大村藩

転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第282話 『生麦事件』

文久二年七月二十一日(1862年8月16日)生麦村 雲一つない晴天。東海道の生麦村付近を、薩摩藩主・島津忠義の父、島津三郎久光の一行がゆっくりと進んでいた。江戸での交渉を終え、薩摩への帰路についたのだ。「国父様、少々お休みになってはいかがで...
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第281話 『文久の改革と土佐尊王党』

文久二年七月三日(1862/7/29)江戸城 島津久光はその条件をのんで勅を実行させるほかなかった。 安藤信正の発言は正論であり、それを退ける正当な理由がなかったのだ。信正の人事権や大老の序列と役割、大老院と老中院の設置など、役職に外様と親...
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第278話 『久光の幕政改革』

文久二年四月二十九日(1862/5/27)  発 次郎蔵人 宛 御大老 先日 島津三郎様 兵千ヲ率イテ上洛セリ 幕政ノ改革ヲ求メルモノナリ 次郎はそう幕府に報告しようと考えたが、止めた。よくよく考えたら次郎は幕臣ではない。それに久光は攘夷じ...
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第277話 『久光の上洛と寺田屋事件』

文久二年四月一日(1862/4/29) 京都 岩倉邸 発 諸調方しょしらべかた(諜報局) 宛 蔵人様 薩摩ノ草ヨリ報セアリ 島津三郎様 上洛ノ由 日本は次郎の活躍で不平等条約は締結しておらず、関税自主権もあり、領事裁判権も認めていない。また...
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第276話 『公儀への報告と対馬事件の国内後始末。くすぶっている火は収まるか?』

文久二年三月十日(1862/4/8)  日魯間領土境界確定並びに対馬事件賠償条約と名付けられた長い条約は、批准日を1年後とした。それまでに賠償金の支払いや捕虜の返還、そして樺太(千島列島含む)におけるロシア国籍の民間人と兵の退去が行われる。...
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第271話 『坂下門外』

文久二年一月十五日(1862/2/13)  江戸城「申し上げます! 御大老様、坂下門外にて襲われましてございます!」「なに! ? 真か?」 大老安藤信正襲撃の報はまたたく間に江戸城をかけめぐり、久世広周は信正の安否を問うた。「幸いにして御大...
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第269話 『小栗上野介との交渉』

文久元年十二月二十日(1862/1/19)  江戸城「これはこれは蔵人殿(次郎)、如何いかがなさいましたかな? 某、もはや大抵の事には驚きませぬぞ」「上野介様、なにも驚かそうなどとは考えておりませぬ。実は此度こたび、お許しいただきたいことが...
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第268話 『ハリスと小栗上野介』

文久元年十二月十二日(1862/1/11)  江戸 善福寺 アメリカ公使館 アメリカ本国では北軍合衆国と南軍連合国が戦争をしている。ここ日本でもロシアによる対馬占拠事件が起こり、非道な異人を廃すべきとの国内の攘夷じょういムードは高まりつつあ...
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第267話 『南北戦争』

文久元年十一月二十一日(1861/12/12)  イギリスの後にやってきたフランスであったが、内 容はイギリスとほぼ同じであった。表面上は友好を装ってはいるが、列強1位と2位のつばぜり合いにロシアは付き合うつもりはない。 オランダはやんわり...
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第266話 『イギリスの思惑』

~文久元年十月十九日(1861/11/21) ロシア サンクト・ペテルブルク 王宮 外務大臣のアレクサンドル・ゴルチャコフは昼夜を問わず業務に追われていた。 日本への対応、そして関係各国への対応である。「至急、箱館領事館へ全権委任状を」 深...
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第262話 『イギリスとフランスの思惑と攘夷の志士』

文久元年八月十二日(1861/9/16) 大村「それ見た事か! やってくれた、やってくれたぞ大村の家中が!」 真木和泉は声高に叫んだ。「これまで公儀の弱腰で異国のいいようにされて参ったが、まこと、胸のすくような仕儀にござる!」「ええ、まさか...
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第261話 『オランダ領事ヤン・カレル・デ・ウィットと4か国協議へむけて』

文久元年七月七日(1861/8/12) 江戸 西応寺 駐日オランダ公使館「デ・ウィット領事、……失礼、公使に昇任されたのでしたね」「お久しぶりです次郎殿、お変わりないですか?」 オランダ領事のヤン・カレル・デ・ウィットとは、長崎以外で会うの...
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第258話 『戦後処理その3:日露戦争が起きるのか?』

