幕府

転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第285話 『虚々実々』

文久二年八月五日(1862年8月29日) 江戸城『英国の罠 - 仕組まれた事件』 次郎が小説家なら、この時期の出来事をこういう話題にタイトルをつけそうだ。 が、小説家ではない。 現場にいるのだ。「三郎殿、こたびは従四位下左近衛権少将への叙任...
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第284話 『次郎再び江戸へ』

文久二年七月二十八日(1862年8月23日)  発 六位蔵人(次郎) 宛 御大老様 生麦デノ儀ニツキ、急ギ参府イタシタク存ジ候。英吉利カラノ問ヒニツイテハ、先ズ以テ謝罪ト真相ノ解明ガ要ルカト存ジ候 ■横浜診療所 一命をとりとめたリチャードソ...
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第283話 『生麦事件のその後とエイガー機銃とアームストロング砲』

文久二年七月二十一日(1862年8月16日) イギリスの狙いは薩摩藩ではなく、幕府の弱体化と各藩の対立であった。事件は日本全体の混乱を狙ったもので、薩摩藩は標的ではなかったが、結果的に巻き込まれたのだ。 日本は国際法に則ってヒュースケンの殺...
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第282話 『生麦事件』

文久二年七月二十一日(1862年8月16日)生麦村 雲一つない晴天。東海道の生麦村付近を、薩摩藩主・島津忠義の父、島津三郎久光の一行がゆっくりと進んでいた。江戸での交渉を終え、薩摩への帰路についたのだ。「国父様、少々お休みになってはいかがで...
『転生した以上、幼馴染+αと美少女ハーレムをつくってイチャラブ学園生活を送ると決心したオレ』

第58話 『菜々子と恵美とのテスト勉強』

1986年(昭和61年)2月24日(月) <風間悠真> 毎週月曜日になって会社に行きたくなくなるっていうのは、学生の時もあんまり変わらんな。まあ当時は時間は無限にあると思っていたから、不毛な時間を無為に過ごしたとしても、『暇だー!』くらいに...
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第281話 『文久の改革と土佐尊王党』

文久二年七月三日(1862/7/29)江戸城 島津久光はその条件をのんで勅を実行させるほかなかった。 安藤信正の発言は正論であり、それを退ける正当な理由がなかったのだ。信正の人事権や大老の序列と役割、大老院と老中院の設置など、役職に外様と親...
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第280話 『将軍後見職、是か非か』 

文久二年六月七日(1862/7/3)江戸城「さて、一橋刑部卿きょう様の将軍後見職、加えて松平春嶽殿の政事総裁職でございますが……」 信正は姿勢を正したまま、静かに続ける。「後見職については先月、上様がすでに十七におなりになっているゆえ要なし...
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第279話 『久光対信正』

文久二年六月七日(1862/7/3)  発 京都留守居役 宛 蔵人様 島津三郎様 在京不逞ふてい浪士鎮撫ちんぶノ功アリ 従四位下左近衛権少将 叙位任官ノ 動キアリ ■江戸城 安藤信正は久世広周から聞いた腹案について考えていた。 やらせればよ...
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第278話 『久光の幕政改革』

文久二年四月二十九日(1862/5/27)  発 次郎蔵人 宛 御大老 先日 島津三郎様 兵千ヲ率イテ上洛セリ 幕政ノ改革ヲ求メルモノナリ 次郎はそう幕府に報告しようと考えたが、止めた。よくよく考えたら次郎は幕臣ではない。それに久光は攘夷じ...
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第277話 『久光の上洛と寺田屋事件』

文久二年四月一日(1862/4/29) 京都 岩倉邸 発 諸調方しょしらべかた(諜報局) 宛 蔵人様 薩摩ノ草ヨリ報セアリ 島津三郎様 上洛ノ由 日本は次郎の活躍で不平等条約は締結しておらず、関税自主権もあり、領事裁判権も認めていない。また...
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第276話 『公儀への報告と対馬事件の国内後始末。くすぶっている火は収まるか?』

文久二年三月十日(1862/4/8)  日魯間領土境界確定並びに対馬事件賠償条約と名付けられた長い条約は、批准日を1年後とした。それまでに賠償金の支払いや捕虜の返還、そして樺太(千島列島含む)におけるロシア国籍の民間人と兵の退去が行われる。...
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第272話 『皇女和宮とロシア全権との交渉』

文久二年一月十五日(1862/2/13)~二月十一日(3/11)「なんだって! ? 襲われた? いつ? どこで? 誰が?」 史実と歴史が変わっても対馬の問題は解決しておらず、他の問題も山積みである。 しかし次郎は攘夷じょういに関しては藩内で...
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第271話 『坂下門外』

