重臣

八紘共栄圏を目指して

第824話 『再び、スペインと』

慶長元年一月二十七日(1596/2/25) 諫早 -発 小樽鎮守府 宛 殿下 以下、転送文也。 アラスカ南部の新たに発見、入植せしオレゴンにてイスパニア(スペイン)探検隊と遭いけり。 幸いに打ち合い(戦闘)にはならねども、この地を境にとの話...
八紘共栄圏を目指して

第820話 『バンテン王国の争乱、広がる』

文禄四年十一月二十九日(1595/12/29)「手ぬるい!」 ウィラブラタの怒号が王宮に響き渡った。その声にムハンマドは拳を握りしめて凝視した。「民の怒りは正当だ。肥前国の横暴を許すべきではありません!」 ウィラブラタはそう声をあげ、ズカズ...
八紘共栄圏を目指して

第819話 『バンテン国王カンジェン・ラトゥ・バンテン』

文禄四年十一月二十九日(1595/12/29) バンテン王国の港町は異様な緊張感に包まれていた。港には数隻の肥前国商船が停泊し、不気味な影を落としている。かつては活気に満ちていた埠頭ふとうも、今では人影もまばらだった。「おい、あれを見ろ!」...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

時系列・あらすじ

以下、旧暦表示。随時更新します。1837年天保7年11月: 50歳の男が幕末の大村藩下級藩士に転生。若い妻と息子がいる状況に戸惑うが、純顕と純熈に仕え、列強に対抗する決意を固める。前世の記憶を頼りに、激動の幕末を生き抜こうと覚悟する。天保7...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第339話 『対英、対列強会議』

元治元年七月十四日(1864/8/15) 江戸城 御用部屋「さて方々、これより先のイギリスならびに列強に対する策を論じたいと存じます」 集まったメンバーは下記のとおり。 ・将軍後見職 一橋慶喜 ・政事総裁職 松平春嶽 ・大老筆頭 安藤信正 ...
八紘共栄圏を目指して

第813話 『小佐々平十郎純勝』

文禄四年六月十一日(1595/7/17) 諫早城「父上、ご用とはなんでしょうか?」 純勝は恐る恐る父である純正の前に進んだ。「おい、なにも取って食おうというんじゃない。お主にやってもらう事を考えたのじゃ」「何でしょうか?」「うむ、家督の相続...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第323話 『イギリス東インド・清国艦隊の奄美侵攻』

文久四年三月二十六日(1864年5月1日) 「さて、薩摩はどう出るかな? 大村艦隊は出てくるだろうか」 イギリス連合艦隊第1艦隊(在清国駐留イギリス東インド・清国艦隊)、旗艦であるユーライアス艦上で、艦隊司令官であるサー・オーガスタス・レオ...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第322話 『国外退去ならびに臨戦態勢』

文久四年三月四日(1864年4月9日) 「急ぎなさい。私が戻るかオールコック前公使が戻るか分からないが、正直なところ良い思い出がない。できればあまり関わり合いたくない国だがな」 駐日イギリス代理公使のエドワード・セント・ジョン・ニールは、執...
東アジアの風雲

第789話 『東南アジアの国々と万暦帝』

文禄元年十一月四日(1592/12/7) 琉球王国 首里城「肥前国が明に勝ったか……」「予想はしておりましたが、やはり我らの決断は正しかったようです」 伊地親方の言葉に長嶺親方が同意した。伊地親方は事実上の行政のトップとなる三司官であった。...
東アジアの風雲

第761話 『北方三国同盟と明の滅亡への序曲』

天正十九年五月十一日(1590/6/12) 紫禁城「兵はいる。だが動かすことは難しいだろう」 内閣大学士の申時行は誰に告げるわけでもなく、静かに、淡々と述べた。「100万の兵を抱え、各地の衛所にも精鋭がいる。しかし……」「軍餉ぐんしょう(兵...
東アジアの風雲

第760話 『乱、その後』

天正十九年四月八日(1590/5/11) へトゥアラ「申し上げます! 明国、寧夏鎮ねいかちんの副総兵、哱拝ぼはい殿の使者がお越しになっております」「なに? 明の? ……よし、通すがよい」 建州女真の首都であるへトゥアラの政庁で政務をとってい...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第249話 『朝廷の和宮降嫁に対する意向とイギリスと薩摩の情勢』

