御免

転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第375話 『淀屋清兵衛の策略』

慶応二年三月十五日(1866年4月29日) 江戸 加賀藩邸「兵備輸入取締令? あの……あれは確か万延、いや安政六年に御公儀が出した法であったな」 前田斉泰が思い出しながら牧田孫兵衛(淀屋清兵衛)に聞き直した。『兵備輸入取締令』 大名・家臣に...
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第252話 『長井雅楽と航海遠略策。長州と斉彬に迫る影』

万延元年十月二十五日(1860/12/7) 「馬鹿馬鹿しい。然様な些末な事に頭を使うなら、もっと他に為すべき事も考えるべき事もあるでしょう」 小栗上野介は御大老安藤信正の問いに事もなげに答えた。「ふっ……。些末な事か。相変わらず豊後守(当時...
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第245話 『驚天動地』

安政七年二月十一日(1860/3/3) 江戸城 評定部屋「何? 警護の数を増やせじゃと?」「は、然様にございます。折から樺太でのロシアによる襲撃が起こっており、箝口令かんこうれいの甲斐かいなく市井に話が出回っているようでございます。然れば攘...
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第240話 『土佐藩軍艦? 商船? 購入と佐賀と薩摩の教育改革』

~安政六年十月二十一日(1859/11/15) 「それで、荷船と申したか?」「は、我が家中の意向としましては、まずは商い、つまり交易にございますが、これにて富を蓄えとうございます。しかるのちに軍艦を買う、もしくは……」「自らつくる、と?」「...
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第176話 『幕府海軍と通訳と転炉』

■嘉永七年四月一日(1854/4/27) 次郎はあまり幕府のやることに干渉はしたくなかったが(面倒くさいので)、ことこの条約に関しては、日本の未来を左右する重大事なので、大村で黙っている訳にはいかなかった。 純顕は一回目のペリーとの会談のみ...
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第142話 『商船学校と海軍兵学校』(1851/11/28) 

嘉永四年十一月六日(1851/11/28)  大村藩で最初の洋式帆船の船乗りは、深澤家の漁師である。 14年前に捕鯨衆深澤組の復活を条件に、出島のオランダ商館に入り浸り、洋式帆船の造船術や操船術、航海術を時間をかけながら習得した者達だ。 本...
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第120話 『勝海舟と大村城下の下水道整備計画』(1850/1/8) 

嘉永二年十一月二十五日(1850/1/8) <次郎左衛門> さて、確かこの頃の勝海舟は、どこだっけ? 本所から赤坂田町に移ってる頃だったかな。「御免候!」「はいよ。どなたかな?」「勝麟太郎殿にござろうか。それがし、肥前大村家中、家老の太田和...
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第119話 『次郎左衛門、武蔵国にて高林謙三に会い、隼人は加賀にて大野弁吉を口説く』(1849/11/25)

嘉永二年十月十一日(1849/11/25) <次郎左衛門> お茶の件はどうにかなったし、川越に来る途中にいろいろ考えてきた事があった。それは現在進行形で、これから10年、いやそれ以上、俺も含めてみんなが頭の隅に置いておかなくちゃならないこと...
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第116話 『あわや大惨事! それからお茶の追加注文と武田斐三郎』(1849/8/2)

嘉永二年七月二日(1849/8/2) 五教館大学 石油精製研究室(まったく、いつもながらざっくりとしたお人だ……) 例によってオランダ人医師・化学者のヤン・カレル・ファン・デン・ブルークは、信之介から渡されたメモを見ながら、何度も読み返して...
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第95話 『佐久間象山大村に着き、隼人肥後にて人を探す』(1848/2/20)

弘化五年一月十六(1848/2/20) 玖島くしま城 <次郎左衛門> 佐久間象山がやってきた! 地震の災害復旧で忙しくてこれないかと思っていたのに、奇跡だ!「御家老様におかれましては、ますますご健勝の程、お慶び申し上げます」 ……。「また、...
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第90話 『儀右衛門、蒸気機関事始め。洪庵、長崎にて奥山静叔に会し、一之進への紹介を頼む』(1848/1/19)

弘化四年十二月十四日(1848/1/19) <次郎左衛門> さて、誰がいるか? あれからずっと考えている。招聘しょうへいする技術者のリストは次の通りだ。 ・味田孫兵衛……現在地は美濃。堆朱ついしゅカメラと呼ばれる最初期のカメラの製造者。 ・...
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第81話 『なるほど、天才だね。だけど大村には君以上の者は3人居るし、君くらいの者は両手で足りないくらい、いるよ』(1847/1/1)