文久二年一月十五日(1862/2/13)  江戸城「申し上げます! 御大老様、坂下門外にて襲われましてございます!」「なに! ? 真か?」 大老安藤信正襲撃の報はまたたく間に江戸城をかけめぐり、久世広周は信正の安否を問うた。「幸いにして御大...
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第269話 『小栗上野介との交渉』

文久元年十二月二十日(1862/1/19)  江戸城「これはこれは蔵人殿(次郎)、如何いかがなさいましたかな? 某、もはや大抵の事には驚きませぬぞ」「上野介様、なにも驚かそうなどとは考えておりませぬ。実は此度こたび、お許しいただきたいことが...
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第268話 『ハリスと小栗上野介』

文久元年十二月十二日(1862/1/11)  江戸 善福寺 アメリカ公使館 アメリカ本国では北軍合衆国と南軍連合国が戦争をしている。ここ日本でもロシアによる対馬占拠事件が起こり、非道な異人を廃すべきとの国内の攘夷じょういムードは高まりつつあ...
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第267話 『南北戦争』

文久元年十一月二十一日(1861/12/12)  イギリスの後にやってきたフランスであったが、内 容はイギリスとほぼ同じであった。表面上は友好を装ってはいるが、列強1位と2位のつばぜり合いにロシアは付き合うつもりはない。 オランダはやんわり...
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第266話 『イギリスの思惑』

~文久元年十月十九日(1861/11/21) ロシア サンクト・ペテルブルク 王宮 外務大臣のアレクサンドル・ゴルチャコフは昼夜を問わず業務に追われていた。 日本への対応、そして関係各国への対応である。「至急、箱館領事館へ全権委任状を」 深...
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第262話 『イギリスとフランスの思惑と攘夷の志士』

文久元年八月十二日(1861/9/16) 大村「それ見た事か! やってくれた、やってくれたぞ大村の家中が!」 真木和泉は声高に叫んだ。「これまで公儀の弱腰で異国のいいようにされて参ったが、まこと、胸のすくような仕儀にござる!」「ええ、まさか...
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第261話 『オランダ領事ヤン・カレル・デ・ウィットと4か国協議へむけて』

文久元年七月七日(1861/8/12) 江戸 西応寺 駐日オランダ公使館「デ・ウィット領事、……失礼、公使に昇任されたのでしたね」「お久しぶりです次郎殿、お変わりないですか?」 オランダ領事のヤン・カレル・デ・ウィットとは、長崎以外で会うの...
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第260話 『幕府と列強』

文久元年五月三十日(1861/7/7)  大老安藤信正は腕を組み、これまでの次郎の報告を踏まえて幕府としての見解を出そうとしていた。「然されど太田和殿、撃沈はいささか理ことわり過ぎし(極端な)行いだったのではあるまいか」 小栗上野介は警告に...
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第259話 『ロシアはいいのに、日本は悪いのか?』

文久元年四月二十二日(1861/5/31) 箱館在日ロシア領事館「さて領事、貴国としては如何いかがなさいますか?」  次郎は昨日と全く変わらず、無表情で駐日ロシア帝国領事のヨシフ・ゴシケーヴィチに質問した。「我が国としては、この事態を平和的...
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第257話 『戦後処理その2:前言撤回』

文久元年四月七日(1861/5/16) 対馬「では杉村殿……いや、佐須伊織殿とお呼びしたほうがよろしいかな」「ご随意に」「では伊織殿、ロシアに船の補修と補給のための物資は与えたが、必要以上の上陸や測量などは許していないと?」「無論にござる。...
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第255話 『ロシア軍艦対馬占領事件』

文久元年二月十一日(1861/3/21) 発 宗対馬守 宛 御大老 露国軍艦来航セリ 退去求ムモ 応ジズ 本来は3週間かかる幕府への報告も、博多に着いた時点で電信に直され、幕府と長崎奉行、そして参与である純顕の元へも届いた。実は、対馬に外国...
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第254話 『歴史は、変わらないのか?』

万延元年十二月九日(1861/1/12) 吉之助(西郷隆盛)にとって幸いだったのは、横浜から大阪を経由して鹿児島、長崎、大村を往復する小曽根大浦海運の客船(輸送船)が一日、五日、十日、十五日、二十日、二十五日と運航していた事だ。 四日に江戸...
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第253話 『清河八郎とヒュースケン、陰謀の痕跡』

万延元年十二月四日(1861/1/7)  史実における長井雅楽の航海遠略策は、公武合体が進まず窮地に陥っていた幕府にとっては渡りに船の政論であったが、今世は攘夷じょうい運動や倒幕運動もそこまで高まっていない。 そのため少なくとも、次郎や上野...
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第251話 『公武合体と幼い少女』