万延元年七月二十日(1860/9/5) 京都御所 陣座 太閤鷹司政通、関白九条尚忠、正四位下右近衛権少将の三条実美、同じく正四位下右近衛権少将の岩倉具視の4人の重臣が集まっていた。  同じ官位官職ではあるが、実美は具視を格下に見ている。 政...
大日本国から世界へ

第739話 『病床の尚永王』

天正十六年十一月一日(1587/11/30)琉球国 首里城 首里城の守礼門前、琉球王国の廷臣たちが厳かに列をなし、国王尚永は緊張した面持ちで控えていた。彼の周りには、琉球の伝統的な礼服を身にまとった側近たちが、不安げな表情を浮かべている。 ...
天下百年の計?

第727話 『毛利輝元、小早川隆景、吉川元春』

天正十四年四月二十四日(1585/5/23) 諫早城 <小佐々純正> ……さて、困った。 困ったというよりも、いま問題は起きていないんだけど、将来的にもしかしたら問題になるかもしれない、という課題で頭を悩ましている。こうなったのは、自分のせ...
技術革新と内政の時、日本の内へ、外へ

第688話 『貨幣政策と度量衡、明の陰り』(1581/4/14) 

天正十年三月十一日(1581/4/14) 南近江 暫定新政府庁舎 庁舎の会議室は和室ではなく洋室である。 上座に純正が座り、官位の順に並んでいる。窓から差し込む光が重厚な木製のテーブルを照らし、各大名が座る中、財務大臣の太田屋弥市が立ち上が...
技術革新と内政の時、日本の内へ、外へ

第665話 『房総騒乱、義頼起つ』(1579/4/25)

天正八年三月三十日(1579/4/25) 久留里城 義弘没後 四十九日 義弘の四十九日の法要が終わった。 元服し里見義重となった梅王丸の前に立ち、一礼して去る一団があった。里見義尭たかの息子で義弘の弟であり、義重が生まれるまでは義弘の養子と...
北条と東北。明とスペイン、欧州情勢。

第613話 もし戦わんとするならば、朝敵たるを覚悟すべし(1574/10/25)

天正三年十月十一日(1574/10/25) 茂木城『もし戦わんとするならば、朝敵たるを覚悟すべし』 そういう空気が一瞬にして漂ったのだろう。   和睦の成立・不成立に関係なく、和議は進行することとなった。「まず、和議を行う上での最も重し題目...
北条と東北。明とスペイン、欧州情勢。

第611話 小田原評定ならぬ小田原決定(1574/9/29) 

天正三年九月十五日(1574/9/29) 小田原城小田原城は、戦国時代最大級の全長9kmにおよぶ総構えが有名だが、この時にはまだ完成していない。秀吉が行った天正十八年(1590)の小田原侵攻に備えるために構築されたのだ。上杉謙信の小田原城包...
内政拡充技術革新と新たなる大戦への備え

第596話 尾甲同盟と加賀紀伊討ち入りの策

天正二年八月十九日(1573/9/15) 甲斐 躑躅ヶ崎館 信長は加賀・紀伊侵攻作戦の合議対策をするための策を練るとともに、必須条件である甲斐の武田家との通商・安保同盟を結ぶために光秀を武田家に送った。「はじめて御意を得ます。織田兵部卿様が...
内政拡充技術革新と新たなる大戦への備え

第595話 織田家の技術革新と加賀・紀伊問題 

天正二年六月二十八日(1573/07/26) 志摩国答志郡とうしぐん 船津村「ふふふ、壮観よの、嘉隆。あの一番大きな船はいかほどあるのだ?」「は、大型の安宅船程はございましょうか。他の船は小早と関船の中ほどにございます。しめて十隻にあいなり...
内政拡充技術革新と新たなる大戦への備え

第580話 武田大膳大夫勝頼の野望

天正元年(1572)九月二日 甲斐 躑躅ヶ崎館「わしは、其方そなた達あっての武田じゃと思うておる」 武田家第十七代当主で、甲斐源氏二十代目である武田勝頼は、重臣を前にそう言った。 馬場美濃守(信房)に山県三郎兵衛尉(昌景)、高坂弾正(昌信)...
内政拡充技術革新と新たなる大戦への備え