弘化三年十一月二十五日(1847/1/11) 信濃松代藩 産物会所「おお、そうだ。これであれば遜色あるまい」 身長180cmはあろうかという一人の大男が、職人が持ってきたガラスの器を手に取り、満足そうにうなずいている。その男が傍らの机に置い...
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第59話 『脚気の治療と可愛いハーフのお医者さん(のタマゴ)』(1844/1/31)

天保十四年十二月十二日(1844/1/31) 伊予国宇和郡佐田浦 <尾上一之進>「まったく、長崎で無駄な時間を食っちまったな」 俺は次郎に言われて長崎から豊後へ向かい、船に乗って伊予にたどり着いた。 なんでかって?『楠本イネ』っていう未来の...
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第37話 『鯨組の復活とペニシリン』(1839/11/26)

天保十年十月二一日(1839/11/26) 肥前彼杵そのぎ郡 江島村『深澤』ではなく『益富』と掲げられた屋敷では、見かけでは20歳になるかならないかという男が、他の男衆に声をかけながら作業を行っていた。「御免候、こちらに深澤太郎殿はおられる...
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第28話 『坂本龍馬の支援者・小曽根乾堂の父、小曽根六左衛門』(1838/2/9)

天保九年一月十五日(1838/2/9) 長崎「お慶よ、石けんじゃが、お前に聞くのもどうかと思うが、このまま商いを続けても大丈夫なのか?」 父の太平次はお慶の事を、九歳にして商いにおける神童と感じてはいたが、やはり長年営んできた油問屋に未練が...
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第15話 『西洋学の大家、高島秋帆との出会い』

天保八年 三月二十六日(1837/4/30) 長崎会所(貿易所)調役(監査役)詰所 太田和次郎「御免候! 御免候!」先触れを派遣していたので留守はないはずだ。昨日長崎について、1日だが旅の汚れを落とし、正装して訪問した。詰所は華美でもなく貧...
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第1話 『転生したら幕末の大村藩下級藩士!大村純顕と純熈に仕えて、西欧列強に対抗する。』(1837/1/6) 

天保七年 十一月三十日(1837/1/6) 肥前大村藩 「あいった! ……いたたたた」 頭がズキズキする。 痛みで目をつむって、頭を押さえる。 二日酔い特有の痛みだ。おかしいな。俺昨日そんなに飲んだかな? いや、最近は宅飲みで、しかも缶ビー...
対上杉謙信 奥州東国をも巻き込む

第554話 上杉謙信に後手後手の小佐々純正。起死回生、なるか?

天正元年 四月四日 日本海「(おい、誠に、これは同じ、海なのか?)……!」「ははは! だらしねえなあ旦那! それでも同じ海賊か? こんなもん凪なぎだ!」「やかましい! 何も言うておらぬではないか! いささか驚いておるだけじゃ! 軍いくさでは...
対上杉謙信 奥州東国をも巻き込む

第553話 享年六十四歳

天正元年 四月四日 午一つ刻(1100) 能登 七尾城「待たれよ。降るとして、殿(畠山義慶)は小佐々に与するとして越中へ向かったのだぞ。謙信も殿が小佐々に与しているなど、とうに知っておるであろう。如何様にして取り繕うのじゃ?」 温井景隆の言...
緊迫の極東と、より東へ

第500話 上杉不識庵謙信という男の本性

天正元年(元亀三年・1572年) 正月十八日 越後 春日山城「……。せっかくおいでになったのだ。通すが良い」 上杉謙信と須田満親の前に、小佐々の狐、利三郎が相まみえる。「はじめてご尊顔を拝しまする、小佐々権中納言様が家臣、太田和治部少輔と申...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第480話 鍋島左衛門大夫直茂、小佐々治部少丞純久、太田和治部少輔政直、一同に会す

元亀二年 十月二日 京都 大使館「久しいの治部少丞、息災であったか」「これは利三郎様、お元気そうでなによりにございます。お心遣いかたじけのうございます」 純久は三年ぶりに上司である利三郎に会い、喜びもひとしおであった。 しかし一方で利三郎自...
歴史改変仕方ない。やること多すぎです。

第18話 蛎浦に敵あり! 五島の権益を守れ

四月九日 午四つ時(1230) 小佐々城 小佐々弾正純勝「申しあげます!」 「何事だ!」 伝令の全身から絞り出すような大声に、息子の純俊といっしょに将棋をしていたわしは我に返る。「蛎浦かきのうら、敵襲にございます! お館様より小佐々様へ、至...