文久元年四月二十一日(1861/5/30) 箱館在日ロシア領事館「では領事、時間には限りがありますので、さっそく本題に入らせていただきます」 次郎は挨拶もそこそこに、対馬で起きたロシア軍艦領土侵犯事件についての会談を始めた。「まず始めに、こ...
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第258話 『戦後処理その3:日露戦争が起きるのか?』

文久元年四月二十一日(1861/5/31) 箱館奉行所「では領事、時間には限りがありますので、さっそく本題に入らせていただきます」 次郎は挨拶もそこそこに、対馬で起きたロシア軍艦領土侵犯事件についての会談を始めた。「まず始めに、こちらのサイ...
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第256話 『戦後処理その1』

遡って文久元年二月二八日(1861/4/7) 二月十九日付(23日博多着) 露国 測量セリ 修理ノタメノ小屋建テリ 食料求メラルルモ 牛ハ断リケリ「これは一体どういう事ですかなゴシケーヴィチ領事、先日退去を命ずるようお願いしたはずですが」 ...
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第255話 『ロシア軍艦対馬占領事件』

文久元年二月十一日(1861/3/21) 発 宗対馬守 宛 御大老 露国軍艦来航セリ 退去求ムモ 応ジズ 本来は3週間かかる幕府への報告も、博多に着いた時点で電信に直され、幕府と長崎奉行、そして参与である純顕の元へも届いた。実は、対馬に外国...
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第254話 『歴史は、変わらないのか?』

万延元年十二月九日(1861/1/12) 吉之助(西郷隆盛)にとって幸いだったのは、横浜から大阪を経由して鹿児島、長崎、大村を往復する小曽根大浦海運の客船(輸送船)が一日、五日、十日、十五日、二十日、二十五日と運航していた事だ。 四日に江戸...
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第253話 『清河八郎とヒュースケン、陰謀の痕跡』

万延元年十二月四日(1861/1/7)  史実における長井雅楽の航海遠略策は、公武合体が進まず窮地に陥っていた幕府にとっては渡りに船の政論であったが、今世は攘夷じょうい運動や倒幕運動もそこまで高まっていない。 そのため少なくとも、次郎や上野...
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第252話 『長井雅楽と航海遠略策。長州と斉彬に迫る影』

万延元年十月二十五日(1860/12/7) 「馬鹿馬鹿しい。然様な些末な事に頭を使うなら、もっと他に為すべき事も考えるべき事もあるでしょう」 小栗上野介は御大老安藤信正の問いに事もなげに答えた。「ふっ……。些末な事か。相変わらず豊後守(当時...
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第251話 『公武合体と幼い少女』

万延元年十月十八日(1860/11/30) 「次郎を呼んでたもれ」 そう言われて参内し、和宮と会うこととなった次郎であったが、降嫁を認めて公武合体を進めるよう映ったであろう事は間違いない。個人的にはあまり乗り気がしない事であった。 しかし幕...
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第250話 『土佐の勤王、それぞれの勤王。そして攘夷』

万延元年九月五日(1860/10/18) 大村 武市瑞山や岡田以蔵とともに大村にやってきた藤田小四郎、平野国臣、真木和泉の3人であったが、必然的に土佐グループとは分かれて行動するようになっていた。  意図していたわけではなく、自然とそうなっ...
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第249話 『朝廷の和宮降嫁に対する意向とイギリスと薩摩の情勢』

万延元年七月二十日(1860/9/5) 京都御所 陣座 太閤鷹司政通、関白九条尚忠、正四位下右近衛権少将の三条実美、同じく正四位下右近衛権少将の岩倉具視の4人の重臣が集まっていた。  同じ官位官職ではあるが、実美は具視を格下に見ている。 政...
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第248話 『公武合体と龍馬。アギとアザ』

万延元年六月三日(1860/7/20) 江戸城 評定部屋 「出雲守殿、件の公武合体は進んでおろうか」「は、御大老様発案のとおり奏上いたしましてございます」 久世広周は安藤信正の問いに短く答え、続けた。「して、その策は成るとして、公議政体にお...
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第245話 『驚天動地』

安政七年二月十一日(1860/3/3) 江戸城 評定部屋「何? 警護の数を増やせじゃと?」「は、然様にございます。折から樺太でのロシアによる襲撃が起こっており、箝口令かんこうれいの甲斐かいなく市井に話が出回っているようでございます。然れば攘...
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第244話 『莫大な艦隊維持費と二個艦隊計画に樺太派兵増強』

安政七年一月二十日(1860/2/11)  次郎は川路聖謨としあきらと協議の上、ロシア側に慰謝料を払って貰う事と、今後の事件再発防止のために新たな条約を締結する事でゴシケーヴィチとの間で合意した。 慰謝料は1人あたり500両で30名分の1万...
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第243話 『条約破棄?』

