四月九日 午の正刻(1200)すぎ
いい天気だ……。
その後も海辺の道を小平太と歩きながら(俺は馬に乗っていたんだが)、通行人達に声をかけ、笑顔で会話をして道を進む。
みんないい人。ほんわかする。しばらくすると前方に人だかりがあるのが見えた。
「どうしたんですか? 集まって。なにか面白いものでも?」
ふと、領民の1人が海の上を指差す。すると海上の島から煙が上がっている?
……狼煙か?!
いや、少し離れて2本あがってる。燃えてるんだ!
「敵襲だ! 戻るぞ!」
「はい!」
|踵《きびす》を返して城へ戻る。なんだこれ、全身の毛が逆立つ感じがする。体温が上がっているのを感じる。なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ!
頭ではわかっていたけど、これが戦国時代なのか。15分ほどで城に着いた。
「父上!」
「おう! 来たか!」
親父は小姓に具足をつけてもらっている最中だった。別に焦っている様子もなく、普通の着替えのように身を任せている。
俺は部屋の中に入り、親父のそばへ立ったまま足早に近づく。
「敵の襲撃じゃ。|蛎浦《かきのうら》に攻めて来やがった」
蛎浦……! 五島から平島、江島経由で県北へ向かう南回り航路の要衝じゃないか!
「いったい誰が? ……」
「決まっているだろう」
五島宇久氏? いやいや、良好な関係を保ってきたし、今この時期に攻めてくる意味がわからん。
「松浦ですか?」
「おそらく。いずれにしても、降りかかる火の粉は払わねばならん」
8年前の天文12年(1543年)に相神浦松浦氏は、平戸松浦氏との和睦で鷹島を割譲している。相神浦松浦氏は斜陽だ。滅亡まで時間がない。
急がねばならない。
親父は|兜《かぶと》やその他の具足はつけずに、具足下(具足の下に着る衣服)に小手とすね当て、それから胴丸? と鉄板が入ったような分厚いハチマキみたいなものだけをつけている。
「父上、兜や他の具足は……」
「いらん、具足に四半刻も半刻もかけていられん。時間との勝負だ」
「父上! 私も! わたしも……」
その続きを言おうとして、口が止まった。怖い。まだ俺12(11)だぞ中学1年だぞ。いやだ死にたくない。戦いたくない。
親父は無言で俺を見ている。
「……私も、……私も連れて行ってください!」
「その意気やよし!」
親父はにっこりと歯を見せて笑うと、「さすが俺の息子だ!」と笑いながら俺の背中をたたく。
なぜ声に出して言ったのかわからない。ただ、なにかに背中を押された気がした。
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