第114話 藤原千方と空閑三河守

 筑前国 博多 藤原千方

 ある時は虚無僧、ある時は商人、またある時は山伏、そして能楽師にほうか師(手品師)

 さまざまな姿に変化しては敵の情報を集めたり|撹乱《かくらん》をする。それがわしの仕事。今日のわしは商人の大村屋長兵衛だ。

 さすが博多は|賑《にぎ》わいがある。小佐々の町も賑わってはいるが、この町の賑わいはまた独特だ。商人が独立独歩の気概をもっている。それがこの町の賑わいの源になっているのだろうか。

 暑い夏のさかり、流れ落ちる汗を手拭いで拭いながら、ふと目をやると、なにやら人々がざわついている。普段の町の|喧騒《けんそう》とは違って、少しだけ殺伐としている。

「ずいぶんと騒がしくなりました。なんでも豊前の国の杉様や、山鹿の麻生様が戦の準備を始めているそうではありませんか。いや、戦は嫌いです。しかし私は商人ですからね。求められれば売りますし、買いたいという人がいればそこに行く。情報は命でございます。違いますか? あなたも商人でしょう?」

 わしの隣に座って、汗一つかかずに茶をすすっている男がいる。この男はいったい何者だ? 聞いてもいないのに、見ず知らずのわしによくしゃべる。

「なるほど確かにそうですな。それで豊前の衆や筑前の衆が大友様に逆らって、勝てまするか?」

 無視するのも変なので、適当に返す。

「さあ、わたしは商人ですから、戦の事はわかりません。しかし、いかに大友様とはいえ、周防の毛利様が攻めてくれば、なかなかにてこずるのではないでしょうか?」

「毛利も攻めてくるんですか?」

 商人なのに、よく知っているな。本当に何者だ?

「いや、そういう噂があるって事だけです。でも、ここいらで謀反の動きがあれば、九州に手を伸ばしている毛利が黙っているとも思えませんがね」

 確かにその通りだ。機に乗じる。毛利か国人か、どっちが先なんてあまり関係がない。

「ふむう。それでその戦とこの博多の町と、どんな関係があるんです?」

 わしはこの男に聞いてみた。

「あなた、博多は初めてですか?」

「ええ、そうですね」

 本当は何度か来た事があったが、初めてだという事にしておこう。

「博多の町は御覧の通り、九州で一番栄えている港町です。日ノ本でも指折りの港町でしょう。それゆえ我こそは、とその利権に群がってくるのです。そして、敗れた者は、相手に渡すくらいなら、という事で奪いつくして焼き払うのです」

 男は得意げに話し続ける。

「これまで何度も、博多の町は同じ目にあいました。永禄二年、六年前の筑紫惟門の襲撃もそうです。しかしまた、民が立ち上がって、今の町を作り上げたのです。天然の良港、そして太古の昔から大陸との交易で栄えたという風土が、そうさせるのかもしれません」

「お詳しいですね。しかしここは今、立花山城の立花鑑載様が治めていらっしゃる。そうそう物騒な事にはならないのでは?」

 わしはまた、その物知りに聞いた。

「そうですね。まあ、何もなければねえ。ああ、そうそう。申し遅れました、私三河屋森之助と申します」

「これは失礼。私は大村屋長兵衛と申します」

「そんなにかしこまる事もありませんよ。わたしなぞ、やる事もなくただ暇にしている者です。ねえ、千方どの」

 ! 瞬間、わしは飛び上がり後ずさった。

 抜かった! 何者だ! 仲間は? どこにいる? あたりを見回したが、それらしい気配はない。どうやら一人のようだ。周囲に仲間の気配がない事を確認し、もう一度男の方を見た。

 しかし、すでに男の姿はない。

 まるで夢でも見ていたかのように、ただ騒がしい人々の声が聞こえるだけだった。

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