居室

八紘共栄圏を目指して

第846話 『哱拝(ぼはい)の死』

慶長三年一月二十七日(西暦1598年3月4日) 寧夏 寧夏城の居室で、哱拝は苦しそうな呼吸を繰り返していた。布団の上で横たわる彼の顔は蒼白で、額には大粒の汗が浮かんでいる。「父上、お薬を」 長男の哱承恩が差し出す薬を、哱拝は手を震わせながら...
八紘共栄圏を目指して

第835話 『建州沿岸と豆満江』

慶長元年十一月十四日(1597/1/2)夜 へトゥアラ <小佐々純正> オレたちは問題が解決するまで滞在することになり、宿舎に案内された。『お互いに戦うつもりはない。じっくり腰を据えて話し合おう』 ヌルハチの提案を受けて、居室で一人考え事を...
東アジアの風雲

第791話 『条約締結と新しい秩序』

文禄二年二月八日(1593/3/10)諫早城「御苦労様でした、叔父上」 居室でくつろいでいた純正に報告をしている政直であったが、公務以外のときは叔父と甥である。「いやいや、まさかわしがあの明国との交渉にあたるとは……考えもみんかったわい」「...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第288話 『生麦事件交渉-3-真実は上海に』

文久二年八月十二日(1862年9月5日) 夜 神奈川奉行所「安藤様、あまりに差し出がましい物言い、真に申し訳ございませぬ」 次郎は前面にでてニールと交渉した事を謝るが、信正はからからと笑って答える。「なに、蔵人がそうだと言う事は丹後守殿から...
東アジアの風雲

第761話 『北方三国同盟と明の滅亡への序曲』

天正十九年五月十一日(1590/6/12) 紫禁城「兵はいる。だが動かすことは難しいだろう」 内閣大学士の申時行は誰に告げるわけでもなく、静かに、淡々と述べた。「100万の兵を抱え、各地の衛所にも精鋭がいる。しかし……」「軍餉ぐんしょう(兵...
大日本国から世界へ

第745話 『オスマントルコ帝国とポルトガル』

天正十七年八月十六日(1588/10/6) アラビア海ソコトラ島沖「各員、警戒を厳となせ」 純正は単艦で(補給艦含まず)航海をしていたが、カリカットの印阿第一艦隊よりケープタウンまで護衛の要望があったので、隷下の一個水雷戦隊(軽巡一、駆逐艦...
天下百年の計?

第730話 『肥前国内行政機構再編制』

天正十四年七月十六日(1585/8/11) 諫早城 純正は毛利家への仕置きと併せて、肥前国内の行政機構と、大日本国内での小佐々領内の呼称について改称・改編を行った。 まず、小佐々家の統治下にある全ての所領を肥前州とした。海外領土も全てである...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第154話 『石油精製法その弐』

嘉永五年十月二十九日(1852/12/10)  予想通り、次郎が提案して純顕が長崎奉行を通じて幕府に上書した内容は、おおむね受諾されたが、純顕の関与は却下された。当然といえば当然の結果である。 こちらは意見を聞いただけで、幕政に参画せよとい...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第131話 『幕府のその後と2号ドックと2番艦。江戸四人衆』(1851/1/3)

天正九年十月二十三日(1580/11/29) 工房の中は工具の音と共に、試行錯誤が続く中での緊張感が漂っていた。加工職人は金属の短冊状の板を慎重に扱いながら、曲げて筒状に成形する作業に取り組んでいる。「この金属板をしかと丸めることができれば...
技術革新と内政の時、日本の内へ、外へ

第678話 『艦隊の帰還と世界地図。大同盟の財源は?』(1580/6/27) 

天正九年五月十六日(1580/6/27) 京都 大使館 発 南四(南遣第四艦隊) 宛 屋形 メ 籠手田湊(ポートモレスビー)ニテ 婆羅島(ボルネオ島)ヨリ南ヲ 随時哨戒中 新幾内亜ニューギニア島ヨリ東ノ島々ノ 沖合ニテ イスパニアノ艦影 見...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第123話 『吉田松陰と宮部鼎蔵の大村探訪記とスクリューと潤滑油とゴムの話』(1850/4/2) 

