第133話 『継電器と隼人と幕府と佐賀』(1851/3/5) 

  嘉永四年二月三日(1851/3/5)  精|煉《れん》方 理化学・工学研究室

 一昨年の三月に電信機の公開実験に成功し、新たに送信距離の限界という課題に直面したブルークと宇田川興斎は、その距離を延ばすための試行錯誤を繰り返していた。

「先生、3kmでどうしても信号が弱くなり消えてしまいます。どうしたらいいでしょうか? 弱まった信号を元に戻す方法があればいいですが……」

 宇田川興斎が困った様子で尋ねると、ファン・デン・ブルークは考え込んだ。

「信号が弱くなるのは、電流が減衰しているからだろうね。距離が長くなると、抵抗が大きくなって電流が流れにくくなると考えれば、辻褄が合う」

 ブルークは日本語を勉強し、当然興斎はオランダ語を学んでいる。ブルークは他の研究もやっているが、興斎は電信一本である。そのため電気関係の用語はほぼ覚えてしまった。

 現代の第二言語学習者、つまり日本人が英語を習う時、日常会話が一番習得しやすいと言う人もいるが、実際には違う。(と、思う)なぜかと言うと、日常会話でも、どこからどこまでが日常なのか不明だからだ。

 その点ビジネス英語なら、IT系ならIT系、化学なら化学、金融なら金融と、ある程度使う単語は決まっている。航空自衛隊のパイロット、海上自衛隊でも言える事だが、コミュニケーションは英語だ。

 そのため、英語が喋れる。(と、思う)

 しかし下士官(海曹)や兵(海士)で、航空関係(管制やその他)で働く人もいたが、業務に支障なく必要な・・・英語は喋れたが、日常会話は中学英語レベルの人も多かった。

 文法がある程度しっかりしていて、ヒアリングができれば、同業種間での意思の疎通は、知らない人との一般会話より、語彙が少ない分簡単だと言えるだろう。

 だから、レストラン英語やホテル英語、観光スポット英語や空港英語など、シチュエーション毎に英語を学ぶのだ。
 
 使われている語彙が少なく、ある程度パターン化されているので覚えやすいだけで、それ=日常会話が簡単、というわけではない。(と、思う)




 興斎はうなずきながら、さらに質問した。
 
「では、弱まった電流を増幅することはできないのでしょうか?」
 
「……不可能ではないだろう。電磁石の原理を応用できるかもしれない」
 
 ブルークは電磁石について説明し始めた。
 
「電磁石は、電流が流れるコイルの周りに磁場を発生させる。この磁場を利用して、別の回路に電流を誘導できる。もし弱まった電流を電磁石に流し、その磁場で新しい電流を誘導できれば、信号を増幅できるかもしれない」

 興斎は目を輝かせてメモをとり、頭の中で繰り返しイメージした。
 
「つまり、弱まった信号が到達する地点に電磁石を置き、その電磁石で新しい電流を発生させれば、信号を元の強さまで回復できるということですね!」
 
「その通りだ。ただし、誘導された電流をさらに遠くへ送るには、また同じ問題が発生する。距離が長くなれば、また信号が弱くなってしまう」
 
 ブルークの言葉に、興斎は少し考えてから提案した。
 
「それなら、一定の距離ごとに電磁石を置いて、信号を中継していけばいいのではないでしょうか? 弱まる前に増幅を繰り返せば、遠くまで送れるはずです!」

 ブルークは興斎のアイデアに感心した。
 
「なるほど、それならうまくいくかもしれない。ただ、電磁石を次々に動作させるには、タイミングを制御する必要がある」
 
「スイッチを使えば、電流の流れるタイミングを制御できますね」
 
 興斎が言うと、ブルークも頷いた。
 
「そうだ。電磁石のスイッチを工夫して、信号を中継していく。それが実現すれば、遠距離通信の問題が解決するかもしれない」

 こうして、二人は電磁石を使った中継器の開発に着手することになった。まずは、電磁石の特性を詳しく調べることから始めることにしたのだ。




「先生、電磁石の巻き数を変えると、磁場の強さが変わるのでしょうか?」
 
 興斎が尋ねると、ブルークは実験を提案した。
 
「直接測定するのは難しいが、電磁石の吸引力を見れば、磁場の強さを推し量ることができると思う」

 二人は銅線を電磁石に巻きつけ、巻き数を変えながら実験を繰り返した。電磁石に鉄片を近づけ、引き付けられる力を観察した。
 
「先生、見てください! 巻き数が増えるほど、鉄片が引き付けられる力が強くなっています!」
 
 興斎が結果を報告すると、ブルークも頷いた。
 
「そのようだね。巻き数が増えれば、磁場の強さも増しているのだろう。でも、巻き数を増やしすぎると、コイルの抵抗も大きくなるかもしれない。そうなると電流が流れにくくなって、磁場が弱くなる可能性もあるから気をつけよう」

