第769話 『情報網の構築と政策への賛否両論』

 天正二十年二月十二日(1591/4/5) 肥前諫早

「殿下、ここでひとつ会議の題目にあげたき儀がございます」

 会議の始まりに議題を提示してきたのは宇喜多基家である。

「我が肥前国は東はアラスカより西はアフリカまで、広大な領土を有しております。然りながらその広さ故、意思伝達にかなりの時を要しております。陸路においては手旗や火振り、巨大な灯火を用いて、また望遠鏡を用いて行っておりますが、それでも時がかかります。そのため地方における諸問題を地方で解決できなければ、中央へ伺いをたてている間にさらに難しき問題となってしまいます」

 現状は2kmごとに信号塔を建てて信号員を常駐させている。おおよそ1か所の送信時間を15分として、海を考慮しない諫早から京都までが約600kmで3日と3時間かかる計算である。

 しかし実際には海路が多く、陸路のみの時間とあわせて船による伝達が必要なため、さらに時間がかかっていたのだ。

「うべなるかな(なるほど)。それについては新しき技と術がいるが……忠右衛門、|如何《いかが》か?」

 純正は叔父おじであり科学技術省大臣の太田和忠右衛門政藤に質問した。

「は。腕木通信網の拡充と、並行して電気通信技術の開発を進めております」

 肥前国ではライデン瓶を開発させた上にボルタ電池も開発済である。その後も電気の研究は精力的に行われ、高速で伝送される事に着目して情報伝達の研究が行われていたのだ。

「腕木通信網は整備を着々と進めております。既に主要都市間では開通しており、従来の通信手段に比べれば大幅な速度向上を実現しております」

 一同は腕木通信の現状について、既に一定の成果が出ていることを理解し、静かに忠右衛門の説明に耳を傾ける。

「現在運用中の腕木通信は、改良を重ね、天候の影響を受けにくいよう工夫されております。また、夜間でも灯火を用いることで通信を継続できます」

 忠右衛門は続けて、腕木通信の今後の拡張計画や、必要な設備、運用方法などを説明した。家臣たちは真剣な表情で聞き入り、時折質問を投げかける者もいた。

「うべなるかな(なるほど)、腕木通信網の拡充は理解した。然れど伝達できる文字の量や距離には限界があるのではないか?」

 純正が鋭く問う。

「仰せの通りにございます。一度に伝達できる情報量は限られますし、長距離通信には中継地点が必要です。現状では、中継地点を効果的に配置することで、全国規模の通信網を構築しております」

「ふむ……腕木通信網の拡充は現状における最善の策と言えるだろう。忠右衛門、電気通信の研究開発も引き続き頼む。早期の実用化を期待しているそ」

「ははっ。必ずやご期待に添えるよう尽力いたします」

 忠右衛門は深々と頭を下げた。純正も長年にわたって支えてくれた叔父を頼もしく思い、労うように笑顔で接する。

「その他に、この儀について考えのある者はいるか?」

 純正が問いかけると、土井清良が手を挙げた。

「殿下、腕木通信網を整えるは重き施策でございますが、同時に用うる際に要る銭も考えねばなりませぬ。信号員の俸禄ほうろくに、修繕の費用もふくめ、多額の算用がいるかと存じます。財政への影響を慎重に見極めながら進めるべきかと存じます」

「清良の言う通りだ。財政状況を踏まえ、無理のない範囲で整備を進めていくように。また、運用コストを削減する方法も検討するように」

 純正は指示を出す。

「ははっ」

 清良は頭を下げた。

「では、腕木通信網の整備はこれにて決定とする。忠右衛門、この儀は陸軍省ならびに国交省、そして通信省と力を合わせて進めるように。各地方の総督府とも連携を取り、速やかに無駄のないよう整備を進めてくれ」

「ははっ。承知いたしました」




 海路においては蒸気船の投入を行い各港湾部で定期的な連絡船を就航させ、情報伝達が円滑に行えるようにした。同時に、電気通信技術の実用化という、さらなる技術革新への期待も高まっていた……。




「殿下、ひとつ、よろしいでしょうか」

 先ほどの土井清良の発言を受けて、今度は情報省大臣の藤原千方が発言を求めた。

「申し上げます。腕木通信網を整えるにあたっては今ある信号網を再編し、より効率的な体制を築けるかと存じます。只今の信号員から優れた者を選び、新たな通信技術を習わせることで、より確かなる情報が能う事となりましょう。加えて情報の管理の仕組みもより厳格なものとできます」

 純正は静かにうなずいた。確かにその通りである。

「うむ。先ほどの省庁に情報省も加えよ。加えて信号員の他に警備をする陸軍の兵も配備いたそう。他には問題となる点はあるか? なければ次の議題に移りたい」

 純正が新たな話題を切り出そうとした時、内務大臣の太田小兵太利行が発言を求めた。

「殿下、官僚機構の肥大化について、一つご相談申し上げたく」

 純正は表情を引き締めた。近年、組織の巨大化に伴う弊害を耳にすることが増えていたからだ。どうしても関わる人間が増えてくれば、意思伝達の遅れや決定までのプロセスが複雑にならざるをえない。

