第115話 『蒸気機関鉱山導入と京都へ』(1849/8/2)

 嘉永二年六月十四日(1849/8/2) <次郎左衛門>

 大島・崎戸・池島の三カ所の炭鉱と、六カ所の鉄鉱石他の鉱山へ蒸気機関の導入が決まった。

 排水ポンプや巻上機の動作確認は何度も行っているので、今のところは問題ないだろう。これで石炭の増産が可能になるし、鉄鉱石の鉱山では人件費の削減にもつながる。ポンプの効力が証明されたら、塩田にも導入しよう。

 ……合計29万5千191両。
 
 毎回頭が痛いけど、まずは金になる炭鉱から予算を組もう。2年、いや3年予算かな。

 それから今建造中の大型帆船は、機帆船にする予定だ。ハルデスが主体となって設計したのだが、造船所は殿の御座船を作れる大きさの造船所があったので、大きさ的にはギリギリなんとかなった。

 これ以上の大きさの船を作ろうとしているから、造船所が要るんだよね。

 問題は蒸気機関だよな。来年の8月には造船所(でかい方)が出来上がる。佐賀の三重津海軍所より8年早い。最悪、どう転んでも、再来年に蒸気造船機械が到着するから、それをみて改良して作ってくれれば良い。

 船舶用は馬力を落とさずに、それでいて船に載せられるくらいの大きさに。最初は後付けになるけど、同じような後付けの薩摩の雲行丸が6年後だから、それでも快挙だ。

 まずは雲行丸と同じように川棚型(捕鯨船をもとに造った海軍一号艦)で4~6ノット程度出れば良いかな。

 雲行丸は設計出力12馬力だったけど、不具合が重なって実力は2~3馬力だった。それでも薩摩での試運転では最高速力は6丁やぐらの小舟並みと記録されているから、4~5ノット前後。

 これで12馬力が実現できれば5ノットはいけるから、うーんどうだろう。俺の場合、机上の空論だからなあ。ま、任せよう。




 ■京都 岩倉邸

「岩倉様、お久しゅうございます」

 列強の船が日本近海をうろついているというのに、市井にはまったく影響がない。沿岸部に住んでいる領民以外は、誰も気にしていないようだ。確かに、なんの問題も無い。

「おお次郎殿、お久しゅうおじゃるな」

 相変わらず存在感のある風体の岩倉具視が迎える。村田蔵六もそうだが、岩倉も一度見ると忘れない。

「申し訳ありません。本来はずっと京に居りたいのですが、そうもいきませぬ。国許での役目が多うございまして」

「ははははは。次郎殿はやり手ゆえ、丹後守殿が離さぬのでありましょう。ささ、立ち話もなんでおじゃります、上がられよ」

 岩倉家はその他の堂上家と同様に困窮していた。その為屋敷も質素でいたるところが痛んでいたが、それをダマしダマし使っているような状態であった。次郎はめざとくそれを見つけ、屋敷の修復をしてあげたのだ。

 屋敷は妬まれないように、目立たない程度にきれいに修復されたので、岩倉は次郎に感謝していた。

「これは、つまらない物ですが……」

 そういってそのぎ茶と八女茶を進呈する。

「京には宇治茶がありますので、口汚しになるかもしれませぬが、わが領内でとれた彼杵そのぎ茶と筑後の八女茶にございます」

「ほほほ。次郎殿がお勧めするのでおじゃるから、きっとよき品にございましょう」

 岩倉はすぐにお茶の準備をして次郎にふるまう。

「これはこれは、宇治茶に負けぬ味わいにありましゃる。さすが、次郎殿におじゃる」

「お褒めに与り光栄にございます。して岩倉様、近頃はいかがにござますか?」

 次郎はお茶を飲んでくつろいだ雰囲気の中、切り出した。

「いかがもなにも、次郎殿の勧めで関白様の歌道に入門できたは良いものの、その先が良ろしゅうありませぬ。関白様に朝廷の改革を上書申し上げたのですが、はっきりとお返事をなされませぬ。あまり乗り気ではあらしゃいませぬなぁ」

 岩倉はゆっくりとお茶を飲みながら、もどかしい気持ちだ。

「なるほど。されど、今はそれでよろしいかと存じます」

「なんと?」

「今は誰も、尻に火がついておりませぬゆえ、真剣に考えようとはなさらぬのです。それは関白様とて同じ。そのうち変わるでしょう。大事な事は、この繋がりをもっと密にして、関白様の信頼を得ることにございます」

「……なるほど。して、近頃はいかがにおじゃろうか」 

 次郎は京都にいない間は手紙のやり取りを行っていて、昨今の海外事情や幕府の対応などを知らせていた。マリナー号の件については今回初めて話をする。

「……という次第でして、御公儀もこたびは事なきをえましたが、これより先、今より多くの異国の船が来ることは間違いありませぬ。その時に右往左往せぬよう、備をしなければなりませぬが、なかなか……」

