永禄十年 十月 小佐々城 小佐々弾正大弼純正
東南アジアとインド洋、そしてアフリカ東岸・西岸の航行の自由を確保するために、有力者のお墨付きが必要だ。
トーレスとは久しぶりに合う。以前は豊後府内を根拠地に布教をしていたが、今年の始めに居を移したいとの申し出が有り、許可をした。多比良城下に住まわせているが、そろそろ人口密度が厳しくなってきた。
すでにキリシタンの数は豊後の数倍となり、六万人を超えている。トーレスはそのキリシタンの日本での頂点、布教責任者だ。
俺はトーレス、アルメイダ、ヴィレラの三人を集めて話し始めた。
「久しいな。トーレス、アルメイダ」
「ダンジョウダイヒツサマニオカレマシテハ……」
「よいよい。大分日本語がうまくなったな。余には気兼ねせずともよい。気軽に話せ」
一応通訳はいるが、この時代の宣教師の博識さには驚かされる。日本に来る間に勉強しているのだろうか? 三人とも日常会話程度なら、問題なく話せる。
俺は南蛮人用に作らせた部屋に案内して、三人と話をしている。和洋折衷からの南蛮寄り、の様な部屋だ。テーブルと椅子、それから壁には掛け軸と、なんとも不思議な空間だ。
「忙しいところ悪かったな。さあ茶でも飲もう。菓子もあるぞ。いや、葡萄酒のほうが良かったか? 南蛮の物には負けるかもしれぬが」
一同に笑いが起きる。
「どうぞお構いなく」
トーレスが笑顔で返す。
「それはありがたい。それからアルメイダよ。豊後の病院や学校は良いのか? 肥前でも平戸と横瀬浦、それから口之津に病院と学校をつくって民を診察してくれているという。ありがとう。感謝する。銭はもちろん、必要な物があったら言ってくれ」
ありがたい話だ。本当に感謝している。
「ありがとうございます。感謝します。豊後は大丈夫です。後進の医師もおりますし、それに今ではこちらの人が多うございます」
そうか、それはよかった。ただ……。
「あまりこちらばかり贔屓にするでないぞ。宗麟公がやっかむ」
また一同が笑う。
「それでトーレス、もう一人の彼は?」
「彼は、ガスパル・ヴィレラと申します。平戸にて隆信公に退去を命ぜられた後、私の指示で京で布教をしておりました。義輝公が殺されたので、こちらに避難してきたところです」
そうか。この後に信長が上洛してキリスト教を保護するんだよな。ちょっと遅いが信長にも使臣を送ろう。
「そうか。ヴィレラ、よろしく頼む」
「こちらこそ。光栄ですダンジョウダイヒツサマ」
ヴィレラは初めてなので、少し緊張しているようだ。
「それで、今回はどうされました? 殿様がじきじきに」
トーレスが本題を切り出してきた。
「うむ。知っての通り、わが小佐々家は広く交易をしている。そなたら南蛮も含めて、明や朝鮮などな。そして、お主らの力添えもあって、自力で船を作り、大砲をつんで外洋に漕ぎ出す事もできる様になった」
「喜ばしい事です」
三人とも笑顔だ。
「そこでだ、海賊などは仕方がないとしても、南蛮人たちには誤解を与える事なく航海をしたい。そこで、通行手形ではないが、イエズス会東インド管区の日本布教区の責任者や次席、宣教師の署名があれば心強いと思ってな。どうだ、書いてくれぬか?」
「喜んで」
良かった。快諾してくれた。
俺たちがいかにキリスト教を保護していると言っても、現地の末端の人たちは知らないだろうしな。念には念を。リスクは極力排除しておかなければ。
もちろん、かれらは良心から同意してくれたと思う。しかし、マカオ市長もしくは総督か? マニラやマラッカもそうだが、宣教師以外は金が必要だろな。
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