第138話 『造船計画』(1851/7/30)

 嘉永四年七月三日(1851/7/30) <次郎左衛門> 

「ああそれから、掘削の人夫は松代の領内の者を使っても良いが、蒸留は絶対に土地の者を雇ってはならぬぞ。絶対にじゃ。越後と出羽の油田も買いあされ」

 俺は考えられうる油田を全部買いあさる作戦に出た。北海道の留萌炭田は条件通りの運上金を払う事とし、石炭の積み出し港の整備も並行して行う。

 炭鉱からの運搬が一番苦労する点だろうが、蒸気機関車が実用化されれば炭鉱からの路線を開設しようと思う。それまでは沿岸部に近い羽幌を開発し、順次大和田、そして沼田へと拡充する。

 可能ならば水運も使う。

 それから蝦夷地という土地の特性上、幕府への届け出も忘れずに行った。
 
 史実では4年後に取り上げられてしまう蝦夷地だが、その前に利権を開発して、幕府と条件交渉をして蝦夷地を松前藩支配下のまま、幕府に奪われないようにする。

 日本は全部俺の物。それを貸して管理させてやっている、という感覚なんだろう。それなら移転費用や全ての費用を全部持てよって話なんだよな。

 松前藩に代替地として与えられた土地は、蝦夷地交易と比べてまったく実入りの少ない土地で、借金がかさむばっかりだったんだ。今世ではそうはさせない。今から準備しておこう。

 出羽
 久保田藩1,521油井713.97㎘@0.4694㎘
 出羽庄内藩45油井52.18㎘@1.1595㎘
 新庄藩19油井22.84㎘@1.2021㎘

 越後
 新発田藩新津703油井72.64㎘@0.1033㎘
 長岡藩東山203油井33.62㎘@0.1656㎘
 椎谷藩西山208油井24.5㎘@0.1178㎘

 合計919.75㎘@0.3407㎘

 これがいわゆる見込みの産出量だ。
 
 本来なら、この全部の油井を買い取りたいところだったが、買い取り価格が産出量の多いところで500両だ。正直なところ既得権益があり、すでに所有権のある油井だから難しいかと思っていた。

 しかし、そうでもなかった。金さえ払えば、なんとかなりそうなのだ。
 
 買い取りにあたっての500両は結構な金ではあるが、出せない金額ではない。問題は運上金だ。

 石油98石につき77両の運上金である。産出量98石での利益が125両となる。まず決められた基準が米48石であるから上下動しやすい。そこで米で納めるのでは無く銀納とした。

 庄内藩と新庄藩の油井はほとんど買い取りが出来なかった。産油量が多いので、売るのはもったいない、との判断だろう。でも、精製油が臭水と同じ値段で販売されたら、まず勝てないよ~。

 値段同じで減りにくい(揮発成分少ないから)、明るい油なら、絶対に灯油を買うよね。

 残りの久保田藩と越後の三藩は買い取りできたものの、それでも一割程度だった。まあ、最初はこれでいい。そのうち売れなくなって、買ってくれって言ってくるはず。

 確か今年か来年か忘れたけど、簡易的な製油所が越後にできる。でもこんなもんはフロンティアメリットだ。先にやったもん勝ちだから、迷わず買って採掘しろと命じた。




 ■大村藩 川棚造船所

「さてみんな、来る八月に昇龍丸の二番艦が完成し、三年前に和蘭に発注した軍艦用の蒸気釜、そして造船の機械設備一式が届く事となる。しかしてさらに新たな船を作るかたちになるが、いかほどの船を造るかを考えてみたい」