万延元年十月十八日(1860/11/30) 「次郎を呼んでたもれ」 そう言われて参内し、和宮と会うこととなった次郎であったが、降嫁を認めて公武合体を進めるよう映ったであろう事は間違いない。個人的にはあまり乗り気がしない事であった。 しかし幕...
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第250話 『土佐の勤王、それぞれの勤王。そして攘夷』

万延元年九月五日(1860/10/18) 大村 武市瑞山や岡田以蔵とともに大村にやってきた藤田小四郎、平野国臣、真木和泉の3人であったが、必然的に土佐グループとは分かれて行動するようになっていた。  意図していたわけではなく、自然とそうなっ...
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第249話 『朝廷の和宮降嫁に対する意向とイギリスと薩摩の情勢』

万延元年七月二十日(1860/9/5) 京都御所 陣座 太閤鷹司政通、関白九条尚忠、正四位下右近衛権少将の三条実美、同じく正四位下右近衛権少将の岩倉具視の4人の重臣が集まっていた。  同じ官位官職ではあるが、実美は具視を格下に見ている。 政...
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第248話 『公武合体と龍馬。アギとアザ』

万延元年六月三日(1860/7/20) 江戸城 評定部屋 「出雲守殿、件の公武合体は進んでおろうか」「は、御大老様発案のとおり奏上いたしましてございます」 久世広周は安藤信正の問いに短く答え、続けた。「して、その策は成るとして、公議政体にお...
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第247話 『変の余波』

安政七年四月十四日(1860/6/3) 江戸城 評定部屋  ※永蟄居ちっきょ 前水戸藩主・徳川斉昭 隠居・謹慎 水戸藩主・徳川慶篤 ※切腹 水戸藩家老・安島帯刀 水戸藩京都留守居役・鵜飼吉左衛門 水戸藩京都留守居役助役・鵜飼幸吉 水戸藩奥右...
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第246話 『大老安藤信正と首座久世広周ならびに公儀表警護方』

安政七年三月二十四日(1860/4/14) 江戸城 評定部屋 「御大老、真に斯様かような高札を市井に立てるのでございますか」「然様、病のため療養とする旨の上書もあれど、斯様な仕儀にてお亡くなりになった事は、すでに江戸市中に知れ渡っておろう。...
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第243話 『条約破棄?』

遡って安政六年八月三日(1859/8/30) 大村 産物方「”Madam”……私は責任者との面談をお願いしたはずですが……」「私が責任者です。本来なら家老である夫が責任者ですが、留守の際に全権を委任されているのは私です。ですから私に話してい...
転生したら弱小領主の嫡男でした!!元アラフィフの戦国サバイバル

第242話 『箱館ロシア領事館と大村藩、そして幕府。……やはり攘夷じゃあ!』

安政六年十一月三十日(1859/12/23) 箱館 ロシア領事館「さて、|如何《いか》なる|故《ゆえ》にて|斯様《かよう》な仕儀とあいなったか、しかとお伺いしたい」 松前藩家老の松前勘解由と立石昭三郎は、ロシア領事のヨシフ・ゴシケーヴィチを...
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第241話 『蝦夷地とロシア』

安政六年十一月十五日(1859/12/8) 大阪「なんですと? 福井の殿様が蒸気船を?」 鴻池善右衛門は大阪で室屋(内田)宗右衛門よりその報を聞いた。「それはまずい事になりましたな」「ええ、そう思ったんで御用商人の筆頭である善右衛門さんにお...
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第240話 『土佐藩軍艦? 商船? 購入と佐賀と薩摩の教育改革』

~安政六年十月二十一日(1859/11/15) 「それで、荷船と申したか?」「は、我が家中の意向としましては、まずは商い、つまり交易にございますが、これにて富を蓄えとうございます。しかるのちに軍艦を買う、もしくは……」「自らつくる、と?」「...
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第239話 『兵備輸入取締令(へいびゆにゅうとりしまりれい)と大浦・小曽根商会の横浜・箱館支所』

安政六年九月二十六日(1859/10/21)  次郎はこれを予見していたのだろうか。 大村藩がオランダに最新軍艦を発注し、しかも鋼鉄艦を発注した直後に、幕府から全国の諸大名に以下の法令が発布された。『兵備輸入取締令』 ・いかなる諸大名、また...
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第238話 『遣米使節と海外領事館ならびに渡航許可』

安政六年九月一日(1859/9/26)  新見正興や村垣範正、小栗上野介をはじめとする使節団の派遣にともない、法整備も行われた。渡航先のサンフランシスコでは日本初の外国における領事館の設置が行われるのだ。 海外渡航における諸法規を整備する必...
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第237話 『布衣ならよかろう。または六位のいずれか』

