第124話 『お里の妊娠と缶詰とドラム缶』(1850/5/13)

 嘉永三年四月二日(1850/5/13) <次郎左衛門>

 お里が、妊娠した。

 こういう時、男ってどうなんだ? てなくらいなんだかよくわかんなくなる。

「何してんの! ジロちゃん! 早く行ってあげて! おさっちゃん、ああ見えて……ああ、もう、早く!」

 え、ジロちゃん? ……イネちゃん、こんなキャラだった?




「お、おう……」

 部屋に入った俺は短くあいさつする。

「うん」

 お里はなんだか……しおらしい。

 ……。
 ……。
 ……。

「「あの……」」

「いや、どうぞ」

「そっちから」

「ええと、あの……。おめでとう、いや、うん。違う……か? ありがとう」

 たどたどしい俺の言葉にお里は答えた。

「馬鹿ね、もう」

 俺は上手い言葉が思いつかず、お里の後ろに回り込んで、バックハグした。この状況でこれが正しいかどうかわからん。でも、なぜかそうした。

「俺の子、俺の子か……。ありがとう。体、大事にな」

「うん」

「無理すんなよ」

「うん」




「御家老様」

「「ひやっ」」

 二人して驚く。

此度こたびは誠におめでとうございます。御家老様、信之介様から至急精煉せいれん方までお越し下さるよう、お求めがございました」

「うむ。あい分かった」




 ■精煉方 理化学・工学研究所

「どうした信之介」

「おう、来たか。実はな、俺がやっている研究の事なんだがな。現状ここまですすんでいる」

 信之介はそう言って紙にいろいろと書き出して、研究のプロセスとそれに伴って派生した物が書かれてある。正直次郎にはその半分もわからない。

 色々大変な事をやって、その結果必要なものや派生する発明がたくさんある事はイメージできた。

 ・弘化五年二月(1848/3)……炭素アーク灯の点灯。
 ・ファラデー式発電機を開発。
 ・ダイナモの開発と製造。
 
「おおお、すげー! こんなにいっぱい発明したのか? すげーな!」

「厳密には現在、1850年の段階でこの世にあるものだから、発明じゃない。大事なのはこのアーク灯の研究の過程で思いついた事だ。ざっくりかいつまんで言うと、溶接だ」

「溶接?」

 次郎には何の事だかわからないが、信之介は続ける。

「アーク灯の放電の際に出る熱を使っての溶接だよ。今、蒸気機関でも何でも、溶接が必要だろう? その辺の情報は現場からの報告と一緒に入ってくるんだ。今の溶接は鍛接だ。切断は機械切断だし、ガス切断も溶接も、実用化されていない」

「鍛接?」

「ああ。熱した金属同士をつなぎ合わせて叩いてつなげる。ざっくりいうとこうだな。でもこれじゃ手間暇がかかりすぎるんだ。その点……」

 と言って信之介は、目の辺りに横長に穴があいた仮面の様な物を、左手に持ってから顔の前に当てる。その後に右手に何かをもった格好をして、いわゆる溶接をする仕草をした。

「ああ、これ、溶接! 溶接だ!」

「そう。これができれば効率は飛躍的にあがる。だがこれは原理はあるけど、特許出願は1865年で、炭素アーク溶接は85年に実用化される。だから正直、俺しかできない」

「うん。だろうね」

「実用化できれば、同じ原理で切断も可能だ」

 確かに信之介が言うガス溶接・切断、アーク溶接・切断が実用化されれば、機械工作の効率が格段にあがる。蒸気動力が主の現場に、溶接に限っては電力も動力になるわけだ。

 ん? ドラム缶にも使えんか? と次郎の頭をよぎるが、専門的な事は技術者に任せようとする次郎である。

「わかった。難しい事はわからんけど、結局、何を伝えたかったんだ?」

「ああ、いや……別に絶対に、という訳じゃないんだが、電力、発電、蓄電、アーク灯については目処がたってきた。だからこれを廉之助や隼人、東馬や蔵六に任せようと思う。俺はこれまで通り総括をするが、まだ発明されていない、こっちをやりたい」

 次郎はきょとん、としている。

「うん。やればいい。その辺の人員配置はいちいち俺に相談とか報告しなくていいよ。事後でもかまわないし。……ん? ひょっとして用件ってこれか?」

「そうだ」

 ……なんだそれ。

 自分がやってきた開発の歴史と、これからの可能性を自慢したかったのか? かまってちゃんか?

 次郎はなんというか、もう慣れたというか、悪気がないから怒れない。それに、信之介は本当に頑張っている。一之進はもちろん、お里にしたって同じである。

 次郎はふと、自分のわがままでみんなを振り回しているんじゃないかと、心配になった。照れくさいが、いつか聞いてみよう、そう考える次郎であった。




「先生、どういう事ですか?」

 廉之助が信之介につめよる。東馬も同じだ。そこに後から村田蔵六も加わる。

「なに、別段変わった事ではない。君たちなら出来る。そう見込んでの事だ」

 三人は信之介の言葉に困惑する。今までは助手として働いていたのに、研究主任としてやっていけと言うのだ。信之介がこれまで雛形を作った物を応用し、改良していけという事である。

「もっと教えてほしいのです」

「うん、教えるよ。でもこれまでみたいに全部じゃない。自分たちで考えていろんな物を作っていくんだ。もちろんわからない部分は聞きに来ていい。でもそれは最後の手段。わかるか?」

 要するにここは大学ではなく、研究施設だ、という事をいいたいのだろうか。最初は戸惑っていた三人も、最後には納得していた。信之介は研究開発全般に携わりながら、研究分野を細分化していったのだ。




 ■五教館大学 研究室 佐久間象山

「できるできるできるできる……俺は天才なのだ……」

 象山のブツブツが聞こえる。

 缶詰とドラム缶の研究には共通項があるだろうとの次郎と信之介の提案で、研究開発には佐久間象山が携わっているが、缶詰には鉛問題と開閉問題があった。

 鉛が害になる事がわかっていて、それをハンダ付けするなんて出来ない。確かに缶詰は欲しい。でも健康被害は看過できないのだ。

「信之介殿の言わんとしている事は理解できる。巻締めとか打抜き缶とか、よくわからん用語は多々あれど、鉄板を延ばしてそれを円筒形にし、ハンダを使っていたものを接合部を圧して、二重に曲げてくっつける……」

 頭で理解出来た事を図面に起こし、そのアイデアを工場の機械部へ持っていって作ってもらう。缶詰とドラム缶を比べたら、大は小を兼ねる? ではないがドラム缶の方が簡単なのだろうか。

「いや、そのドラム缶とやらも溶接が要るであろう……うーむ」




「Heer Shozan, wat is er aan de hand?(象山殿、どうされた?)」

「Nee, we denken aan blikken die geen soldeer gebruiken, dunner zijn en gemechaniseerd en in massa geproduceerd kunnen worden. Ook een manier om vaten te maken.(いえ、はんだを使わず、もっと薄手で、しかも機械化して量産可能な缶詰を考えているのです。ドラム缶の製造法も)」

「Geen soldeer, dun? Gemechaniseerd? Sorry, maar zelfs wij kunnen het niet, en jij ook niet. Trommels?(はんだを使わず、薄手? 機械化? 申し訳ないが、我々でもできないのに、無理でしょう。ドラム缶?)」

「……我々の師である信之介殿は、できる、と仰せだ」

「イマナント?」




 次回 第125話 (仮)『冷蔵庫の改良とダゲレオタイプかカロタイプか』

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