 次郎はマリナー号の件を伝え、表だって幕府を批判はしなかったものの、もう少し柔軟な対応をして欲しいと考えていた。

「異国すなわち悪という訳ではございませぬ。それゆえ良き物は取り入れ、国の力を高め、異国にいいようにされぬようしていくのが御公儀の務めにございます」

「なるほど。その通りにおじゃりますな」

 次郎と岩倉はしばらくお茶を飲みながら、国の在り方について話し合った。




「時に岩倉様、もしこのお茶がお気に召しましたのなら、もう二揃えございますので一つは関白様、一つは天子様へご献上いたしたく存じます」

「おお、それは御上もお喜びにならしゃいますでしょう」

 次郎はこの献上品であるお茶をはじめ、石けんなども献上していた。そのため献上自体は珍しくはなかったが、岩倉の朝廷内での立場を少しでも良くしておこうとの考えもあったのである。

「もし、天子様ともども皆様がお気に召しましたなら、なにとぞ、定めてご献上いたしたく、また今後天子様ならびに朝廷御用達としてお引き立て頂きたく、お願い申し上げます」

「なるほど。関白様にはそう伝えておきましょう」

「それと今ひとつ」

「まだあるのかえ。ふふふ。さすがは次郎殿におじゃりますな」

 冗談めかして言う岩倉に、次郎は恐縮しながら(そうみせて)続けた。

「こたびの有栖川宮熾仁親王殿下の太宰師だざいのそちへの任官、誠に喜ばしい事にて、こちらも些末な物ですが、献上いたしたいと存じます」

「ほう……」

 岩倉はニヤリと笑う。

「さすが、次郎殿はなんでも知っておじゃるな」

「滅相もございませぬ」




「ごめんやす! 誰かいはりますか?」

 玄関で大きな声がした。どうやら飛脚のようだ。

「次郎殿、次郎殿に国許から文がきておりましゃる」

 京都の次郎に手紙を届ける際は、割増料金を払ってまず岩倉邸に行き、いなければ藩邸に持っていくようになっていた。




 前略

 大島炭鉱にて件の蒸気機関、当初よろしく稼働せしも、半日後に障りありけり候。

 蒸気の漏れが故と分かり候へども、なお半日繕いけり候。

 幸いにして他の鉱では生じておらぬと聞き及び候へども、部品ならびに技術者の常駐が要ると案じ候。

 早々。

 六月四日

 信之介




 なんて! ? ……まじか。まあ物事はそう簡単にはいかないか。わかっていたよ。うん。

 ……そうは言ったものの、落胆激しい次郎であった。




 次回 第116話 (仮)『お茶の追加注文と真田幸貫。武田斐三郎と加賀の大野弁吉』









 -大村藩情報・開発経過-

 ■次郎
  ・海軍伝習所、陸軍調練所設立へ。(兵学の他、数学・理化学・国語漢文・オランダ語・英語)
  ・軍事偏重にならないよう、国際色豊かに、国内外情勢を学ぶ。
 
 ■精れん
  ・電信機の距離延長研究。(コイル・継電器・絶縁体)……宇田川興斎、ブルーク・佐久間象山。
  ・電力、発電、蓄電、アーク灯……水力発電。……信之介・廉之助・隼人・東馬・村田蔵六・佐久間象山。
  ・既存砲の更なる安定化とペクサン砲の開発。……高島秋帆・賀来惟熊・村田蔵六・佐久間象山。
  ・造船所(ハルデス他)建設地の造成。……ハルデス他職人と学生・村田蔵六・佐久間象山。
  ・蒸気機関の性能向上と艦艇用(軍艦・漁船・輸送船)の研究。……ハルデスと久重と功山。
  ・製茶機の研究開発と製造……ハルデスと久重と功山。
  ・写真機の研究開発。……俊之丞とブルーク。
 
  ・ゴムの性質改善、品質向上研究と生成したゴムによるゴーグルの製作。……ブルークと適塾の四人。
  ・ソルベイ法におけるアンモニアの取得方法について研究。石炭乾留の際の石炭ガスより取得。……ブルークと適塾の四人。
  ・魚油の硬化、けん化の研究。……ブルークと適塾の四人。
   
 ■五教館大学(賀来惟準これのり・三綱。惟舒これのぶ)は五教館で学びながら手伝い。
  ・石油精製方法、焼き玉エンジンの研究開発。
  ・缶詰製造法の機械化。(オランダ人技術者とともに)
 
 ■医学方(一之進、宗謙、敬作、俊之助、イネ)
  ・下水道の設計と工事を行い、公衆衛生を向上させる。……橋本勘五郎。
  ・新薬の研究開発、臨床。
  ・殺鼠さっそ
 
 ■産物方(お里、賀来惟熊)
  ・領内の鉱山の状況調査と鉱物の選別保管。
  ・石炭、油田の調査。
  ・松代藩に人を派遣し、採掘の準備に入る。(越後は価格交渉、相良油田はさらに調査)
  ・茶の増産と仕入れ先の全国的な確保。茶畑における改善はお里が既に実践済み。製茶工場と、全体的な機械化が課題。
  ・桑畑の増加と生糸の生産。
  ・魚油の精製(酸性白土、領内産出モンモリロン石)、販売。

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