本隊

東アジアの風雲

第783話 『乙軍大将祖承訓の決断』 

天正二十一年三月十三日(1592/4/24)  泰川郡北部 甲軍が隘路あいろを突破したという知らせは、乙・丙へい両軍には伝わらなかった。甲路と乙路の間、現地点間の距離は13kmもあったからだ。部隊間の連携など、最初から明軍の作戦には入ってい...
東アジアの風雲

第782話 『血染めの隘路』

天正二十一年三月十三日(1592/4/24)   暁と共に、3つの狭間で両軍の激突が始まった。  史憲誠にとって、この甲軍隘路の地形が極めて危険な戦場となることは明白だった。そこで彼は夜明けと同時に先鋒部隊を派遣し、慎重な姿勢を保ちながら前...
東アジアの風雲

第781話 『決戦前夜』

天正二十一年三月十二日(1592/4/23)  竜岩浦 西部軍団「さて、では我らも北上するとしようか」 敵である明軍の補給物資を接収し、補給部隊の再編も終わった島津義弘が号令を発した。竜岩浦から明軍の本隊がある義州府までは約45km、2日な...
東アジアの風雲

第779話 『決死の行軍と鴨緑江沖海戦』

天正二十一年三月八日(1592/4/19)  義州府 義州府の楊鎬ようこうの本隊のもとに、敗残兵を引き連れた沈有容が到着した。兵数は1万。焦燥しきった沈有容の姿は下流域での敵の攻撃のすさまじさと、被害の大きさを物語っている。「よくぞ戻った」...
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第766話 『哱拝対魏学曽。石嘴山の戦い』

天正十九年九月十七日(1590/10/15) 寧夏鎮ねいかちん 天正十九年四月八日(1590/5/11)に魏学曽が固原鎮こげんちんに駐屯して5か月がたっていた。 哱拝ぼはい軍と明軍の兵力を考えれば、明軍が倍以上であるがその士気は低く、仮に魏...
『邪馬壱国の壱与~1,769年の眠りから覚めた美女とおっさん。時代考証や設定などは完全無視です!~』

第9回 『大官彌勇馬と邪馬壱国の国際情勢』

正元二年六月二十五日 邪馬壱国 方保田東原宮処かとうだひがしばるのみやこ「申し上げます! 彌勇馬みゆま大官様、お戻りにございます!」 兵士が大きな声で叫び、邪馬壱国大官である彌勇馬将軍の帰国を知らせた。ドタドタドタと宮殿正面の庭を歩いてくる...
北条と東北。明とスペイン、欧州情勢。

第655話 『凱旋と織田家』(1578/7/5)

天正七年六月一日(1578/7/5) サン・ペドロ要塞「なんだ、これは。これがあのサン・ペドロ要塞なのか……」 城壁は全周囲で崩れ落ち、かろうじて陥落していないが、すでに風前の灯火であるのは誰の目にも明らかであった。艦砲射撃で無力化された砲...
北条と東北。明とスペイン、欧州情勢。

第653話 『レイテ沖海戦~伍~起死回生と窮途末路』(1578/6/23)12:00

天正七年五月十八日(1578/6/23)12:00 接敵地点より南へ20km カバリアン湾沖東22km地点 「提督! 前方に艦影あり! 敵艦と思われます! 多数!」 ゴイチ艦隊旗艦の見張りが大声で報告する。「ちくしょう。もう来やがったか」 ...
北条と東北。明とスペイン、欧州情勢。

第652話 『レイテ沖海戦~四~千変万化。機を見るに敏であれ』(1578/6/23) 09:00 

天正七年五月十八日(1578/6/23) 09:00 カバリアン湾沖東18km「司令官! 敵、カバリアン湾ではなくなおも北上、アナハワン沖へ北上しております!」 「なに! ? ばかな! 敵の本隊はカバリアン湾におるのではないのか? なぜ北上...
北条と東北。明とスペイン、欧州情勢。

第651話 『レイテ沖海戦~参~接敵! スリガオ海峡!』

天正七年五月十日 マゼラン湾 夜間ずっと降り続いていた雨が止み、霧が晴れた頃に小佐々連合艦隊は出港した。第四艦隊は東進して、カ二ガオ海峡を抜けてミンダナオ海に入る。 その後パナオン島南端のサン・リカルド岬を経て北上する。 本隊である第一連合...
北条と東北。明とスペイン、欧州情勢。

第650話 『レイテ沖海戦~弐~作戦決定セリ、小佐々艦隊出撃ス』

天正七年五月九日 マクタン島 マゼラン湾 第一連合艦隊旗艦 穂高「さて、まず一つ目だが、皆の意見を聞かせてもらいたい。包囲攻撃作戦の利点と欠点を洗い出していこう」 純正は全員を見渡して、発言した。 艦隊総司令の勝行が率先して意見を述べる。 ...
北条と東北。明とスペイン、欧州情勢。

