第154話 筑前仕置 驚愕の元就と宗麟

北九州を二分する 二つの二虎競食の計
筑前仕置 驚愕の元就と宗麟

 永禄十年 十月 小佐々弾正大弼純正

 結局、立花鑑載と高橋鑑種、秋月種実は本領安堵の国人衆の二を選び、宗像氏貞と原田隆種は四を選んだ。

 立花鑑載が糟屋郡と広田郡と嘉麻郡の三郡、鞍手郡の四十五ヶ村で十五万五千石。

 高橋鑑種は那珂郡と御笠郡の二郡で九万二千石。

 秋月種実は夜須郡、嘉麻郡、上座郡、下座郡の四郡で十三万三千石。

 宗像が三万石で原田が二万五千石、合計五万五千石。

 毛利領の遠賀郡と鞍手郡十五ヶ村の九万石を除く、十二万六千七百八十二石が小佐々領となった。

 しかし、従属領が直轄地より多いのはまずいな。親族領を入れれば勝っているが、どこかで調整をしないとよろしくない。

 最低でも従属は直轄地の三分の一以下に抑えよう。

 ■吉田郡山城 毛利元就

「なん、じゃと……。それは、まことか?」

(あの国衆を納得させ、筑前を平定し、宗麟を黙らせているだと?)

 齢七十を超え、家督はすでに嫡孫の輝元に譲っていたが、毛利家は、いわゆる二頭体制の形態をとっていた。

「誰か、正時を呼べ」

 しばらくして、

「正時、参上いたしました」

 世鬼一族の頭領、世鬼正時が現れた。

「その方、肥前の小佐々弾正大弼を存じておるか?」

「は、詳しくは存じませぬが、いまだ齢十八の若者とか。十二で家督をついでから、瞬く間に周囲を降伏、従属させ五島を除く肥前を手中に収めておりまする」

 わしはふむ、とうなずいてから、

「その弾正大弼について調べてこい。この一月で、筑前を調略をもって平定したようだ」と答えた。

「そのようにございますね」

「そうだ。これは宗麟などよりも、よほど手強い。豊前のわが城など、たちどころに攻略されるやもしれぬ。その方肥前に向かい、弾正大弼がどの様な男か、周りにはどの様な人物がおるのか、何をやろうとしておるのか。つぶさに調べて参れ」

「ははあ!」

 正時は出ていった。

(杞憂で終わればよいが)
 
 ■臼杵城 大友宗麟

「どういう事だ? 何が起こっている?」

 わしは報告を聞き終えて、使者に八つ当たりをしてしまった。

「いや、すまぬ。その方が悪いわけではない。下がって良い」

(宗麟ができぬのなら、弾正大弼が行え、と? あの男、朝廷にいくら金を積んだのだ?)

「誰かある!」

 わしは家老五人を呼び、協議する事にした。

 

 起請文の事

 筑前争乱の収拾のために大友左衛門督は小佐々弾正大弼に対し次の通り約す。

 一つ、本日より三ヶ月の間こちらから戦はしかけぬ事。

 一つ、争乱集結の手段は問わぬ事。

 一つ、合戦後の領主領土等の仕置は、合戦後に改めて協議の事。

 一つ、ただし上の合戦は降伏ならびに和睦等、いかなる話し合いも決せず、やむなく合戦に及んだ場合とする。その合戦後、すべての仕置は協議の上行う事。

 右、これ背く事においては、日本国中大小の神、帝釈、梵天、持国天、増長天、多聞天、天満天神、八幡大菩薩、愛宕の神々の罰が下りますでしょう。

 永禄十年 九月十五日

 大友左衛門督 宗麟

 

 しかも勅書にて、

『近頃の筑前の有り様遺憾極まりない。大友左衛門督ができぬのであれば、小佐々弾正大弼が筑前守も兼務して平安をもたらす様に。阻害する者は朝敵である』

 と書かれてある。

「これは、しかしやられましたな。あの沢森利三郎なる者、なかなかの知恵者」

 と吉岡長増。

「感心しておる場合か。しかし、どうする? 名目上、われらは何も出来ぬぞ」

 臼杵鑑速は言う。

「左様、これからどうするかが肝要にて、……しかしどうするか」

 頭を抱える吉弘鑑理に対して、戸次鑑連は反論した。

「どうするもなにも、こざかしい。戰場にて雌雄を決するのみ」

「それはならん」

 わしは即座に反論した。鑑連の気持ちも十分わかる。

「どうしたのだ鑑連。そなたらしくもない。熱くなっておるではないか」

 長増が答えると、

「熱くはなっておらぬ。ただ、どうにも具合が悪いのだ。戦国の世、騙し騙されは当たり前。戰場だろうが調略だろうが、勝った者が正しいのです。ただし、物事には限度があり申す。しかと大義をたて、名分をもって他を従わせなくてはなりません。そうでなくては人は動かぬ。しかるに、やつらはまさにその通りなのだ。まったく非がない。われらがどう動く、これからの世がどうなるかを知っているかの様に。まるでやつらの手の上で転がされているようだ」

 鑑連が不思議な事を言う。普段はこの様な事を言う男ではない。

「わしがこの約を破れば、もう誰もわしには従うまい。わしは朝廷に献金し、家格より上の左衛門督を賜った。さらに幕府に対しても献金を行い、六カ国の守護と探題職を賜った。また毛利に対しては宇佐八幡宮に寄進し、八幡大菩薩の神敵だと仕立て上げた。そのわしが、約を破るとなれば、もはや約など何の意味も持たなくなる」

「その通りです。勅書の内容や、起請文の内容に背く事を行ってはなりません」

 石宗が、ぼそりと、しかし皆に聞こえる様につぶやいた。

「どういう事だ?」

 わしは石宗に聞いた。

「言葉の通りです。言い換えれば、書かれていない事なら自由にやってよいのです」

「重箱の隅をつつく様な起請文の但し書きには、こちらも起請文にない、勅書にない、重箱の隅をつつく事をすればよいのです」

 角隈石宗は続ける。

「それに、毛利もこのまま黙ってはいますまい。必ず何か仕掛けてきます」

 なるほどな。わしは視野が狭くなっていたようだ。

「みな、わしは筑前に固執しすぎていたようだ。無論、重要ではあるがな。すべては人じゃ。宗像や原田の二人はともかく、立花や高橋、秋月が本当に納得して小佐々の提案にのったと思うか? 高橋にいたっては六郡の見込みが二郡に減っているのだぞ。このままでは立花より、秋月よりも下ではないか」

 どうすべきかわかって、腑に落ちた内容を話し続ける。

「それから五島に宗に武雄の後藤。やつらは小佐々の同盟相手だというが、そもそも同盟とは力がつりあった者どおしが交わす物。三者ともどうみても小佐々より格下ではないか。小佐々がこのまま奴らを放っておくか? また奴らも、これで将来は安泰だと、本当に考えているのだろうか」

 わしは皆に問うた。

「なるほど、その辺りを揺さぶるというわけですね」

 鑑連がうなずいて同意する。

「秋月にいたっては、無理に小佐々に反抗させる様に仕向けなくても良い。例えばわしらが筑前に攻め込むのは駄目でも、こちらに攻め込まれてやり返すのは問題なかろう」

 何をなすべきか、わかった。

「さようです。筑前に介入しなくても、中から崩れる様に仕向けましょう」

 石宗がわしの言葉に続き、全員が腑に落ちたようであった。全員に指示をあたえ、表向きは小佐々の仕置のとおりに動く事にした。

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