幕府

内政拡充技術革新と新たなる大戦への備え

第577話 尚元王の死と万暦帝の即位

天正元年(1572)七月十九日 三ヶ月前に、純正の同盟国(通商和親・準安保)である、琉球王国第二尚氏王統の第五代国王である尚元王が崩御した。 特に名君というわけでもなく、普通の王であったが、古来より王朝の代替わりの際には政情が不安定になりが...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第14話 『目指せ佐賀藩、追いつき追い越せ佐賀藩』(1837/5/18)

天保八年 三月二十四日(1837/5/18) 太田和次郎「はんしゃろ? なんそい?」(反射炉? 何それ?) ああ……それ、そっからかあ~。『反射炉』……幕末に大砲をつくるために幕府(藩)がつくった炉。『江川英龍』……その反射炉を造った人。 ...
対上杉謙信 奥州東国をも巻き込む

第564話 和睦の題目と謙信の最後の秘策

天正元年 四月九日 京都 大使館 発 道雪 宛 権中納言 秘メ 上杉ヨリ 和睦ノ 申出 アリ 然レドモ 戦況 優位ニテ 御裁可 ナラビニ 題目ヲ 知ラサレタシ 秘メ ○四○六「御屋形様、これは……」「ふむ、和睦の申出であるな。必ず勝てると思...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

年表

以下、旧暦表示。随時更新します。天保七年(1836~1837)十一月清水亨、太田和次郎左衛門武秋として肥前大村藩へ転生。十二月十一代大村藩主、大村純顕に謁見し、藩の財政再建ならびに軍制改革、富国強兵の(裏)家老に任じられる。(裏家老は仮称)...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

人物紹介

※()内の年齢は1837/1/6時点の年齢(数え)です。 ※随時更新します。 ※印の人物は実在の人物ですが、作中では史実とは違う行動思想かもしれません。 太田和次郎左衛門武秋(15)1822生まれ。 本作品の主人公。前世名は清水亨(50)。...
対上杉謙信 奥州東国をも巻き込む

第532話 謙信の深謀遠慮と織田家の動向

天正元年(1572) 三月二十九日 越中国新川郡 宮崎城「申し上げます! 飛騨との国境に、怪しき勢(軍勢)ありとの報せがございました!」 春日山を出発した謙信のもとに、報告が入った。「なに? 怪しきとはなんじゃ? 武田の勢(軍勢)か?」 須...
対上杉謙信 奥州東国をも巻き込む

第521話 『上杉謙信と武田信玄 戦国のカリスマと純正の外交戦略』

天正元年 三月十七日 越中射水いみず郡 守山城(富山県高岡市東海老坂)「申し上げます。小佐々権中納言様が郎党ろうとう(家臣)、日高甲斐守と仰せの方がお見えです」「なんと? 今一度申せ」「は、権中納言様が郎党、日高甲斐守様、お見えにございます...
対上杉謙信 奥州東国をも巻き込む

第515話 越中守護の書 上杉謙信と畠山氏の対立

天正元年(元亀三年・1572年) 三月十一日 台湾 基隆キールンの湊 籠手田安経 琉球へ寄港してすぐに南下する予定が、明への対応協議のために滞在することになり遅くなってしまった。 わが艦隊(元練習艦隊)は海軍内での組織編制で、南方探険艦隊と...
緊迫の極東と、より東へ

第513話 京都大使館にて、謙信の上洛阻止と義昭の動向

天正元年(元亀三年・1572年) 三月九日 京都大使館(※)古語「あー疲れたー。やっぱりあわんばい(合わないよ)叔父さん。まあおい(俺)が望んだ事やけど(だけど)さ。堅苦しかったい(堅苦しいんだよ)な~」 純正、久々のまったりくつろぎタイム...
緊迫の極東と、より東へ

第512話 能登にて七人衆との会談と、岐阜での一節

天正元年(元亀三年・1572年) 三月五日 能登国 |鳳至《ふげし》郡 天堂城 純正一行は天堂城下で昨日歓待を受け、翌日登城して改めて挨拶を受けた。「畠山修理大夫義慶よしのりにございます。権中納言様におかれましては、ことさら西国より能登まで...
緊迫の極東と、より東へ