 1号ドックはサスケハナ号やミシシッピ号を造れる規模の大きさである。しかし2年後の1853年、ペリー来航までに間に合うか? と考えれば間に合わない。

 それから技術的な問題がある。日々日進月歩で開発が進んでいるとは言っても、到着するのは150馬力の蒸気機関だ。ペリー艦隊の船は1,500馬力ある。約10倍なのだ。

 もちろんその150馬力の缶を真似て作り、二気筒で300馬力としても到底及ばない。

 見せかけだけの3,000トンクラスの船を造っても意味が無いのだ。後で載せ替えれば? とも次郎は考えたが、手間暇がかかるし、なんらかの不具合が起きる可能性もある。

 ハルデスが口を開いた。

「私は150馬力の3しょうスクーナーを提案します。まず、その造船をはじめ、同型艦としてもう一隻建造するのです」

 ハルデスが言う船の規模なら、1号ドックで2隻同時につくれるのだ。
 
「今、儀右衛門殿をはじめ、皆さんで100馬力の缶まで出来上がっています。実物を見れば150馬力の物を製造する事ができるでしょう。そうなれば、造船の経験も積めますし、新しく来年できる2号船きょで、さらに大きな船をつくれば良いと思います」

 そうか。じゃあどうあがいても、ペリーの軍艦に横付けはできても、同規模の船は、難しいか……。

 黙って目をつむり、腕を組んで考える次郎の仕草は、そう物語っていた。もとより、未来の事なのでペリーがどうというのは次郎の他に信之介と一之進、お里にしかわからない。

「儀右衛門どの、如何いかがか?」

「船の大きさや形などは分かりませぬが、蒸気機関に関しましては、ハルデス殿が仰せの様に、百五十馬力までは能うでしょう。然りながら千五百ともなれば、いささか想像がつきませぬ」

 次郎の問いに率直に答える儀右衛門である。

「ふむ……。(じゃあ規模と馬力の増大は、薩英戦争までに目標を延ばそう)」

 それに……、とハルデスが言う。

「図体ばかり大きくて馬力が小さいのでは速度もでませんし、ハリボテの軍艦になってしまいます」

 次郎が考えていた事を、ハルデスが代弁してくれた。

「皆、ほかに考えはないか?」

 ないようである。

「あい分かった。では、そのように上書いたすとする。それから江頭殿、それから儀右衛門どの。残って下さるか?」

 次郎は海軍奉行(海防掛)の江頭官太夫と、久重に残るように伝え、他を下がらせた。

「台場の見積もりは終わっておりますな?」

「次郎左衛門殿、その儀は準備万端整っております」

「では、先日殿の裁可がおりました故、造成にかかってください。大砲については今の砲を置くか、完成に間に合えば新型砲を備えまする」

「はは」

 次郎は後回しになっていた外海の台場の造成を命じた。

「儀右衛門殿。弁吉殿と功山殿はいかがでござろうか」

「いかが、とは?」

 次郎は頭をかく。こういう事は慎重に言わないと、へそをまげてしまう可能性があるからだ。

「その……例えば、でござるが、儀右衛門殿が別の開発をなさった場合、他の方々で先ほどハルデス殿が言ったような事が、能うか、と……」

 久重はポカンとして、しばらく考えていたが、笑いながら答えた。

「わはははは、御家老様が何を案じておられるかわかりませんが、今の缶はハルデス殿の指導のもと、我ら三人でやっております。技巧の差はございませぬ。幾分か負担は増えるでしょうが、然りとて造れぬという事はございませぬ」

「あ、ああ、そう。左様か」

「何か他に造らねばならぬ物があるのですかな?」

「ああ、実は……」

 次郎は先日、久重の発明品が世の中に出ていない事に気付いたのだ。火事の時に使うポンプ、龍吐水である。これを久重は改良して雲流水を作った。

 その他諸々、久重の発明品は多数あるが、安政の大地震が江戸を襲うのがわかっている。だからせめてもの救いにならなくては、と考えたのだ。
 
 こういう歴史の矯正力は、あってもいいなと、思う次郎であった。




 次回 第139話 (仮)『蒸気缶と工作機械。台場造成と海軍伝習所』

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