遡って安政六年八月三日(1859/8/30) 大村 産物方「”Madam”……私は責任者との面談をお願いしたはずですが……」「私が責任者です。本来なら家老である夫が責任者ですが、留守の際に全権を委任されているのは私です。ですから私に話してい...
転生したら弱小領主の嫡男でした!!元アラフィフの戦国サバイバル

第242話 『箱館ロシア領事館と大村藩、そして幕府。……やはり攘夷じゃあ!』

安政六年十一月三十日(1859/12/23) 箱館 ロシア領事館「さて、|如何《いか》なる|故《ゆえ》にて|斯様《かよう》な仕儀とあいなったか、しかとお伺いしたい」 松前藩家老の松前勘解由と立石昭三郎は、ロシア領事のヨシフ・ゴシケーヴィチを...
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第241話 『蝦夷地とロシア』

安政六年十一月十五日(1859/12/8) 大阪「なんですと? 福井の殿様が蒸気船を?」 鴻池善右衛門は大阪で室屋(内田)宗右衛門よりその報を聞いた。「それはまずい事になりましたな」「ええ、そう思ったんで御用商人の筆頭である善右衛門さんにお...
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第240話 『土佐藩軍艦? 商船? 購入と佐賀と薩摩の教育改革』

~安政六年十月二十一日(1859/11/15) 「それで、荷船と申したか?」「は、我が家中の意向としましては、まずは商い、つまり交易にございますが、これにて富を蓄えとうございます。しかるのちに軍艦を買う、もしくは……」「自らつくる、と?」「...
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第239話 『兵備輸入取締令(へいびゆにゅうとりしまりれい)と大浦・小曽根商会の横浜・箱館支所』

安政六年九月二十六日(1859/10/21)  次郎はこれを予見していたのだろうか。 大村藩がオランダに最新軍艦を発注し、しかも鋼鉄艦を発注した直後に、幕府から全国の諸大名に以下の法令が発布された。『兵備輸入取締令』 ・いかなる諸大名、また...
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第238話 『遣米使節と海外領事館ならびに渡航許可』

安政六年九月一日(1859/9/26)  新見正興や村垣範正、小栗上野介をはじめとする使節団の派遣にともない、法整備も行われた。渡航先のサンフランシスコでは日本初の外国における領事館の設置が行われるのだ。 海外渡航における諸法規を整備する必...
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第237話 『布衣ならよかろう。または六位のいずれか』

安政六年八月三日(1859/8/30) 京都 鷹司邸「大変光栄な仕儀にございますが、諸般の事様を鑑みまして、主君丹後守様曰いわく、慎んでお断り申し上げたいとの事にございます」 次郎は京の鷹司邸にて、先日掴んだ情報による純顕すみあきの昇進と自...
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第236話 『越前、土佐、宇和島、幕府、そして次郎』

安政六年七月五日(1859/8/3)  大村藩発の国産電信設備は、大村藩の領内はもちろんのこと、西国諸藩の領内にも敷設された。 まずはじめに佐賀藩と島原藩、平戸藩と五島藩、唐津藩といった近隣の藩に敷設され、徐々に九州全域へと広がっていったの...
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第235話 『薩摩、佐賀、長州』

安政六年七月五日(1859/8/3)  ここで1度、現時点における思想的な事を整理しなければならないので述べておく。 1. 尊王論:天皇を国家の中心と位置づけ、その権威を重んじる思想……次郎たち。ほとんどの勢力。 2. 攘夷じょうい論:外国...
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第234話 『勘定奉行並びに外国奉行小栗上野介、彼を知り己を知れば百戦殆からず』

安政六年六月六日(1859/7/5) 江戸 一橋慶喜邸『勅みことのりを以もって~中略~一橋刑部卿きょう慶喜、隠居の沙汰を取りやめるものとする』「ふむ、これはまた、如何いかなる事か」 一橋慶喜は江戸の邸宅で読み上げられた沙汰を、再度頭の中で読...
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第231話 『神奈川(横浜)・長崎・箱館開港とオールコックとシーボルト』

安政六年三月二十日(1859/4/22) 『露は落ち 月の光に 影はなし 清き輝き そのままにして』 長野主膳は辞世の句を詠んで自決する前に、井伊直弼に一切罪が及ばないように周到な根回しをした。 まずは証拠隠滅である。 こう書くと狡猾こうか...
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第229話 『岩倉具視、江戸へ。戊午の勅命』

安政六年一月十四日(1859/2/16)「なんと! そないな事があらしゃったのですか?」 次郎襲撃の報をうけた岩倉具視は、安否を確かめるべく大村藩京屋敷へ急行したのだが、当の次郎は平然として、いたって元気であった。  その次郎から事の成り行...
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第228話 『三度の襲撃と文明の利器』

