出兵

八紘共栄圏を目指して

第847話 『ネゴシエイト』

慶長三年一月二十七日(西暦1598年4月9日) 諫早「これはこれはフュンドン殿、遠いところわざわざようお越し下さった」「いえいえ。伊集院殿も安国寺殿も、お元気そうでなによりです」 ヌルハチの腹心、フュンドンが肥前国首都の諫早を訪れるのは2度...
八紘共栄圏を目指して

第835話 『建州沿岸と豆満江』

慶長元年十一月十四日(1597/1/2)夜 へトゥアラ <小佐々純正> オレたちは問題が解決するまで滞在することになり、宿舎に案内された。『お互いに戦うつもりはない。じっくり腰を据えて話し合おう』 ヌルハチの提案を受けて、居室で一人考え事を...
外伝!フレデリック・ヘンドリック転生記~時代・技術考証や設定などは完全無視です!~

第4話 『デン・ハーグと駐ネーデルランドポルトガル大使館』

天正十八年九月一日(1589/10/10) デン・ハーグ <フレデリック>「これはこれは、ようこそおいで下さいました」 マヌエル・デ・ポルトゥガルはにこやかな顔でオレを出迎える。 オレは兄貴に頼んで、伝手を通じて会えたのだ。 ネーデルランド...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

時系列・あらすじ

以下、旧暦表示。随時更新します。1837年天保7年11月: 50歳の男が幕末の大村藩下級藩士に転生。若い妻と息子がいる状況に戸惑うが、純顕と純熈に仕え、列強に対抗する決意を固める。前世の記憶を頼りに、激動の幕末を生き抜こうと覚悟する。天保7...
八紘共栄圏を目指して

第796話 『明、万事休す』

文禄二年八月七日(1593/9/2) 純正は明軍との戦いで捕虜とした将兵に3つの選択肢を与えた。 1.このまま日本に永住。捕虜ではあるが、収容年数によって待遇が変わり、最終的には日本国籍となる。 2.明に残している家族を肥前国へ移住させ、帰...
東アジアの風雲

第789話 『東南アジアの国々と万暦帝』

文禄元年十一月四日(1592/12/7) 琉球王国 首里城「肥前国が明に勝ったか……」「予想はしておりましたが、やはり我らの決断は正しかったようです」 伊地親方の言葉に長嶺親方が同意した。伊地親方は事実上の行政のトップとなる三司官であった。...
東アジアの風雲

第788話 『和平ではなく降伏の使者であろう?』

天正二十一年九月三十日(1592/11/4) 諫早城「なに? 和平ですと? 降伏の間違いではないのか、御使者どの」 明国から終戦の使者として礼部尚書の顧憲成が肥前国を訪れ、外務大臣の太田和利三郎政直(63歳)と面会したときの政直の第一声であ...
東アジアの風雲

第787話 『激昂』

天正二十一年七月二十三(1592/8/30) 紫禁城 前回、顧憲成が朝鮮出兵の上書を上げたときは運が良かった。 皇帝が朝議に出席しないため、臣下は朝議で決まったことを報告して裁可を仰ぐことになる。それも宦官かんがんが代わりに行うので、自らに...
東アジアの風雲

第786話 『大明出師と港湾封鎖、その後』

天正二十一年六月五日(1592/7/23) 鴨緑江において肥前国陸軍による明軍相手の掃討戦が終わり、朝鮮軍への引き継ぎが行われていたころ、海上では港湾封鎖が執拗しつように行われていた。「うむ……これで良し、と」 海軍総司令の深沢義太夫勝行は...
東アジアの風雲

第779話 『決死の行軍と鴨緑江沖海戦』

天正二十一年三月八日(1592/4/19)  義州府 義州府の楊鎬ようこうの本隊のもとに、敗残兵を引き連れた沈有容が到着した。兵数は1万。焦燥しきった沈有容の姿は下流域での敵の攻撃のすさまじさと、被害の大きさを物語っている。「よくぞ戻った」...
東アジアの風雲

第774話 『朝鮮出兵-3-鴨緑江の対峙』

天正二十一年二月十八日(1592/3/31) 朝鮮・明国国境 鴨緑江「申し上げます! 敵日本軍、鴨緑江の対岸に陣をはり、待ち構えております!」 明軍の総大将である楊鎬ようこうは斥候の報告を聞いて考え込む。 軍は鴨緑江の西岸から数キロ離れた地...
東アジアの風雲