嘉永三年二月二十日(1850/4/2)  川棚「な、なんじゃあこれは」「石か? 石積みの家に、どこからかわからぬが、がしゃんがしゃんと音が聞こえる」 前日、平戸藩城下で一泊した後、紹介状を携えて二人は南へ向かい、そこで遭遇したのだ。 城下町...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第101話 『国産か輸入か? 小規模から拡大するか、最大規模か?』(1848/9/28)

嘉永年九月二日(1848/9/28) <次郎左衛門>「あなた様、もう登城の刻限にございますよ」 お静の声で目が覚めた。太田和からの単身赴任じゃなくてよかったよ。実際に登城する時間に余裕を持って起こしてくれた。顔を洗ったり朝ご飯を食べたりの時...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第33回 『藩政改革と新たな商品開発。精錬方も』(1839/06/12)

天保十年五月二日(1839/06/12) 肥前 玖島くしま城 次郎左衛門 断った。 ありがたく拝命いたします、と言った直後の居室での会合で、俺は即断った。「殿、それがしはまだ家督も継いでおらぬ十七の若輩者。また、継いだとて郷村給人にございま...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第27話 『高島秋帆の一番弟子、平山醇左衛門との出会い』(1838/1/10)

天保八年十二月十五日(1838/1/10)玖島くしま城「佐賀武雄鍋島家が郎党、平山醇左衛門じょうざえもんと申します。このたびは謁見の栄誉を賜り恐悦至極に存じます」 長身である。 とは言ってもこの時代で考えればというくらいで、165cmでお里...
内政拡充技術革新と新たなる大戦への備え

第576話 オラニエ公、イスパニアの敗報を知る。

天正元年(1572)六月十六日 史実でいうところの元亀三年六月十六日、ユリウス暦1572年7月10日。(現在の西暦=グレゴリオ暦は1582年に変更されます) オランダ、ネーデルランドと呼ばれる地域で、いわゆるオランダ独立戦争の真っ最中であっ...
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第7話 『果たして幕末に石けんは売れるのか? 儲かるなら作るしかない』(1837/1/9)

天保七年 十二月三日(1837/1/9) 暮れ六つ(1717) 雪浦村 冨永館 なんだこれ? どういう状況? ここは雪浦村、雪浦川の河口近くの開けた集落にある、城代冨永|鷲之助《わしのすけ》の館である。 家督を継いでからの鷲之助は玖島城(大...
対上杉謙信 奥州東国をも巻き込む

第533話 上杉謙信とはどんなやつだ?以前武田信玄に聞いた事。

天正元年 三月三十日 甲斐 躑躅ヶ崎館 信玄居室(下に意訳あり) なおなお 寒さの厳しい砌みぎり(時・頃)にて、心地ここちあやまる(体調不良・病気になる)事のなきよう、お祈り申し上げ候。 師走の候、武田大膳大夫(信玄)様におかれましては、ま...
緊迫の極東と、より東へ

第508話 肥前より能登へ、日本初と東国の不気味な動き

天正元年(1572) 二月二十二日 筑前遠賀郡 岡湊 山鹿城 小佐々純正 小佐々領内では、特に海岸沿いの街道には信号所や伝馬宿を設置させている。 街道のコンクリート舗装は全部は終わっていないけど、信号所・伝馬宿・舗装の順に整備を続けているの...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第476話 甲斐武田家第十七代当主、諏訪四郎勝頼改め武田勝頼

元亀二年 九月十日 躑躅ヶ崎館(さて、どうするか……) 勝頼は、夜も更けた躑躅ヶ崎館の居室にて、二人の家臣を前に考えている。 信玄の死後家督をついだものの、あくまで名代。 対外的には信玄は隠居して勝頼が家督を相続、そして息子の信勝が十六歳に...
新たなる戦乱の幕開け

第414話 宇田川松庵のボイルの法則

元亀元年 九月二十日 肥前  昨年の永禄十二年十月に、太田和忠右衛門藤政と源五郎秀政が水銀による大気圧の発見、ポンプによる真空の作成や空気圧の原理を実験で立証した。 その後、宇田川松庵も忠右衛門と源五郎秀政の実験を参考にして、大学の研修室で...
新たなる戦乱の幕開け