第579話 純正の同盟国の事情。畠山義慶と佐渡の儀。

天正元年(1572)八月十五日 能登 七尾城  発 修理大夫 宛 権中納言 秘メ……○▽■ぐしゃぐしゃぽい……。  平九郎、元気ですか?  いや、最初は例の通信文で書こうとしたんだけど、あれ、いくら暗号っつったってダダ漏れでしょ?  それに...
対上杉謙信 奥州東国をも巻き込む

第566話 中止できず。人道支援と織田の評定。

天正元年(1572) 四月十四日 越後沖 霧島丸「小佐々海軍、第四艦隊司令長官、佐々清左衛門にござる」「上杉家家老、直江大和守にござる」 テーブルに向かい合って相対する二人に、珈琲が運ばれてきた。戦場で敵方の使者が来たというのに、余裕の態度...
対上杉謙信 奥州東国をも巻き込む

第563話 狭まる謙信包囲網 継戦か、和睦か?

天正元年 四月九日 京都 大使館 ここ数日、京都の大使館にいる純正のもとには、驚くべき報告が多数届いていた。 ・一日に第四艦隊が敗北。 ・七尾城の政変と小佐々水軍と上杉水軍との偶発的海戦。 ・上杉方である城生城の陥落と第二師団三千の損失。 ...
対上杉謙信 奥州東国をも巻き込む

第560話 城生城の落城と鎌田政年の討死。両軍、和議となるか?

天正元年 四月五日 酉四つ刻(1830) 越中 戸波村~鷲塚村 島津軍 巳の四つ刻(1030)から始まった島津軍と上杉軍の戦闘は、巧みに離合集散を繰り返して互角のまま推移していたが、もう間もなく日没になろうかという頃、唐突に終わりを告げた。...
対上杉謙信 奥州東国をも巻き込む

第533話 上杉謙信とはどんなやつだ?以前武田信玄に聞いた事。

天正元年 三月三十日 甲斐 躑躅ヶ崎館 信玄居室(下に意訳あり) なおなお 寒さの厳しい砌みぎり(時・頃)にて、心地ここちあやまる(体調不良・病気になる)事のなきよう、お祈り申し上げ候。 師走の候、武田大膳大夫(信玄)様におかれましては、ま...
対上杉謙信 奥州東国をも巻き込む

第528話 越後の龍 上杉謙信、春日山を発つ

天正元年 三月二十五日 越後 春日山城「御実城様、出立の支度、整いましてございます」 時は今 春の露見し 軍兵と いざ我ゆかん 以後の和のため これも、この世界の後世に残るかわからない。 上越と春日山城周辺の軍勢の集結を聞いた謙信は、白綸子...
対上杉謙信 奥州東国をも巻き込む

第525話 越中をめぐる三つ巴、あるいは四?五?の戦い

天正元年(元亀三年・1572) 三月二十日  純正が発議した警察機構の発足については、同時にその教育機関についても言及された。 警保学校や消防学校、海上検非学校が設置され、将来的に幹部を育成するための大学校も検討されたのだ。 また、情報省関...
対上杉謙信 奥州東国をも巻き込む

第524話 武田の鉱山と葡萄と天蚕 ~甲州ワイン誕生なるか?~

天正元年 三月十九日 甲斐国 躑躅ヶ崎館 二日前の三月十七日に、利三郎が勝頼と信玄に謁見して許可を得た小佐々軍の領内通過と、信越国境ならびに飛越国境の駐屯が行われる事となった。 荷留においては、それに加えて上野の武田領(真田領含む)において...
対上杉謙信 奥州東国をも巻き込む

第515話 越中守護の書 上杉謙信と畠山氏の対立

天正元年(元亀三年・1572年) 三月十一日 台湾 基隆キールンの湊 籠手田安経 琉球へ寄港してすぐに南下する予定が、明への対応協議のために滞在することになり遅くなってしまった。 わが艦隊(元練習艦隊)は海軍内での組織編制で、南方探険艦隊と...
緊迫の極東と、より東へ