「ふむ、つぶさには如何いかなる問題があるのだ?」

「は。まず意思決定に時を要しすぎております。各省庁の決裁を経る間に、事の様(状況)が変わってしまうことも」

 利行は一旦言葉を区切り、周囲の反応を確認してから続けた。

「特に……所掌外ではありますが、外交案件や軍事に関する事項では、この遅延が命取りとなる恐れがございます。また、複数の省庁が関係する案件では責任の所在があいまいとなり、たらい回しのような事も起きております」

 この発言に、複数の大臣が思い当たるふしがあるように、小さくうなずいた。

「ふむ。確かにその通りだ。何か案はあるのか?」

「は。二つほど案がございます。まず、すぐに決めねばならぬ案件については、関係省庁の担当者を集めた専門班をつくり、ただちに決断能う仕組みを整えること。次に、定例の案件については決裁権限の委譲を進め、現場にてある程度の判断が能うようにいたす事にございます」

 純正は深く考え込んだ。確かに、組織の柔軟性を高める必要性は感じていた。

 現在はインド・アフリカ総督府には年に一回、東南アジアとルソン、北加伊道と沿海には半年に一回、台湾と東北総督府には2か月に一回、国内の総督府に関しては月に一回の定例の指示伝達を行っている。

 しかし遠方になればなるほど即断即決が必要になり、比例して総督の権限が増えていたのは事実である。そのために、権限委譲による暴走や混乱も懸念された。

「うべなるかな(なるほど)。然れど遠方の総督については、只今のままとするほかあるまい。権限委譲については慎重に進める必要があるな。まずは東北以南、台湾以北の総督府より始めるといたそう。つぶさなる体制の案を作成してくれ」

「ははっ。承知いたしました」

 利行が頭を下げると、今度は陸軍大臣の波多隆が口を開いた。

「殿下、その専門班には、是非とも陸軍省・海軍省からも人員を送り込ませていただきとう存じます」

「むろんだ。外務省も同じであろう」

 純正は外務大臣の方を見る。

 言葉に出さなくても、省の垣根を越えて協力体制を築くようにとの意図が込められていた。組織の硬直化を防ぎつつ効率的な統治体制を築くことは必須であり、広大な領土を治める上で避けては通れなかったのである。

「では、次の議題であるが、なにかあるか」

 経済産業大臣の岡甚右衛門が発言を求めた。

「殿下、九州・中国・四国地方以外の地方との技術および産業の格差について、憂慮すべき報告が参っております」

 純正は表情を引き締めた。確かに、これは避けては通れない重要な課題だ。

 大日本国内における肥前州(肥前国)とそれ以外の州においても格差はあったが、それらの州の大日本国加盟よりはるかに後に肥前国に編入された東北地方は、言ってしまえば日本で1番貧しく、格差が大きい地方であった。

 さらに北にある北加伊道地方より、肥前国の勢力下に入る時期が遅かったために技術レベルも最低である。

「つぶさな事の様(状況)を申せ」

「は。まずは大日本国内の諸州との格差についてでございますが、本来であれば大日本国議会にて論ずべき事とは存じますが、只今はその議会がすなわち肥前国の議会でもございますゆえ、ここにて申し上げます」

 甚右衛門は一旦言葉を区切り、手元の資料に目を落とした。

「織田州における工業化は、確かに他の州より抜きん出て進んでおります。然れどその内実を見ますと、技術者の質、設備の近代化、生産性のいずれにおいても、我が国……ごほん、肥前州との差は歴然としております。他の州は言うまでもありませぬ」

 財務大臣の太田屋弥市が補足する。

「税収から見ましても、肥前州と他州との格差は年々拡大する傾向にございます。これは大日本国全体の財政の健全性を損なう懸念がございます」

 甚右衛門は続ける。

「さらに深刻なのが、東北地方の事の様でございます。肥前国の蔵入地(直轄領)として最も遅く編入された地方ゆえ、九州・中国・四国地方との技術格差は著しく、産業の近代化も大幅に遅れております」

「具体的な数字は?」

「は。たとえば、蒸気機関を用いた工場の数を比較いたしますと、九州地方を100とした場合、東北地方はわずか10程度に留まっております。また、熟練工の数も足りませぬ」

 純正は眉をひそめた。この格差は予想以上に深刻だった。

「まさに二重の格差と申せましょう」

 と甚右衛門は続ける。

「大日本国内における肥前州と他州との格差、そして肥前国内における地域間格差。この両方は早急に処さねばならぬと存じます」

 文部大臣の上泉喜兵衛延利が口を開く。

「只今、東北地方への工業学校の設置を進めておりますが、教官の確保に苦心しております。九州からの赴任を忌避する傾向が見られるのでございます」

 純正は深いため息をつく。

 単なる制度や設備の問題ではなく、人の移動や技術の伝播でんぱを妨げる壁がある。これは容易には解決できない課題だった。




「あい分かった。いずれも重き案件ではあるが、能わぬことはない。皆で協力して解決いたそう。その他の題目も多岐にわたっているとおもうゆえ、次回の会議までに各々思うところあれば書面にてまとめておくように」

「はは」




 次回予告 第770話 『揺らぐ朝鮮』

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