第773話 『朝鮮出兵-2-海軍と紫禁城』

天正二十年五月十三日(1591/7/3) 諫早城「待ってました!」 勝行はそう言って対明国海軍の構想を話し出した。 朝鮮半島から明国沿岸、そして日本列島までが描かれた東シナ海の地図の前で説明をするが、その地図は鴨緑江を境に精度が大きく変わっ...
東アジアの風雲

第772話 『朝鮮出兵』

天正二十年五月十三日(1591/7/3) 諫早城「暑い! そして蒸し暑い!」 ぐちぐちと文句を言いながら、その様相とは真逆の立ち居振る舞いで周囲を困惑させる人物が、諫早城の会議場へやってきた。その人物とはもちろん……。 肥前国海軍艦隊総司令...
東アジアの風雲

第771話 『明からの冊封と肥前国からの冊封。肥前国、朝鮮出兵となるか』

天正二十年四月十日(1591/6/1)「その儀とは、一体何であろうか?」 宣祖はわかっている。肥前国からの冊封を受ける時期がきたのではないか、使者はそう言いたいのであろう事を。 明からの使者である沈惟敬しんいけいの要求は朝鮮にとって過大であ...
東アジアの風雲

第770話 『揺らぐ朝鮮』

天正二十年四月五日(1591/5/27) 肥前諫早「陛下、今この時をもって明より離れ、肥前国の冊封を受けるべく動く事が、朝鮮を未来永劫栄えさせる唯一の方策かと存じます」 領議政の柳成龍は、宣祖をはじめ文武の官僚がそろった朝議において声を大に...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第226話 『島津斉彬と出兵上洛』

安政五年十月二日(1858/11/7) 鹿児島城「おお、よくぞ参った。次郎左衛門よ。丹後守殿はご承知なされたか?」 島津斉彬の第一声である。 斉彬の目的は挙兵して幕府に対して明確な反対の意を表し、まだ朝廷より宣下を受けていない家茂を廃して慶...
天下百年の計?

第721話 『ヌエバエスパーニャ出兵論と新しい薬の話』

天正十三年十月十二日(1584/11/14) 海軍省内「イスパニアの勢を、ふつと(完全に)消し去るべきではございませぬか?」 こういう議論が海軍内の若手将校の間で公然とされるようになったのは、第二次対イスパニア戦争勝利後の事である。一度なら...
天下百年の計?

第716話 『朝鮮出兵の話』

天正十三年四月十三日(1584/5/22) 「なに? 右議政は小佐々との通商をさらに進めるに留まらず、同盟を結べと申すのか?」 李氏朝鮮王朝第14代国王の宣祖は、右議政の柳成龍に向かって驚きの声を上げる。史実では1590年に右議政となった柳...
天下百年の計?

第715話 『大日本l国政府、大臣以下の閣僚人事』

天正十三年三月九日(1584/4/13) 新政府暫定庁舎 信長への新政府構想の打診から始まり、ちょうど四年前の天正九年二月(1580年)に発足した大日本国新政府であるが、当面は肥前国政府の大臣や官僚がそれを兼務していた。 しかし四年が経ち、...
技術革新と内政の時、日本の内へ、外へ

第674話 『御館の乱の終結と北条からの返事』(1579/10/8) 

天正八年九月十八日(1579/10/8)  徳川勢の奥三河侵攻によって北信より撤退を余儀なくされた武田軍であったが、奥三河がすでに家康の手中となり、奪還が不可能と判断した勝頼は、軍勢を再び北信へ戻す事となった。 景勝・景虎両陣営の和睦を図っ...
技術革新と内政の時、日本の内へ、外へ

第673話 『信長との対談。御館の乱の形勢逆転』(1579/9/18) 

天正八年八月二十八日(1579/9/18) 岐阜城「これはこれは、久しいですな内府殿」「堅苦しい話はやめましょう中将殿。人払いを願えますか」 純正は岐阜城で信長と会見した。すぐに信長は近習に伝え、人払いをする。「久しいな。こうして直に話をす...
技術革新と内政の時、日本の内へ、外へ

第671話 『上洛要請のその後と景勝vs.景虎始まる』(1579/6/15)