第408話 織田信忠と留学生の夏休み

元亀元年 七月二日 岐阜城「まったく戦になりませぬ」 岐阜城の居室で信長と話しているのは、嫡男の勘九郎信忠である。「ほう、どのように違うのだ」「は、われらが戦をする際は、まず斥候を出して相手の動きを探ります。籠城するのか野戦なのか、野戦なら...
新たなる戦乱の幕開け

第394話 六分儀の完成と、果てしなき正確な時計への渇望

元亀元年(1570) 三月 諫早城 三好日向守(長逸)殿、並びに三好下野守(宗渭)殿、岩成主税助(友通)殿 既に御聞きと存じ候えども、先の先の将軍を弑し奉りし大罪のため、御幕府より追討の命を受け候。その執行はそれがしの一任となる旨、肝に銘じ...
新たなる戦乱の幕開け

第391話 永禄十三年の謹賀新年 衝撃の事実と信長と長政、そして三好だよ。

永禄十三年(元亀元年・1570年) 正月 十五日 京都 肥前諫早での配下諸大名(?)の年賀の挨拶を受けた後、純正は戦会のメンバーとともに京都に来ていた。 元旦に純久が名代として御所と室町御所に年賀の挨拶にはいっていたが、改めて純正も参内し挨...
新たなる戦乱の幕開け

第384話 来島通総兄弟と瀬戸内の緊張

永禄十二年 十二月 五日 来島城「兄上、もう半年になりますね」「そうだな、もう半年になる」 伊予来島の村上(来島)通総は九歳である。 二年前に父である村上通康が死に、元服して家督をついだ。兄がいたのだが、母親が主君筋の河野弾正少弼通直(36...
西国の動乱、まだ止まぬ

第367話 土佐安芸郡一揆③独立、なるか?

永禄十二年 十一月十日 土佐 安芸郡 安芸城「殿、これからどうなさいますか」 家老であった黒岩越前守の息子、黒岩掃部(30)である。「若と言われ続けてきて、いきなり殿は慣れぬな」「は、しかし安芸家の復興のためには慣れていただかなくてはなりま...
西国の動乱、まだ止まぬ

第366話 観音寺騒動ならぬ三雲騒動

永禄十二年 十一月十日 南近江 三雲城 織田信長の圧倒的な軍事力の前に、昨年の永禄十一年、六角氏の主城である観音寺城が落とされた。 実際には支城である箕作城がわずか一日で落とされ、次いで和田山城の城兵の離散にともない、守れぬと判断しての逃走...
西国の動乱、まだ止まぬ

第356話 小佐々領の第一次農業改革と第一次産業革命

永禄十二年 十月二十三日 諫早城 永禄九年の八月に始まった領内の街道のコンクリート舗装は、肥前においてはほぼ主要な街道で終了している。政庁である城同士をつなぐ街道と、湊や信号所のある地点間での舗装だ。 主要街道から始めているが、筑前、筑後、...
北九州を二分する 二つの二虎競食の計

第185話 三好義継と松永久秀

同年 五月 信貴山城 松永弾正久秀「申し上げます。小佐々肥前守と申す者から書状が届いております」 なに? 小佐々? 聞いた事はある。遠く九州の地で勢いがあり、肥前・筑前・筑後、そして北肥後も支配下にいれたという。 朝廷や幕府に献金をしてきて...
二島五ヶ村の領主 無双≠生き延び スタート

第48話 永禄五年 大友義鎮、動く

同年 四月 沢森城 沢森政忠「大友義鎮は少弐家を再興すべく、少弐政興を擁立いたしました」 やっぱりかあ!  千方の報告に、文字通りの感情が湧き上がった。これからいよいよきな臭くなるぞ。一歩間違えば家が潰れる。 最悪、相神浦や大村が潰れても、...
歴史改変は悪だけど、死ぬのはいやです。

第8話 美しい姉と忘れた記憶―戦国時代の兄妹の再会

永禄四年 四月 沢森城 喜々津御前の居室 沢森政忠 日差しの差し込む中庭に面した部屋のなかで、姉である喜々津御前と息子の幸若丸、そして妹の雪姫が、3人で遊んでいた。「義姉上、今少しよろしいでしょうか?」 俺は深呼吸して声をかける。「いいです...