第510話 肥前より能登へ、敦賀にて純正、長政と初対面す。

天正元年(1572) 二月二十四日 越前国 敦賀郡 敦賀「何? 権中納言様が敦賀にお越しになっていると?」 長政は仰天した。 越前の統治においては前波吉継をはじめとした朝倉旧臣が行ってはいたが、三国浦をあらたな領地とした長政は、小谷城に帰る...
緊迫の極東と、より東へ

第505話 明との冊封か小佐々との安保条約か。琉球は岐路にたつ

天正元年(元亀三年・1572年) 二月十五日 琉球 首里城皇帝勅諭琉球王國中山王尚元奉天承運皇帝制曰琉球與大明之交,非始今日。自洪武五年以來,世奉正朔,歲貢方物,歷二百載,未嘗廢弛。朕以天子之德,恤遠人之難,故遣兵戍衛,以安其邦。然而,近者...
緊迫の極東と、より東へ

第500話 上杉不識庵謙信という男の本性

天正元年(元亀三年・1572年) 正月十八日 越後 春日山城「……。せっかくおいでになったのだ。通すが良い」 上杉謙信と須田満親の前に、小佐々の狐、利三郎が相まみえる。「はじめてご尊顔を拝しまする、小佐々権中納言様が家臣、太田和治部少輔と申...
緊迫の極東と、より東へ

第492話 明への外交対策……別に、いらんよな?

元亀二年 十二月十二日 諫早城「御屋形様、台湾総督の若林中務少輔様より使者がお越しになっています」「総督の? わかった、通すが良い」 純正は以前台湾問題を閣議で話し合った事を思い出した。 永禄十一年の事件の際、台湾出兵と再度の入植のために明...
緊迫の極東と、より東へ

第490話 台湾総督若林中務少輔鎮興、明国使節と相対す。

元亀二年 十一月二十六日 結局、石山本願寺は武器弾薬を破棄し、起請文を書いて信長に一万四千貫を支払うことで和睦を結んだ。 聖職者が起請文などおかしな話ではあるが、武装解除と起請文は信長の譲れない条件だったのだ。 起請文はいわゆる約束事を記し...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第483話 織田弾正忠信長、不戦と天下安寧を願う勅命に困惑す。

元亀二年 十月二十一日 信貴山城 織田軍本陣「ほうほうほう、これはこれは……。飛ぶ鳥を落とす勢いの天下の小佐々家中、重鎮の御三方ではありませぬか」 信長が純久はもとより、直茂や利三郎の事をどれだけ知っているかは不明だが、少し皮肉交じりの挨拶...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第476話 甲斐武田家第十七代当主、諏訪四郎勝頼改め武田勝頼

元亀二年 九月十日 躑躅ヶ崎館(さて、どうするか……) 勝頼は、夜も更けた躑躅ヶ崎館の居室にて、二人の家臣を前に考えている。 信玄の死後家督をついだものの、あくまで名代。 対外的には信玄は隠居して勝頼が家督を相続、そして息子の信勝が十六歳に...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第475話 義昭、流浪将軍となる

元亀二年 九月二日 京都 室町御所 信長が義昭に提示した条件は二つであった。 人質を出す事と、異見十七箇条を認める事である。義昭にとってはどちらも認められるものではなかったが、交渉の余地はない。 なにせ和睦という体の降伏なのである。 そして...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第474話 異見十七か条と義昭の決断

元亀二年 八月二十二日 鯰江城下 純久は信長の陣中に一泊し、手渡された草案を熟読し、考えた。 異見十七か条と名づけられたその条文は、いかに義昭が無能であるか、将軍としての品位に欠けるかと、散々にこき下ろしたものであった。 信長に義昭との関係...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第472話 降伏と和議と異見十七箇条

元亀二年 八月十一日 逢坂の関「申し上げます! 敵方よりの使者、来ましてございます」「通せ」 暫定京都師団長の神代貴茂少将と将棋を指していた純久は、淡々と近習に伝える。使者がうんぬんというよりは、貴茂の手をどう崩すかが気がかりのようだ。 し...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第470話 虚々実々、信長と純正と信玄と