天正八年五月二十一日(1579/6/15)  小田原城「……! おのれ純正め! このわしに上洛せよだと? なにゆえわしが、成り上がり者の純正に頭を垂れに京まで出向かねばならぬのだ」 純正からの手紙を読んだ氏政は怒り心頭である。  上杉家の家...
技術革新と内政の時、日本の内へ、外へ

第666話 『北条軍上総上陸! 義重軍防戦一方となる』(1579/4/30) 

天正八年四月五日(1579/4/30) 上総 椎津城 「申し上げます! 敵襲! 北条にございます!」「なにい! ? 数は?」「数は不明! まず先手として千葉の二千が国境を越えて向かって来ております!」 「急ぎ備えを固めよ! 久留里城に遣いを...
北条と東北。明とスペイン、欧州情勢。

第638話 『調略、そして調略』(1578/3/2)

天正七年一月十四日(1578/3/2) 呂宋国 カラバルソン地方 当たり前だが、小佐々家はスペインとの国交はない。 それでも以前から現地住民とは交易してきた。緩衝地帯ではないが、情報収取を含めて常日ごろからコンタクトをとっておくことで、行動...
北条と東北。明とスペイン、欧州情勢。

第631話 『開戦か交渉か』(1577/8/15)

天正六年閏うるう七月二十四日(1577/8/15) 諫早城「御屋形様、それがしは開戦の時と存じます」 会議が始まって、純正は全員に南遣艦隊からの通信文を見せた。 発 第一艦隊司令長官 宛 御屋形様 秘メ 明国 張居正 ト イスパニア 使者 ...
北条と東北。明とスペイン、欧州情勢。

第628話 『明とスペインの共同戦略。小佐々戦、開戦までのリミット』(1577/2/21)

天正六年二月四日(1577/2/21) マカオ(澳門)「首輔様、イスパニアの使者がお目通りを願っております」「うむ」 紫禁城にて張居正と面会し、万暦帝との謁見を済ませたフィリピン総督の使者は、定期的に明を訪れていた。今回はマカオに視察にきて...
内政拡充技術革新と新たなる大戦への備え

第598話 バッタ型脱進機と壱式時計の完成。加賀侵攻の是非に関する合議

天正二年九月十日(1573/10/5) 肥前諫早城 時計製作研究所織田主導の真の平等合議同盟というべき条件を書き連ねた条約締結に向け、光秀と虎盛が各国を回っている頃、肥前諫早城下にある時計製作研究所では一人の男が奮闘していた。3年前の元亀元...
内政拡充技術革新と新たなる大戦への備え

第585話 合議制による銭の力で日ノ本一統。(1572/12/05)

天正元年 十一月一日(1572/12/05) 諫早城 「すなわち知行ではなく、銭にて報いると?」「その通り」「然されど、銭の配分なり、いずれの大名に如何いかに銭をまわすかなど、後々差し障りがございませぬか?」「無用じゃ」 純正には腹案がある...
内政拡充技術革新と新たなる大戦への備え

第583話 シリコン含有率の高い鉄と垂直型ドリルによる大砲の規格化

天正元年(1572)十月五日 諫早城  下越においては、謙信にとって僥倖ぎょうこうとも言える状況であった。 本庄城、鳥坂城、新発田城の奪還後に膠着こうちゃく状態になり、伊達・蘆名両軍も防衛陣地を下げて抵抗していたのだが、伊達領の北にある最上...
内政拡充技術革新と新たなる大戦への備え

第581話 織田信長&徳川家康&浅井長政の野望

天正元年(1572)九月十一日 岐阜城「さて、小佐々が謙信と軍いくさをしておる間、荷留と津留のみであるが、われらも助力いたした。その間、伊賀と紀伊において進展はあったか?」「は、伊賀においては最低限の権益を与えることで服属をさせました。紀伊...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第5話 『そもそも弱小五万石の大村藩が、隣の佐賀藩三十五万石に勝てるのか?』(1837/1/9) 

天保七年 十二月三日(1837/1/9) 明け六つ半(0710) 玖島城下 旅籠 酒は飲んだが、なぜか早起きできる日があるのは前世とかわらない。 酒の相性が良かったのかつまみが良かったのか、頭痛はない。不思議だ。ともあれ空が明るくなる前に目...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第1話 『転生したら幕末の大村藩下級藩士!大村純顕と純熈に仕えて、西欧列強に対抗する。』(1837/1/6) 

天保七年 十一月三十日(1837/1/6) 肥前大村藩 「あいった! ……いたたたた」 頭がズキズキする。 痛みで目をつむって、頭を押さえる。 二日酔い特有の痛みだ。おかしいな。俺昨日そんなに飲んだかな? いや、最近は宅飲みで、しかも缶ビー...
対上杉謙信 奥州東国をも巻き込む

第551話 信長の計略と上杉包囲網なるか?