安政六年八月三日(1859/8/30) 京都 鷹司邸「大変光栄な仕儀にございますが、諸般の事様を鑑みまして、主君丹後守様曰いわく、慎んでお断り申し上げたいとの事にございます」 次郎は京の鷹司邸にて、先日掴んだ情報による純顕すみあきの昇進と自...
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第236話 『越前、土佐、宇和島、幕府、そして次郎』

安政六年七月五日(1859/8/3)  大村藩発の国産電信設備は、大村藩の領内はもちろんのこと、西国諸藩の領内にも敷設された。 まずはじめに佐賀藩と島原藩、平戸藩と五島藩、唐津藩といった近隣の藩に敷設され、徐々に九州全域へと広がっていったの...
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第235話 『薩摩、佐賀、長州』

安政六年七月五日(1859/8/3)  ここで1度、現時点における思想的な事を整理しなければならないので述べておく。 1. 尊王論:天皇を国家の中心と位置づけ、その権威を重んじる思想……次郎たち。ほとんどの勢力。 2. 攘夷じょうい論:外国...
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第234話 『勘定奉行並びに外国奉行小栗上野介、彼を知り己を知れば百戦殆からず』

安政六年六月六日(1859/7/5) 江戸 一橋慶喜邸『勅みことのりを以もって~中略~一橋刑部卿きょう慶喜、隠居の沙汰を取りやめるものとする』「ふむ、これはまた、如何いかなる事か」 一橋慶喜は江戸の邸宅で読み上げられた沙汰を、再度頭の中で読...
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第233話 『日米通商条約附録と横須賀造船所』

安政六年六月六日(1859/7/5) 江戸城 御用部屋「掃部頭かもんのかみ様、小栗又一、お召しにより罷り越しましてございます」「うむ、よくぞ参った」 井伊直弼がオールコックの提案にどう答えるか迷っている中呼び出したのは、史実では大村益次郎を...
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第232話 『密会』

安政六年五月六日(1859/6/6) 江戸城 御用部屋「なに? 英国人だと?」 日英和親条約を含め、イギリス以外にもフランス・ロシア・オランダと結んでいた条約は、協議を必要とするものの、最恵国待遇に準ずる内容であった。 従って日米通商条約が...
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第229話 『岩倉具視、江戸へ。戊午の勅命』

安政六年一月十四日(1859/2/16)「なんと! そないな事があらしゃったのですか?」 次郎襲撃の報をうけた岩倉具視は、安否を確かめるべく大村藩京屋敷へ急行したのだが、当の次郎は平然として、いたって元気であった。  その次郎から事の成り行...
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第228話 『三度の襲撃と文明の利器』

安政五年十二月十一日(1859/1/14) すでに第14代将軍家茂の宣下は終わっており、一橋派は名実ともに勢いを失速させていた。次郎は不時登城の罰を軽くするために、勅許を得るための工作を行っていたのだ。 九条尚忠や三条実美などの幕府に敵対的...
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第227話 『朝廷の反幕府勢力と処罰の対象者』

安政五年十一月七日(1858/12/11) 大村藩領内では道路整備が行われ、人、馬、馬車、籠などの通行に耐えうるレベルにまで達していた。しかし他の地域は例え天下の台所、京の都といえども、整備はされているものの、そのレベルはお粗末なものであっ...
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第226話 『島津斉彬と出兵上洛』

安政五年十月二日(1858/11/7) 鹿児島城「おお、よくぞ参った。次郎左衛門よ。丹後守殿はご承知なされたか?」 島津斉彬の第一声である。 斉彬の目的は挙兵して幕府に対して明確な反対の意を表し、まだ朝廷より宣下を受けていない家茂を廃して慶...
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第225話 『反井伊直弼』

安政五年九月十四日(1858/10/20) 江戸城 御用部屋「|掃部頭《かもんのかみ》殿(井伊|直弼《なおすけ》)、|如何《いかが》なさいますか」 井伊直弼により老中に再任された松平|乗全《のりやす》が聞く。「|癪《しゃく》ではあるが、大村...
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第224話 『大獄前夜と朝廷』

安政五年七月十五日(1858/8/23)~八月八日(1858/9/14)「どうするどうするどうする?」 井伊直弼による襲撃の幇助ほうじょの事実が本当であれば……いや、恐らくは本当であろう。 証人もいて犯行動機もある。  井伊直弼は幕政に口を...
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第223話 『井伊直弼と太田和次郎左衛門』

安政五年七月十五日(1858/8/23)  すでに老中の堀田正睦と松平忠固は罷免され、代わって鯖江藩主の間部詮勝あきかつ、前掛川藩主の太田資始すけもとなどを直弼は老中に抜擢ばってきしていた。  先日不時登城をした松平春嶽は隠居、徳川斉昭・一...