 次に、二人は電池の数に注目した。
 
「電池の数を増やせば、もっと強い電流が流れるのではないでしょうか?」
 
 興斎の提案で、電池の数を変えながら実験を行うことにした。
 
「電池の数を増やすと、理屈では電流は増えるね。電磁石の吸引力も強くなるだろう。でも、あまり多くすると発熱の問題が出てくるかもしれない。適切な数を見つけることが大切だ」
 
 ブルークの助言を受け、興斎は慎重に実験を進めた。

 実験を重ねるうちに、二人は電磁石と電池のバランスが重要であることを実感した。
 
「先生、巻き数と電池の数、どちらも適切に調整しないといけませんね」
 
「その通りだ、興斎君。電磁石の特性をよく理解することが、性能を上げる鍵になる」

 ブルークの言葉に、興斎は力強く頷いた。
 
 地道な実験を積み重ね、電磁石と電池の最適な組み合わせを探っていった。時には失敗もあったが、二人は諦めずに研究を続けたのだ。




 やがてブルークと興斎は、信号の増幅に成功した。

 しかし、継電器として機能させるには、スイッチ部分を作る必要があったのだ。二人は机の上に細い金属板、ネジ、金属の支柱などの材料を並べた。
 
 ブルークが金属板を手に取り、その柔軟性を確かめる。

「この金属板を使えば、電磁石に引き寄せられる接点を作れるだろう」

 興斎も金属板を手に取り、アイデアを膨らませた。

「先生、この金属板を支柱に取り付けて、電磁石のそばに配置すればいいのですね」

 ブルークは頷き、金属板を支柱に固定し始めた。
 
 慎重にネジを締め、金属板が適度な張力を保つように調整する。一方興斎は電磁石とスイッチの位置を微調整し、スムーズに動作するか確かめた。

 二人は試行錯誤を繰り返した。金属板の長さや厚さ、支柱との距離などを変えながら、最適な設定を探る。時にはうまくいかず、励まし合いながらも、二人は粘り強く実験を続けた。

 ようやく、スイッチが完成したとき、ブルークが言った。

「さあ、テストだ」

 興斎が電磁石に電流を流すと、金属板がすばやく引き寄せられ、接点が閉じた。電流を切ると、金属板は元の位置に戻り、接点が開いた。

「先生、うまくいきました! 信号に合わせてスイッチが開閉しています!」

 興斎の声が弾み、ブルークも満足げに頷いた。

「これで、信号を増幅しつつ、ON/OFFパターンを中継できる。継電器の主要部分が完成したね」

 二人は笑顔で握手を交わした。スイッチの完成は、継電器の開発に大きく前進する瞬間だった。

 お互いを称賛し合いながら、二人は継電器の残りの部分の製作に取り掛かった。長い開発の道のりはまだ続くが、二人の情熱と探究心は尽きることがなかった。




 ■大村藩江戸藩邸 <次郎>

 お、隼人から手紙が来てるな。どれどれ……。




 拝啓

 兄上、船大工の上田寅吉様は、快くお受けくださり、今ごろは大村へ出立しているでしょう。

 算学者の小野様ですが、かなり興味を抱いていただけましたが、今は笠間の御家中で江戸詰にて、すぐには難しいとのこと。

 田口様は今、江川様の塾から下曽根様の塾へ移っており、大変興味を持たれていました。近日中には大村へ向かわれると思います。

 あとの一人は大野様ですが、このお方も興味はあるようですので、障りなくお招きできると思います。

 やっと終わります。兄上も、お体に気をつけてください。

 敬具

 追伸

 兄上、私は交渉人ではありません。もう二度とこのような事はしたくないので、よろしくお願いします。

 二月一日

 隼人

 兄上様




 ごめん、隼人。もう大丈夫だろう。磁石は設置したからね。ありがとう。




 ■江戸城御用部屋 上の間

 御用部屋の上の間には、再び幕臣たちが集まっていた。阿部正弘は一同を前にし、静かに話し始める。

「方々、先般の大村家中への条件について再度協議し、決定しなければならぬと存ずる。牧野どの、まずは案の中身について確かめていただきたい」

「は」

 牧野忠雅ただまさが頷き、一歩前に出ると、手元の巻物を広げ、前回の条件を読み上げ始めた。その声は静かな部屋に響き渡る。

「まず第一に、建造の禁を廃すが、その技は公儀の監督下に置くこと。第二に、建造された蒸気船は、まず幕府の許しを得て用いる事。第三に、大砲等の武器の製造については、厳しく制限を加え、万事報告と許しのもと用いる事。第四に、他の家中への流出を防ぐため、大村家中と公儀の許しのある者の他は携わらせぬ事」

 要約するとこうだ。

 建造の最初から最後まで幕府の管理下に置き、運用の目的から航路をはじめとした全ての情報を共有し、幕府の許可が必要。武器の製造も同様で制限を加える事。他藩の人間を関与させない事、である。