天正元年 四月四日 京都 大使館 発 在能番所(能登所口湊) 宛 権中納言 秘メ 立花殿 出立 畠山殿 合力 越中へ 向カフ 秘メ ○三三○ 秘メ 第四艦隊 出港後 帰港セズ ナホ 天気晴朗ナリ 秘メ ○三三一 発 越前堀江館 宛 権中納言...
対上杉謙信 奥州東国をも巻き込む

第547話 『晴天の霹靂 越前での一揆と書状。純正、謙信に敗れけり?』

天正元年 四月二日 京都 大使館純正の顔はいつになく険しい。対上杉戦に舵をきったものの、いったいどれくらいの期間戦が続くのか?早く終わるに越した事はない。もちろん、本当は長期戦というよりも経済戦で徐々に謙信を締め付け、撤退させる事が目的であ...
対上杉謙信 奥州東国をも巻き込む

第522話 第三師団長の憂いと伊集院忠棟、安国寺恵瓊ほか続々

天正元年(元亀三年・1572年) 三月十八日 阿波 橘浦  十三日に白地城下の駐屯地を出発した小佐々陸軍第三師団が、橘浦に到着したのは十八日の夕刻であった。 小田増光陸軍少将は兵に休息をとらせ、乗艦の段取りをすませて宿舎にいた。 ふと外に出...
緊迫の極東と、より東へ

第505話 明との冊封か小佐々との安保条約か。琉球は岐路にたつ

天正元年(元亀三年・1572年) 二月十五日 琉球 首里城皇帝勅諭琉球王國中山王尚元奉天承運皇帝制曰琉球與大明之交,非始今日。自洪武五年以來,世奉正朔,歲貢方物,歷二百載,未嘗廢弛。朕以天子之德,恤遠人之難,故遣兵戍衛,以安其邦。然而,近者...
緊迫の極東と、より東へ

第503話 みせかけの和議と越後の龍を封ずる方法

天正元年(元亀三年・1572年) 二月三日  発 甲斐守(日高喜) 宛 権中納言(純正) 複 治部大丞(純久)  秘メ 越中 一向宗 利得ノ権 放チ(手放シ)難シニテ 和睦ハ 難シト 思ヘドモ 上杉トノ 戦 望マザル 模様ニテ 和睦ノ調停 ...
緊迫の極東と、より東へ

第500話 上杉不識庵謙信という男の本性

天正元年(元亀三年・1572年) 正月十八日 越後 春日山城「……。せっかくおいでになったのだ。通すが良い」 上杉謙信と須田満親の前に、小佐々の狐、利三郎が相まみえる。「はじめてご尊顔を拝しまする、小佐々権中納言様が家臣、太田和治部少輔と申...
緊迫の極東と、より東へ

第494話 ヌルハチと越後の龍 上杉不識庵謙信という男

とは言ったものの、超大国・明なんだよな。 放置したとして、万が一の事が起こりえない、とも断言できないところが苦しいところだ。永楽帝の死後の洪熙帝と宣徳帝の時代に、明の国力は充実した。 その後、安定と衰退とを繰り返し、先代皇帝の嘉靖帝の代に北...
緊迫の極東と、より東へ

第492話 明への外交対策……別に、いらんよな?