第649話 『レイテ沖海戦~壱~情報の取捨選択と生かし方が命運を分ける』

天正七年五月九日 マクタン島 マゼラン湾 第一連合艦隊旗艦 穂高「御屋形様! 偵察小隊が戻ってきました!」「よし、聞こう」 純正は全艦隊司令官と信長を含めた全幕僚の作戦会議を招集した。「敵の戦力はおおよそですが、1,000トン級が3隻で砲は...
北条と東北。明とスペイン、欧州情勢。

第648話 『嵐の前の静けさ……レイテ沖海戦プロローグ』

天正七年五月五日 マクタン島 マゼラン湾 砲撃直後 砲撃の轟音ごうおんが響く中、偵察艦は全速力で退却を開始した。水しぶきを上げながら、急いで安全な距離を保つことを目指す。小佐々艦隊の圧倒的な火力に直面し、フアン艦隊の偵察艦内では怒号が飛びか...
北条と東北。明とスペイン、欧州情勢。

第647話 『長蛇の列とタブゴンの戦い』

天正七年五月三日 レイテ島南部 タブゴン パパン! パパパパーン……。 タブゴン湾を見渡せる150mほどの丘の上から、散発的に銃撃が小佐々軍の偵察分隊に加えられている。しかし、幸いな事に距離は500mを超えているようだ。当たらない。 敵だと...
北条と東北。明とスペイン、欧州情勢。

第642話 『マニラでの織田海軍と南の戦局、明の動き』(1578/5/5)

天正七年三月二十九日(1578/5/5) マニラ「損害が順天丸だけでようございましたな」「うむ。お主の日々の鍛錬によって、よく船が動いたおかげじゃろうて」「ありがたきお言葉にございます」 マニラに帰港した織田艦隊は、艦艇の補修を行いつつ乗員...
北条と東北。明とスペイン、欧州情勢。

第641話 『開戦! パナイ島の戦い』(1578/4/26) 

天正七年三月二十日(1578/4/26) パナイ島 パナイ川河口 パナイ川はパナイ島の北東部にあり、入江に注ぎ込む河口は二つに分かれているために、封鎖がしにくいと言う理由で、ポルトガルから逃れるためのスペイン軍の拠点とされてきた。 マニラ侵...
内政拡充技術革新と新たなる大戦への備え

第577話 尚元王の死と万暦帝の即位

天正元年(1572)七月十九日 三ヶ月前に、純正の同盟国(通商和親・準安保)である、琉球王国第二尚氏王統の第五代国王である尚元王が崩御した。 特に名君というわけでもなく、普通の王であったが、古来より王朝の代替わりの際には政情が不安定になりが...
対上杉謙信 奥州東国をも巻き込む

第560話 城生城の落城と鎌田政年の討死。両軍、和議となるか?

天正元年 四月五日 酉四つ刻(1830) 越中 戸波村~鷲塚村 島津軍 巳の四つ刻(1030)から始まった島津軍と上杉軍の戦闘は、巧みに離合集散を繰り返して互角のまま推移していたが、もう間もなく日没になろうかという頃、唐突に終わりを告げた。...
対上杉謙信 奥州東国をも巻き込む

第558話 激突! 島津vs.上杉と七尾城の陥落

天正元年 四月五日 午三つ刻(1200) 越中 水戸田村 道雪本陣「申し上げます! 敵勢六千! 島津勢に掛かりけり候(攻撃しました)!」「何? 案に違えて(予想外に)早いの。敵将は誰じゃ?」「は……それが、謙信自らかと思われます!」「何じゃ...
対上杉謙信 奥州東国をも巻き込む

第557話 島津軍の混乱 毘沙門天・上杉謙信は何処?

天正元年 四月五日 辰四つ刻(0830)能登 鹿島郡 「なんと……誠であったか……」「はは、所口湊には数多の兵船があり、城下は無論の事、湊も上杉の兵で溢れておりました」 畠山義慶よしなりは阿尾城を襲った敵に備えるため、道雪本隊から離れ、別働...
対上杉謙信 奥州東国をも巻き込む

第549話 謙信を囲む

天正元年 四月三日 卯の一つ刻(0500) 庄川東岸(大門新村) 上杉軍本陣 小雨「申し上げます! 一里(3.927km)南に敵多数! 川を渡ってございます!」「何い! ? 馬鹿な! 夜のうちに渡ったと申すか?」 昨日、日没後から降り始めた...
対上杉謙信 奥州東国をも巻き込む

第548話 織田と一揆と、隠尾城と千代ヶ様城

天正元年 四月二日 未二つ刻(1330) 庄川西岸(二塚村) 道雪本陣 曇りときどき雨「申し上げます! 一条隊が布陣を終え、龍造寺隊は千代ヶ様ためし城に掛かりけり(攻撃した)候!」 道雪の本陣とわかれ南へ向かった二隊も、一条隊は布陣し、龍造...
対上杉謙信 奥州東国をも巻き込む