安政五年十二月十一日(1859/1/14) すでに第14代将軍家茂の宣下は終わっており、一橋派は名実ともに勢いを失速させていた。次郎は不時登城の罰を軽くするために、勅許を得るための工作を行っていたのだ。 九条尚忠や三条実美などの幕府に敵対的...
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第227話 『朝廷の反幕府勢力と処罰の対象者』

安政五年十一月七日(1858/12/11) 大村藩領内では道路整備が行われ、人、馬、馬車、籠などの通行に耐えうるレベルにまで達していた。しかし他の地域は例え天下の台所、京の都といえども、整備はされているものの、そのレベルはお粗末なものであっ...
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第225話 『反井伊直弼』

安政五年九月十四日(1858/10/20) 江戸城 御用部屋「|掃部頭《かもんのかみ》殿(井伊|直弼《なおすけ》)、|如何《いかが》なさいますか」 井伊直弼により老中に再任された松平|乗全《のりやす》が聞く。「|癪《しゃく》ではあるが、大村...
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第224話 『大獄前夜と朝廷』

安政五年七月十五日(1858/8/23)~八月八日(1858/9/14)「どうするどうするどうする?」 井伊直弼による襲撃の幇助ほうじょの事実が本当であれば……いや、恐らくは本当であろう。 証人もいて犯行動機もある。  井伊直弼は幕政に口を...
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第222話 『違勅』

~安政五年七月十五日(1858/8/23) まで「次郎よ、如何いかが致した?」 上座の藩主純顕すみあきが次郎にそう問うと、右手に座る利純も真剣な眼差しで次郎をみる。「は、ただいま報せが入り、急ぎ精煉せいれん方より戻りましてございます」「うむ...
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第217話 『長崎亜墨利加商館と管理貿易』

安政四年十二月二十四日(1858/2/7) 「おい、そこの本棚はもう少し左だ。そう、角に台を置くからな。ああ、それそれ、その花瓶を台に置いてくれ。何もないと殺風景だからな。後で花を生ける」「はい、かしこまりました」 1854年に長崎に外国人...
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第216話 『江戸出府と将軍継嗣問題』

安政四年十一月九日(1857/12/24)  下田、箱館、長崎を開港地としてアメリカ人を居住させ、長崎において限定的な交易を行うという成果をあげたハリスの残りの目的は、江戸へ出府して将軍家定と謁見し、大統領の親書を渡す事であった。「太田和殿...
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第215話 『居住権と為替レート』

安政四年九月二十三日(1857/11/9) 下田 玉泉寺 佐久間象山が江戸ではなく大村で、河井継之助・橋本左内・岡見清熙・山本覚馬・坂本龍馬などの維新の志士らに影響を与えていた頃、伊豆国下田ではハリスと幕閣との間で丁々発止の交渉が行われてい...
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第212話 『築地海軍操練所と金属薬莢、そして輸血と血液保存 』

安政四年三月一八日(1857/4/12)  長崎に幕府の海軍伝習所が出来たのは、2年前の嘉永から安政に改元された1855年の8月の事である。 ただし、長崎が遠隔地ということと、日本人の人材が育ってきたこともあり、講武所内の組織の1つとして正...
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第211話 『下手人とその波紋』

安政四年二月二十三日(1857/3/18) 大村藩庁『天諭攘夷じょうい義の誓い』 我ら天諭攘夷義士同盟は、ここに大村家中丹後守純顕並びにその一派に対する襲撃の所以を明らかにせん。 其その一、外夷いとの交易を推し進め、我が国の神聖なる土地を穢...
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第210話 『天誅』

安政四年一月二十九日(1857/2/23) 江戸 大村藩邸「おお! そうかそうか! 謙三さんが『生茶葉蒸器械』と『製茶摩擦器械』の開発に成功したと! ? そうかそうか! 良い事じゃ!」 4か国会談が終わり、クルティウスは下田から長崎へと戻っ...
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第205話 『交渉開始』

安政三年九月十五日(1856/10/13)  紆余うよ曲折を経て、次郎の軽快なジャパニーズブラックジョークから始まった日本の対4か国協議は、関係国が5か国で参加したという事もあり、序盤から難航を極めた。 ■日本側参加メンバー 全権 下田奉行...
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第202話 『四ヶ国連合艦隊来航す』

安政三年七月十七日(1856/8/17) 大村藩庁  次郎はあまりの暑さに冷蔵庫の氷を舐め、特製のゴム袋に氷を入れて頭を冷やしてふうふう言っていた。  扇風機もなければエアコンもない。技術を軍事と産業に全フリしてるから、生活環境改善系の機械...