岬に見張りを配置したはいいが、発見して報告に戻るまでに、馬を使っても1日かかる。その間に小佐々艦隊が北上してくれば、風にのったら2~3時間でカバリアン湾まで到着するのだ。
これでは見張りの意味がない。
当初二人は、3kmごとに狼煙場を設けて、敵襲の際には狼煙で知らせようと考えた。
しかし、設営には時間と人手が必要である。多くの乗組員を上陸させ作業させてしまえば、いざ出港の際に手間どってしまうのだ。
天候にも左右される。
そこで苦肉の策ではあるが、フアン艦隊とゴイチ艦隊の17隻を南北に配置し、最南端の船と見張りとが連絡が取れるようにした。これで陸上と海上からの見張りが可能となる。
発見したら乗り込んで、敵襲の旗旒をあげながら北上して注意喚起をする方法だ。
「これで敵の接近を発見できれば良し。できなくても、偵察に出した船から敵の戦力と所在地がわかればいい。まずは、備えだ」
「そうだな」
■ボホール島 タリボン堡塁跡地
翌日の早朝に出港したスペイン艦隊偵察部隊はうまく風に乗ることができて、1日でボホール島北端にある、タリボン堡塁があったであろう場所に辿りついた。
「な、なんじゃあこりゃあ!」
部隊長は我が目を疑う。そこには跡形もなく吹っ飛んだ陣地と、恐らくはかつて人がまとっていたのであったろう衣類の残骸が、そこらじゅうに飛び散っていた。
野鳥や野犬の類いの仕業だろうか。おかげで目を覆うような惨状を見る事はなかったが、何が起きたのかは容易に想像できた。
「隊長! 戻ってきました!」
そう叫ぶ部下の報告の後、マハネイ島とバナコン島へ向かった偵察部隊の報告にさらに呆然となった。
「そ、そんな……ばかな。提督が恐れていた事が起きてるじゃねえか」
……。
「副官」
「はっ」
「いいか。この状態を速やかに戻って報告しろ。俺は残ってオランゴ、マクタンと進んでセブのサン・ペドロ要塞の様子を見に行ってくるとな。長居はしねえ。1週間で戻らなければ、沈められたと考えろ。……そうなったら、サン・ペドロは敵の攻撃の真っ最中か、既に落ちている可能性大だとな」
「ははっ」
二隻はカバリアン湾へ戻り、偵察隊旗艦はサン・ペドロ要塞へ向かう。
■北緯十度十九分三十四秒 東経百二十四度四十七分四秒 レイテ島西岸のバト港
信長は偵察部隊を二手に分けた。
陸上を偵察する部隊と、海上の偵察部隊である。陸上は小佐々陸軍の偵察小隊を用い、海上は自らの海軍から4隻だ。そのうち2隻をバト港に停泊させ、状況を逐次交代で連絡させた。
常に港に1隻いるようにして、迅速に撤退もできるようにしたのだ。
残りの2隻は南下し、カミギン島を経てミンダナオ島北岸を沿岸が見える距離で北上した。完璧を期すのであればミンダナオ島全域を偵察するべきだが、最優先はカバリアン湾である。
前回索敵時に適当な港も発見しなかったし、スペイン軍の痕跡もなかった。北端のプンタ・ビラーからさらに北上して、ゆっくりと前回の会敵ポイントへ向かう。
「艦橋-見張り」
「はい艦橋!」
「左四十五度、距離水平線、陸地付近! 敵艦らしきもの見える!」
「見張り! 詳細知らせ!」
「……敵艦らしきもの……数は一(1)、……数は一(1)。他に見当たらず!」
……。
……。
……。
「面ーかーじ! 方位三百四十度。距離を保ちつつ海岸沿いに北上する。戻ーせー。舵中央」
索敵部隊司令官は最初に発見したスペイン艦との距離を保ちながら、海岸沿いに北上した。
■陸上部隊 パナアン海峡北 沿岸部
バト港に上陸した小佐々陸軍偵察小隊は、山間部を横断してスーゴッド湾のボントックまで進軍させた。敵艦隊がいるのならば、スーゴッド湾かカバリアン湾のどちらかである。
しかしスーゴット湾にスペイン軍はいなかった。
そこで小隊はさらに二つの分隊に分かれ、1個分隊は海沿いに南下、1個分隊は山越えを行ったのだ。山越え部隊の目前には、うっそうと茂ったジャングルと1,000m級の山々が連なっている。
山越えの索敵行動は時間がかかるが、それでも確実にカバリアン湾へ向かえるからだ。一方の南下した分隊が向かう先は、敵が見張り、もしくは索敵を行っているであろう場所である。
パンパンパーン。
海岸を偵察中の分隊の兵達は不意の銃声に襲われた。
「全員物陰に隠れろ!」
発砲したのは小佐々軍ではない。前方の高台の茂みから狙われたのだ。偵察分隊が通ってきた道は平野部であったが、南端に入江があり、その入江を望むかのように高台があったのだ。
発見された。
接近して戦闘をするか? もしくはこの情報のみを携えて撤退するか? 敵は同じく少数のようだ。分隊長は決断を迫られた。
次回 第645話 『長蛇の列とタブゴンの戦い』
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