第541話 両軍激突直前! 両越騒乱、庄川の戦い、始まる。

天正元年 四月二日 寅三つ刻(0400) 越中 庄川周辺 曇り 庄川を渡河するにあたって、四つの地点があったが、道雪は一番近い中田村の瀬からの渡河は選択肢から外した。 一度に大量の兵が渡河することは可能だが、深いために身動きがとれない。 弓...
対上杉謙信 奥州東国をも巻き込む

第535話 決戦前夜 上杉軍28,000(?)vs.立花道雪軍50,000

天正元年 四月一日 越中 増山城 巳の一つ刻(0900)「おや? 孫三郎殿、いささか勢ぜいが少ないのではないか?」 越中における上杉勢の最前線である神保氏の居城増山城で、到着早々謙信は、神保の現当主である長住に尋ねる。「面目次第もございませ...
緊迫の極東と、より東へ

第504話 加越同盟と越前の未来

天正元年(元亀三年・1572年) 二月六日「敵大軍なれども われに地の利あり 心配に及ばず 一乗谷で 督戦 あれ」 一乗谷にあって全体を指揮していた義景のもとに、巳の一つ刻(09:00)に戦端が開かれたとの一報が入ったのは申一つ刻(12:3...
緊迫の極東と、より東へ

第496話 孤立無援に四面楚歌 徳川家康vs.曽根虎盛

元亀三年改め天正元年(1572年) 正月九日 岐阜城 信長としては反織田の包囲網が崩れたとは言え油断できない状況であり、雪解けを待って朝倉攻めをする為には、武田との和睦は喫緊の課題であった。 そのため純久の仲介で光秀を調整役として、虎盛との...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第456話 不完全な信長包囲網

元亀二年 四月二十五日 因幡 鹿野城 発 純久 宛 近衛中将 秘メ 二俣城 危うし 天方城ヲハジメ 北遠江ノ 諸城 コトゴトク 落チリケリ サラニ 北条ノ 援軍アリテ 徳川 後詰メ ナラズ 一言坂ニテ 敗レリ 秘メ 三河の北東部と遠江の北部...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第451話 吉田郡山城にて、一体何を拠所とするのか?

元亀二年 四月八日  三河方面の山県・秋山の別働隊と、遠江の信玄本隊からなる武田の西上軍は、服属を願い出てきた将兵や降伏した城の兵をあわせると、七千人あまり増加していた。 三河では奥三河の山家三方衆、遠江では北遠江の天野景貫らをはじめとした...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第448話 信玄、動く。

元亀二年 三月四日 諫早城 発 純久 宛 近衛中将 秘メ ◯二二六 信玄 甲府ヲ 発テリ 東美濃ヨリ 三河 ナラビニ 駿河ヨリ 遠江ヘ 二手ニ ワカレ 進ム模樣 コノ報セ 弾正忠様ニモ 送リケリ 秘メ ◯三◯一 京都大使館の純正から、信玄が...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第447話 西国の火種と東美濃の争乱。そして山家三方衆

元亀二年 二月二十五日 三ヶ月前の元亀元年十一月、新しい西国の枠組みが決まった。 一万石から三万石の国人の多くが純正の提案を受け入れ、知行地を大幅に減らし、俸祿にて仕えることを選んだのだ。 しかし、領民やその下の家臣たちも、たかだか三ヶ月で...
第2.5次信長包囲網と迫り来る陰

第446話 信長の越前攻め

元亀二年 二月八日 岐阜城「時は来た。いざ越前へ攻め入るぞ」。 満を持した信長の号令の下、一次侵攻の時と同じように、浅井長政の一万とあわせて、合計六万の軍勢が越前に攻め入ったのだ。 浅井長政軍を主力とした一万五千の兵が敦賀口から金ヶ崎城へ、...
西国の動乱、まだ止まぬ

第353話 予土戦役、黒瀬城攻防戦①恐るべき元黒瀬七城と新しき防衛戦法

永禄十二年 十月二十三日 伊予南西部 宇和郡  伊予の国人の調略は順調に進んでいたものの、西園寺の攻略が遅々として進んでいなかった。 宗麟の本隊は宿毛城から伊予に入った。 別働隊は鷲が森城より伊予に入っていたのだが、敵の防御が妙だったのだ。...
歴史改変仕方ない。やること多すぎです。

第22話 海峡封鎖作戦 蛎浦の海戦④

未の初刻 四半刻後(午後一時半ごろ)「申し上げます! 港の民家は焼失しておりますが、損害は軽く、民の被害もありませぬ」「ほう。むだな殺戮はせぬ、か」 政忠達は島の北端を迂回して島の陰に隠れていたのだが、けもの道から山頂の金毘羅神社を越えて港...
歴史改変は悪だけど、死ぬのはいやです。

第7話 転生者の目覚め―父との対話で明らかになる歴史の変遷

え? ええ? 今なんて? 横瀬浦がうちの領地? それやったらもう歴史変わってるやん! サワノモリ村の名前どころじゃないぞ!「それはいったいどういう……?」「どうもこうもあるか! !」 そう言って親父は、机をドン! と叩いた。 「生き様の覚え...