 忠雅は一息ついてから、続けた。

「これらの条件が厳しすぎるとの大村家中からの申出により、この儀は一旦白紙となりました。されど伊勢守殿(阿部正弘)の意向により、幕府の威厳を保ちつつ大村家中の技術を得るために、条件を緩和せねばなりませぬ」

 部屋の中にいる老中たちは互いに視線を交わしながら、慎重に口を開いた。最初に声を上げたのは、久世広周だった。彼は眉をひそめながら、発言する。

「建造については監督下に置かねばならぬが、その運用に関しては、いま少し自由にやらせても良いのではないでしょうか。例えば、しばらくの運用後に、幕府の許しを得て正式に運用を認めればよろしい」

 久世の発言が終わると、次に阿部正広が発言した。彼の眼差しは真剣そのものであった。

「方々、ここは大きく譲歩しても良いのではないか、と存ずる」

 正広の言葉に牧野と久世以外の面々は驚いている。

「大きく譲歩とは? いったい如何いかに譲歩いたすのですかな?」

 松平乗全のりやすが代表するかのように聞く。

「されば、われらの最も重き事は、大村家中の技を得る事である。これは、相違ございませぬな?」

 相違ござらぬ、と万座がそれぞれ同意する。

「では、我らは是が非でも大村家中の技を得ねばなりませぬが、同時に最も譲れぬものはなんでしょうか?」

「伊勢守どの、左様な問答は時間の無駄にござろう。一体何が仰せになりたいのか」

 松平忠かたである。

「……そもそも、大船建造の禁は、何のためでござろうか?」

 正弘が全員に問いかける。

「何のためとは……それは、大船の建造を禁じて、諸大名の船手衆(海軍)の力を削ぐためにござろう。それをもって公儀の礎を固めんとしたのであろうから」

 そこです、と正広は話が終わるやいなや言った。

「何ゆえ禁ずるか、それは大名の力が公儀を脅かさぬようにでござる。禁を廃すれば、またたくまに全国の大名が造りだし、収拾がつかなくなり申す。それゆえ……それ故、禁を廃すは大村家中のみとし、つ、他の家中にその技が知られぬようにせねばならぬのです」

 ……。

 万座が静まり返って、全員が考える。

「それはつまり、建造を許すが、今後一切、公儀以外の者に技を教えてはならぬ。それを条件にして公儀は大村家中の技のすべてを得る、という事にござるか?」

 忠固の問いに正広が答える。

「左様。そうすれば他の大名に大村家中の技が知れ渡る事もなく、公儀が独占できるという訳です。なぜ大村家中だけ禁を廃すのか? と言われれば、技を得る見返りといえば、誰も文句は言えますまい」

 おおお、とか、なるほど、という声があがる。

「では方々、今後こんご一切、他の家中からの遊学の申込み・・・を認めない、これを条件に禁を廃す。この条件であれば、飲むでしょう。大村家中も大船建造の禁は廃してほしいはずですからな」




 こうして幕府側は、大村藩に今後は・・・他藩からの遊学の申込み・・・は認めない、という条件で大船建造の禁を廃す方向となった。




 ■江戸 大村藩邸




 寒冷の候、丹後守殿におかれては、ますますご清祥のこととお喜び申し上げ候。※下に超訳あり。

 長崎での和蘭船にて見合いき候後、未だ申し入れず候といえども、御家中と我が家中は境を接し、長崎警固の役目を同じく致して候間、この文をもって今後はよしみを通わしたく存じ候。

 此度こたびの蒸気船建造並びに大阪への航行、障りなく成した事、誠にお目出度く、お慶び申し上げ候。

 御家中の匠の技の素晴らしきに感銘を受け候間、わが家中の者を遊学させて頂きたく、お願い申し上げ候。

 無論、遊学の費えはすべて我が家中にて賄い候。

 ご多用中恐縮とは思い候得共、快くお受け入れくださいますよう、伏してお願い申し上げ候。

(長崎のオランダ船上で会って以降、手紙も交わしてませんが、もともと佐賀藩と大村藩は境を接してますし、長崎の警固でも役目を同じくしてました。これを機に仲良くしてください。また、蒸気船の建造と大阪までの運航おめでとうございます。技術力の高さに感服したので、勉強させてください。費用はもちろんこっちもちです。どうかよろしくお願いします)

 恐々謹言

 正月十五日

 肥前守 花押

 大村丹後守殿




「来たな」

「来ました」

「次郎、わしは時折怖くなるぞ。お主の言はよう当たる」

「お戯れを。されど、お褒めに預かり光栄にございます。……あとは、公儀の返事にございますが、我らが出府するまでには、何らかの申し出がくるでしょう」

「うむ」




 次回 第134話 (仮)『魚油・干鰯ほしかの増産と藩士続々。松代藩にて商談』

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