第512話 能登にて七人衆との会談と、岐阜での一節

天正元年(元亀三年・1572年) 三月五日 能登国 |鳳至《ふげし》郡 天堂城 純正一行は天堂城下で昨日歓待を受け、翌日登城して改めて挨拶を受けた。「畠山修理大夫義慶よしのりにございます。権中納言様におかれましては、ことさら西国より能登まで...
緊迫の極東と、より東へ

第511話 能登の輪島湊から天堂城へ 能登畠山氏第十代畠山義慶と会う

天正元年(元亀三年・1572年) 三月四日 能登国 鳳至ふげし郡 輪島湊 二月の二十五日に敦賀を出たのだが、風が悪かった。 途中の甲楽城かぶらき浦、新保浦、鮎川浦、三国浦……風待ちをしながら一週間かかってようやく輪島湊に到着した。「ぶねん、...
緊迫の極東と、より東へ

第507話 肥前より能登へ、肥前松浦郡にて新旧相まみえる夜

天正元年(1572) 二月二十一日 肥前松浦郡 浦村 日高城(唐津市浦字浦川内) 小佐々純正  発 治部大丞 宛 権中納言 秘メ 織田軍 二日 越前ニ 討チ入リケリ 杣山そまやま城ニハ 六日ニ 掛カリケリ 城兵 善ク争フモ 翌七日 未明 夜...
緊迫の極東と、より東へ

第504話 加越同盟と越前の未来

天正元年(元亀三年・1572年) 二月六日「敵大軍なれども われに地の利あり 心配に及ばず 一乗谷で 督戦 あれ」 一乗谷にあって全体を指揮していた義景のもとに、巳の一つ刻(09:00)に戦端が開かれたとの一報が入ったのは申一つ刻(12:3...
緊迫の極東と、より東へ

第502話 信長、三度越前を攻める。

天正元年(元亀三年・1572年) 二月月二日  雪解けを待って織田軍が越前へ侵攻した。 織田家の直轄兵力が四万八千、浅井が一万二千、伊勢の兵が一万三千、合計七万三千である。 これでも十分各地に守備兵を残しているのだ。越前では敦賀郡司が前回の...
緊迫の極東と、より東へ

第495話 元亀から天正へ 純正と信長、連盟での奏上と勅書

元亀三年改め天正元年(1572年) 正月 かねてからの懸案事項であった元号であるが、純正と信長の連名により昨年奏上され、天正と改められた。 本来、天正への改元は元亀四年、つまり来年に行われるはず(史実)であったが、前倒しである。 歴史が大き...
緊迫の極東と、より東へ

第489話 石山本願寺坊官下間頼廉、和睦条件の緩和に挑む。

元亀二年 十一月二十日 中途半端な包囲網が信玄ありきで成立していたのだが、武田の撤退により事実上瓦解した。 将軍義昭は殺害されるのを恐れて逃亡し、他の抵抗勢力も各個撃破され、残りは厳しい和睦の条件をのむべきか、という瀬戸際に立たされていたの...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第485話 武田勝頼の両目、真田昌幸と曽根虎盛

遡って元亀二年 九月十二日 甲斐 躑躅ヶ崎館「誠に! 誠に御屋形様は、生きておられるのですか?」 勝頼は武田の重臣である馬場美濃守信房に訊いた。「誠だ」「では何故、それがしには身罷られたなどど、嘘をおっしゃったのですか」「お主、御屋形様がご...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第476話 甲斐武田家第十七代当主、諏訪四郎勝頼改め武田勝頼

元亀二年 九月十日 躑躅ヶ崎館(さて、どうするか……) 勝頼は、夜も更けた躑躅ヶ崎館の居室にて、二人の家臣を前に考えている。 信玄の死後家督をついだものの、あくまで名代。 対外的には信玄は隠居して勝頼が家督を相続、そして息子の信勝が十六歳に...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第472話 降伏と和議と異見十七箇条

元亀二年 八月十一日 逢坂の関「申し上げます! 敵方よりの使者、来ましてございます」「通せ」 暫定京都師団長の神代貴茂少将と将棋を指していた純久は、淡々と近習に伝える。使者がうんぬんというよりは、貴茂の手をどう崩すかが気がかりのようだ。 し...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第444話 正確な時計とライフル銃と気球と石炭ガスにコークス②ライフル銃と第101狙撃小隊