元亀二年 八月十日 三河「申し上げます!」 武田軍の撤退の報を受け、逃散していた兵をまとめていた信長のもとに急報が入った。「何事か!」 信長に急を報せるのは、織田家の忍者集団『饗談きょうだん』の頭領である、岩村長門守重休しげやす(273話)...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第466話 青銅砲から鋳鉄砲へ、純正、難題を一貫斎に投げかける

元亀二年 七月十七日 諫早城 純正は先日、野田城陥落の報をうけ、京都の大使館内が騒然となったという報せを受けた。いや、野田城の陥落自体は問題ではない。問題はその後なのだ。 将軍義昭が挙兵した。 やっぱりか、と純正は思ったが、こればかりはどう...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第460話 海軍再建計画と山陰山陽大街道計画

元亀二年 五月二十四日 姫路城 純正は五月十二日には塩置城に入り、赤松義祐と三木道有の仕置をした。 すでに毛利・小早川・三村の連合軍は、播磨北部の国人を制圧して城下に集まっており、宇喜多・陸軍連合軍も沿岸の城を制圧して集結していた。「みな、...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第455話 悪人?吉川駿河守元春

元亀二年 四月二十一日 伯耆国 岩倉城吉川元春の軍勢が岩倉城を包囲した翌日、美作の小田草城へ向かっていた南条元続は急報を受けた。急ぎ陣払いをして岩倉城の救援に向かったのだが、すでに城は落とされた後であった。吉川軍の裏切りという事態と明らかな...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第443話 通訳を求めて堺へ。紙屋甚六の旅

元亀元年 十二月二十三日 大和国(奈良県)「やはり遠いですな、大和は。ここからさらに京に堺にとなると、さらに遠い。そしてこのたびのお役目は、難儀な事ですなあ」 そうやって同行者に愚痴をこぼす者がいる。 相模国小田原の紙商人の紙屋甚六である。...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第439話 第2.5次信長包囲網への序曲 山は動くか

元亀元年 十一月 純正が西日本大会議を開いているそのころ……。 ■石山本願寺「和議に応じぬとはどういうことだ! 信長は本当に長島を滅ぼす気か? あやつは仏罰が怖くないのか?」「上人様、やはり公方はあてになりませぬ。信長になめられて、言う事を...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第433話 変革の時

元亀元年 十一月二十二日 伊予 湯築城 元親は純正の発言の意図が理解できない。「それは一体、どう言うことなのでしょうか?」「言葉通りの意味である。宇喜多殿とは使者を通じて、服属したいとの旨を承っており、了承したのだ。その際、この毛利家との四...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第427話 純正上洛ス 将軍義昭二問フ

元亀元年 十一月一日 京都 室町御所 発 純久 宛 近衛中将 秘メ 公方様ヘ 宇喜多ノ 使者 謁見セリ 御教書ヲ 当家 ナラビニ 毛利 山陽 山陰 各大名ニ 送ルトノ 風聞アリ 内容ハ 播磨、美作、備前ノ 輩ハ 毛利ノ家人 タルベシ トノ事...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第426話 純正と秀安 裏の裏の裏の話

元亀元年 十月二十日 諫早城 小早川隆景との会談を終えた数日後、純正は朝食を食べ終わって、コーヒーを飲んで新聞『肥前新聞』を読んでいた。 第一回の遣欧使節が帰国したとき、グーテンベルクの活版印刷機を輸入していたのだ。 その後印刷機の仕組みを...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第424話 小早川隆景、伊予から豊後、そして肥前へ。小佐々純正という男②

元亀元年 十月十四日 発 石宗山陽 宛 総司令部 秘メ 宇喜多ノ 使者 戸川秀安 輝元ニ 会ヱリ 詳細ハ 不明ナレド 浦上ノ 名代ニ アラズ マタ 両川ハ 不在ナリ 一○○七 秘メ 経由 門司信号所 一○一一 午三つ刻(1200)「うむ」 ...
新たなる戦乱の幕開け

第422話 歴史の変化が人の死を早め、それがまた歴史を変える

元亀元年 十月十日 京都 室町御所「公方様、備前の宇喜多の遣いと申す者が、お目通りを願っております」「宇喜多……? 浦上ではなく、宇喜多だと?」 義昭は献上品の刀剣の品定めをしている最中に、政所執事である摂津広門から声をかけられ不機嫌である...
新たなる戦乱の幕開け