元亀二年 十二月十二日 諫早城「御屋形様、台湾総督の若林中務少輔様より使者がお越しになっています」「総督の? わかった、通すが良い」 純正は以前台湾問題を閣議で話し合った事を思い出した。 永禄十一年の事件の際、台湾出兵と再度の入植のために明...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第454話 伯耆国岩倉城と備前国天神山城の行方

元亀二年 四月十七日 伯耆国 岩倉城「おお、見よ! 駿河守様が後詰めとしてこられたぞ!」 城主の小鴨元清は、丸に三つ引両の吉川の旗印に小躍りして喜んだ。河村郡と久米郡、八橋郡の大部分を治める、国人領主の南条元継の弟である。 今回の一斉挙兵に...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第449話 御教書発給と将軍義昭の御内書疑惑

元亀二年 三月十一日 諫早城 発 純久 宛 近衛中将 秘メ ◯三◯三 信玄 兵越峠ヨリ 遠江 入レリ 山県 秋山 奧三河 侵攻セリ 徳川 浜松ニテ 籠城 織田ノ 援軍 待テリ 秘メ ◯三◯六「直茂よ、弾正忠殿はいま、どのあたりであろうか? ...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第441話 天下分け目の策謀

元亀元年 十二月八日 信長は純正と会談した後、十二月に入って再び伊勢長島へ入った。 一向一揆が鎮圧されたのは、そのすぐ後である。 文字通りの殲滅戦であり、兵糧攻めのあと最後の長島城に一揆衆をあつめ、降伏後、根切りにしたのである。 戦後処理を...
新たなる戦乱の幕開け

第409話 歴史の改変は歴史を縮め、信長包囲網を変えた

元亀元年 八月末 史実における信長包囲網は3回に分けて展開されるが、そのうちの第一次が終了した。しかも小佐々純正の存在が、その参加勢力との戦いの推移に大きく影響を及ぼしたのだ。 まず第一に、純正の助言を受けた浅井長政が勢力を拡張し、信長を裏...
新たなる戦乱の幕開け

第393話 織田信長、第一次包囲網なるのか?

元亀元年 二月 諫早城 一月の末に進発した浅井軍一万は、若狭の粟屋勝久と呼応して、またたくまに若狭を制圧した。長政は、決断したようだ。 父の久政を幽閉し、見張りをつけ、外界との接触を禁じたのだ。 驚くほどの抵抗はなかった。事前の磯野員昌の根...
新たなる戦乱の幕開け

第390話 毛利と織田。鍋島直茂の小佐々百年戦略

永禄十二年 十二月二十八日 諫早城 戦略会議室「みな、聞いてくれ」 純正は直茂、弥三郎、庄兵衛を呼び、清良を紹介する。「伊予の西園寺配下だった土居式部少輔だ。今日から同じ釜の飯を食う仲間となった。よろしくな」。 清良が一礼し、皆が拍手をする...
西国の動乱、まだ止まぬ

第383話 鎮西平定ナレドモ四国ハ西園寺ガ残リケリ

永禄十二年 十二月二日 丑一つ刻(0100)諫早城 隣国に攻められたり飢饉の発生や疫病など、一刻をあらそう場合は、深夜であれ純正の元には緊急通信が入ってくる。迅速な対応が求められるからだ。 発 石宗衆 宛 総司 秘メ ※島津義虎謀反 東郷ヘ...
西国の動乱、まだ止まぬ

第374話 土佐安芸郡一揆⑥黒幕は小佐々弾正大弼純正なのか?

永禄十二年 十一月十五日 阿波 ※勝瑞城「なに? まだ一揆が収らぬと?」「はい、安芸城を占拠した一揆勢は安芸郡全体に広がり、安芸国虎の嫡男十太夫が蜂起して、一揆を扇動いたしております」 ※三好長逸と※三好宗渭は正月に御所を襲い義昭を殺害する...
西国の動乱、まだ止まぬ

第373話 土佐安芸郡一揆⑤陰のフィクサー?小佐々治部少丞純久

永禄十二年 十一月十五日 京都 室町御所「公方様、小佐々弾正大弼純正が家臣、小佐々治部少丞純久にございます」 純久は京都にあって大使として各国(各勢力)の重要人物と会うことが多いが、義昭は少し面倒くさいので、必要最小限にしていたのだ。 しか...
西国の動乱、まだ止まぬ

第360話 予土戦役、黒瀬城攻防戦③裏切りが裏切りを呼ぶ?宗麟の予感は当たるのか

永禄十二年 十月二十五日 伊予 長浜村(愛媛県大洲市長浜町) 宗麟たちは占領した板島城(愛媛県宇和島市和霊町)より河後森城(北宇和郡松野町富岡)へ抜けた。 その後北上して三滝城(西予市城川町窪野)、さらに北上して宇都宮領の伊予曽根城(喜多郡...