元亀元年 十二月二十七日 諫早城 諫早城には毎日のように京都の大使館、そして西国の津々浦々から様々な情報が集められてくる。それはこの年末でも変わらない。 発 純久 宛 近衛中将 秘メ 越前 朝倉 左衛門督 上洛セザリキ リユウ ナラビニ 親...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第431話 純正の和睦会議

元亀元年 十一月二十二日 伊予 湯築城「よもやこの中に、おのが欲のために戦をしかけ、領土を拡げ私利私欲を貪らんとする方はおられぬと存ずるが、いかに?」 会議室全体が静まりかえった。波乱の、幕開けである。 まず、口を開いたのは、驚くことに宇喜...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第429話 西国騒乱!?史上最悪の兄弟喧嘩。完膚なきまでに叩きのめされる。

元亀元年 十一月十五日 吉田郡山城「本気で呑むというのか、隆景」 諫早城で純正との会談を終えて戻ってきた隆景は、輝元と元春、ならびに恵瓊ほか数人の重臣にその内容を告げた。 小佐々と四分六(毛利が四:感覚的な表現)の同盟を結ぶことを提案してい...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第428話 京都大使館にて信長と純正と純久と、そして佐吉

元亀元年 十一月十五日 京都大使館「そうか、そこまできたか。まったく、あの公方ときたら、こちらが何も言わぬのを良い事に」 と信長。「どうされるのですか」 短く返事をする純正。「こうなれば、事と次第によっては所司代を辞任されたほうが良いのでは...
新たなる戦乱の幕開け

第418話 謀将宇喜多直家の処世術~生き残りのための3つの方策~

元亀元年 十月三日 岡山城「なに? 宗景が小佐々の使者と会っておっただと? いつじゃ?」 宇喜多直家は、決裁書類を読んでいた手を止めて聞く。「は、一昨日、小豆島の小海城山城(おみじょうやまじょう)にて、会談が開かれたもようです」 重臣の戸川...
新たなる戦乱の幕開け

第415話 小海城山城会談~毛利につくか小佐々につくか~

元亀元年 九月二十五日 発 純久 宛 総司令部 秘メ 織田軍 一揆勢ヲ 五ツノ城二 追ヒ詰メリ 砲撃後 敵降伏ヲ 申シ出ルモ許サジ  兵糧攻メノ模様 殲滅モ近シ 浅井軍 丹後ニテ 加佐郡竹野郡ノ国人 刻ヲ同ジクシテ蜂起 一色勢ヲ追イ詰メリ ...
新たなる戦乱の幕開け

第402話 若江三好家と摂津三好家と阿波三好家

元亀元年 五月二十二日 摂津 ※野田城「なんですと? 気でもふれたのですか大叔父上?」 そう声をあげるのは阿波三好家当主であり、日本の副王と呼ばれた三好長慶の弟、三好実休の息子である※三好(彦次郎)長治である。「気などふれておらぬ※彦次郎(...
新たなる戦乱の幕開け

第396話 第一次信長包囲網……ならず?

元亀元年 四月 結局連合軍は義景に打撃を与えることなく、浅井長政は朝倉義景と和議を結び、近江へ戻った。 それに対し信長は何も言わなかった。義景は目の上のたんこぶであったが、いますぐに排除しなければならない敵ではない。 それに加賀の一向一揆に...
新たなる戦乱の幕開け

第391話 永禄十三年の謹賀新年 衝撃の事実と信長と長政、そして三好だよ。

永禄十三年(元亀元年・1570年) 正月 十五日 京都 肥前諫早での配下諸大名(?)の年賀の挨拶を受けた後、純正は戦会のメンバーとともに京都に来ていた。 元旦に純久が名代として御所と室町御所に年賀の挨拶にはいっていたが、改めて純正も参内し挨...
西国の動乱、まだ止まぬ

第368話 仕組まれた反乱、南九州にて

永禄十二年十一月二十日 諫早城 会議室 小佐々純正は政務の合間を縫って、子どもたちと遊んでいた。 子供だと思っていた弟の千寿丸は元服し、結婚して海軍兵学校へ入学している。甥っ子の幸若丸でさえ十一である。そろそろ元服を考えなくてはいけない。 ...