太田の港に降りていくと、人でごった返していた。
叔父の利三郎政直と忠右衛門藤政がテキパキと指示をあたえている。
「よし、乗り込むぞ。平九郎は俺と一緒にこい」
「はい!」
と元気よく返事をして親父のあとについていく。
あ! 思わず息をのんだ。
「父上すごい! 縦帆です! しかも前と後ろに! ! うわ! これ木綿帆じゃないですか! !」
親父はニヤニヤしているものの、驚きを隠せない。
「そうだろう、そうだろう。よく知っているな! 木綿も縦帆も、金も手間も相当かかったが、その価値はある。まず日ノ本ではうちと旦那んとこ(小佐々水軍)くらいだろうよ」
この人本当にこの時代の人なの? 木綿はまだまだ高価だろうし、下の帆桁を外すのは戦国後期以降だぞ。縦帆にいたっては幕末まで進化する長い歴史のなかで、洋式帆船との和洋折衷で初めてでてくる。
発想からして織田信長か?
(木綿、つくろう。大量生産しよう。うしししし、ボロ儲け?)
和船ならぬ新型の帆船を見て起きた興奮が、戦の前の緊張や恐怖を和らげてくれているのだろうか。
「綿花も大量に栽培できればいいんですけどね。そうしたらもっと手軽に安く流通させられるのに」
「ん? つくっているぞ。なんだお前、まるで商人みたいだな。この前の新しい生業の話からそう思っていたんだが」
なんて? つくってる?
「じゃがさすがに全部は無理だ、少しずつ改良を加えて生産量を増やしているが、ほとんどが買っておる。おっと縦帆は南蛮船を参考にしておるぞ。どれだけ速く、効率よく進むかが、水軍の大事だからな! これは誰も知るまい。今回初お披露目じゃ。わはははは」
開いた口が塞がらない、とはこの事だろうか。
「口を塞げ口を。沢森の嫡男がみっともない」
だが、決して怒っているわけではない。口元に笑みを浮かべている。
「時は動いている。応仁の大乱から100年。幕府の権威は地に落ち、日ノ本のどこにいっても、誰もが所領を広げて力をつけようと必死になっておる」
「我ら沢森や小佐々だけが、帆別銭(入港料)や警固料(水先案内・警護料)のみで家を守ってはいけんだろうよ」
「ま、もっとも小佐々の旦那は金山や馬の生産でがっぽり儲けているようだがな。お前もそう思うからこそ、この前みたいな話をしたのだろう?」
「はい」
この人はなんでもお見通しなのか?
この人に付いていけば、この人の言う通りの事をしていたら、俺は何もしなくても、この先しっかり生きていけるんじゃないか? そう感じずにはいられない、包み込むような温かいオーラを放っていた。
「櫂備え! 櫂用意! 前へ! ……左櫂上げー! 右櫂上げー! 櫂用意、前へ! !」
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