第421話 毛利の両川、吉川元春と小早川隆景

元亀元年 十月七日 吉田郡山城 「なんだ、どうするのだ?」「それは、右衛門督様のお心次第にございます」 意味深な発言で言葉を濁す秀安であったが、輝元の歓心を買うのには十分であった。「右衛門督様がこのまま小佐々の軍門に降り、独立独歩たる戦国の...
新たなる戦乱の幕開け

第419話 謀将宇喜多直家の処世術~使える物はなんでも使う。そして混沌へ~

元亀元年 十月三日 岡山城「殿、一つだけ、策がないこともございませぬ」 なに? と直家は秀安の言葉に目を輝かせる。さて、戸川秀安の腹案とはいったいなんであろうか?「おお、なんじゃ」「毛利にございます」「何を言っておる。さきほど毛利はだめだと...
新たなる戦乱の幕開け

第417話 浦上宗景の戦略と宇喜多直家の運命

元亀元年 十月一日 諫早城 発 純久 宛 総司令部 秘メ 公方様 各地ノ大名へ 書状ヲ送レリ マタ 本願寺ヨリ 幕府ヘ 長島ノ戦 和睦ノ 調停 要請アリ ト 認ム。 マタ 浅井ノ 軍勢ハ 丹後ヲ 順当二 制シテイル 模様 秘メ 和睦だと? ...
新たなる戦乱の幕開け

第415話 小海城山城会談~毛利につくか小佐々につくか~

元亀元年 九月二十五日 発 純久 宛 総司令部 秘メ 織田軍 一揆勢ヲ 五ツノ城二 追ヒ詰メリ 砲撃後 敵降伏ヲ 申シ出ルモ許サジ  兵糧攻メノ模様 殲滅モ近シ 浅井軍 丹後ニテ 加佐郡竹野郡ノ国人 刻ヲ同ジクシテ蜂起 一色勢ヲ追イ詰メリ ...
新たなる戦乱の幕開け

第413話 元亀元年の浦上宗景への詰問状

元亀元年 九月十五日 諫早城「殿、大使館より定時通信にございます」 京都大使館に配属されている情報省の職員(忍び)から定時報告があった。 京都~堺湊、阿波湊~土佐宿毛湊、豊後佐伯湊~肥前諫早城間はすでに街道が整備されており、駅馬車も走ってい...
新たなる戦乱の幕開け

第411話 専守防衛?第二次尼子再興運動と対毛利、そして信長を考える②

元亀元年 九月一日 諫早城 「殿」「なんだ?」 土居清良が発言した。「表向きが無理なら、裏からで良いのではないでしょうか」「どういう事だ?」「昨年の尼子蜂起軍には、山名の助力がありました。ゆえにこたびも尼子を直接助けるのではなく、山名を助け...
新たなる戦乱の幕開け

第409話 歴史の改変は歴史を縮め、信長包囲網を変えた

元亀元年 八月末 史実における信長包囲網は3回に分けて展開されるが、そのうちの第一次が終了した。しかも小佐々純正の存在が、その参加勢力との戦いの推移に大きく影響を及ぼしたのだ。 まず第一に、純正の助言を受けた浅井長政が勢力を拡張し、信長を裏...
新たなる戦乱の幕開け

第407話 元亀通宝=永楽通宝?

元亀元年 六月某日 諫早城 三年前の永禄十年十一月より、純正は小佐々領内で撰銭令を発布して貨幣の流通を促進していた。 金一枚が金十両、金一両が四分で、それが十六朱となり銀一枚と同じ価値になる。銀一枚は銀五十匁で銭四貫文、すなわち四千文となる...
新たなる戦乱の幕開け

第404話 正四位下近衛中将源朝臣小佐々平九郎純正となる、のか?

元亀元年 六月十日 諫早城 小佐々純正 いや、近衛中将って、俺は検非違使もやってるんだよ? え? 兼任? いいよ、別に。肥前から動かないから。どうせまた叔父上から嫌み言われるんでしょ? いやだよ。 そもそも近衛大将とか中将って誰かやってなか...
新たなる戦乱の幕開け

第403話 第一次信長包囲網の終焉と新たなる鳴動

元亀元年 六月六日  大安である六日を選んで、織田家と包囲網陣営の和議が結ばれた。 信長にしてみれば和泉は戻ってきたものの、摂津の領地は奪われたままで、決して良い条件ではなかった。 山城、河内、紀伊の状況は変わらず、良い面と言えば、大和の筒...
新たなる戦乱の幕開け

第401話 将軍義昭の焦燥と暗雲?

元亀元年 五月二十二日 勝瑞城での会談の結果は、最終的に三好の返事に委ねられるとして、諫早にいる純正と中央以東管轄の純久のもとへ届けられた。 土佐の甲浦までは馬で、そこから通信で宿毛、海を渡って佐伯に向かい、さらに通信で諫早まで届けたのだ。...
新たなる戦乱の幕開け

第400話 三好家長老、三好長逸の決断と分裂

元亀元年 五月十八日 ※三好三人衆への純正の降伏勧告は議論を呼んだ。本来、和議というのはお互いに交渉し、条件の折り合いをつけて戦闘行為を終了させる事である。 しかし純正のこれは和議ではなく、あきらかに無条件降伏に近いものであった。 一切の主...
新たなる戦乱の幕開け

第398話 阿波三好家の凋落と義昭との軋轢?そして医学の進歩!

元亀元年(1570) 五月 池田城の城主追放に始まり、阿波三好と三人衆の摂津再上陸で勢いに乗ったかに見えた信長包囲網は、純正の予想通り、二月も経たずに瓦解した。「純久! 純久はおらぬか!」 室町御所で声をあげて小佐々純久を呼んでいるのは室町...
新たなる戦乱の幕開け

第394話 六分儀の完成と、果てしなき正確な時計への渇望

元亀元年(1570) 三月 諫早城 三好日向守(長逸)殿、並びに三好下野守(宗渭)殿、岩成主税助(友通)殿 既に御聞きと存じ候えども、先の先の将軍を弑し奉りし大罪のため、御幕府より追討の命を受け候。その執行はそれがしの一任となる旨、肝に銘じ...
新たなる戦乱の幕開け

第393話 織田信長、第一次包囲網なるのか?

元亀元年 二月 諫早城 一月の末に進発した浅井軍一万は、若狭の粟屋勝久と呼応して、またたくまに若狭を制圧した。長政は、決断したようだ。 父の久政を幽閉し、見張りをつけ、外界との接触を禁じたのだ。 驚くほどの抵抗はなかった。事前の磯野員昌の根...
西国の動乱、まだ止まぬ

第382話 永禄十二年 十二月一日 庄内の乱、東郷の乱。

永禄十二年 十二月一日 巳の一つ刻(0900)薩摩 薩州島津家当主、※島津義虎が動いた。 南下して、二十年も抗争を続けてきた東郷氏の旧領を攻めたのだ。 東郷氏は渋谷一族の分家で、祁答院氏や入来院氏とともに島津家と戦ってきたが、すでにすべて島...
西国の動乱、まだ止まぬ

第378話 長宗我部元親の決断と明智光秀の苦悩、織田信長の構想

永禄十二年 十一月十七日 岡豊城「どうであった、親貞、親泰」 岡豊城の評定の間で、長宗我部元親は人払いをして三人だけで話す。近習もいない。「どうもこうもありませぬ。まったく話になりませぬ」。 そう話すのは元親の弟で次兄である吉良親貞だ。「浦...
西国の動乱、まだ止まぬ

第376話 かかった火の粉がいつの間にか四百万石②

永禄十二年 十一月十六日 諫早城「そして日の本に戻るが、伊予は、いましばらくかかりそうじゃ。西園寺が、ふふふ、まあ、なんというか、塹壕とはな」「ざん、ごう……? にございますか?」 龍造寺純家が質問する。純家は一門だから参加しているのではな...
西国の動乱、まだ止まぬ

第375話 かかった火の粉がいつの間にか四百万石

永禄十二年 十一月十六日 諫早城 純正は各方面から届けられる書状や通信文書を読みながら、定例会議を開いて今後の対策を考えていた。 空閑三河守、藤原千方(親)、鍋島直茂、尾和谷弥三郎、佐志方庄兵衛の五人が傍らにいる。そして閣僚の面々。「千方よ...