未の初刻 四半刻後(午後一時半ごろ)
「申し上げます! 港の民家は焼失しておりますが、損害は軽く、民の被害もありませぬ」
「ほう。むだな殺戮はせぬ、か」
政忠達は島の北端を迂回して島の陰に隠れていたのだが、けもの道から山頂の金毘羅神社を越えて港へ向かった偵察が戻ってきた。
「また、本郷城に攻め寄せたる敵、安宅船一、小早が十にございます。湾内に錨を下ろし、城攻めを行っております」
「何? !」
政種は一瞬驚いた。そしてすぐにニヤリと笑い、決心して命令を発した。
「利三郎と忠右衛門は残れ! 合図を待ってまっしぐらに瀬戸の北側へ向かい、我らと入れ違いに南側へ抜けるのだ。抜かるなよ!」
「はは!」
本隊旗艦に乗艦していた二人は、それぞれ自分が指揮する艦へと戻っていった。
「よし、こっからは急ぐぞ! 錨あげ、帆走用意!」
政種の号令とともに乗組員がテキパキと動く。回頭した政忠たちは横風を受けながら中戸瀬戸をぬけ、南西に針路をとった。
「総帆展帆! (全ての帆をあげて帆走する事)」
すぐに全速力に近い速度になる。
「速いですね、この船は」
「なに、いい風だからな。それに南蛮の技術はすごい」
「いえ、その技術をためらいもなく取り入れ、兵たちに習熟させている父上のご|慧眼《けいがん》、まことお見事にございます」
「なんだ平九郎、怪我してから世辞がうまくなったな。わはは、悪い気はせんなあ」
二人して笑う。瀬戸の南側へ近づくにつれ、徐々に速度を弱める。
「畳帆! 信号矢用意!」
■未の正刻(午後二時ごろ)
「九郎様、早々に引き上げ、再度港を襲撃したのち、撤収いたしましょう」
一部勘解由は松浦九郎に撤退を進言する。
「何を申すか、城はまだ落ちておらぬではないか」
「城はこたびでなくとも落とせましょう。こたびは港の襲撃がお屋形様の命令でございます」
「何度も言わせるな! おぬしはいつもお屋形様お屋形様と……」
松浦隆信の弟で日陰者と揶揄されぎみの九郎は、納得がいかない。
「匹夫の勇!」
勘解由は叫んだ。
「な!」
「確かに一軍の将とは、期待され、指示された以上の事ができねばなりませぬ」
「されど! それは与えられた仕事ができた上での事でござる。それもせぬまま、功を焦って本来やるべき事を見誤るとはこれいかに! ?」
「っ……!」
九郎が勘解由の諫言に苦虫を潰していると、ばあん! 乾いた銃声のような音が響いた。
「何事か!」
勘解由は音が聞こえた方へ目をやる。
「まずい! 九郎様、撤収の合図を! このままでは挟み撃ちにされ、囲まれて脱出もままならなくなりますぞ!」
があんがあんがああああああん!
撤収の鐘が鳴り響くが、百数十人以上の兵がすぐに戻れるはずもない。しかも狭い湾内で、抜錨、針路変更、発進をスムーズに行うには時間がかかりすぎた。
無防備に艦尾をさらしている安宅船。
沢村隊は小早には目もくれず、旗艦にむけて鉄砲、火矢、焙烙火矢、焙烙玉、あらゆる攻撃を単縦陣で行う。敵船からは標的の幅が広すぎて的が絞れない。
通常、周りが開けている場所であれば、一隻を何隻もの小早が囲んで機動戦をしかけ、火器をつかって沈める。
しかしここは狭い。いかに小回りの利く小早でも、通常の旋回運動での攻撃はできない。
本隊の船団が瀬戸の北側へ抜けると同時に、島の北端から南下してきた別動隊が、瀬戸の南端へ向けて進みながら攻撃する。
その間、本隊は回頭して次の攻撃に備える。
「ええい、敵は乗船を目的とはしておらぬ。漕ぎ手も総動員で火を消せい!」
勘解由は乗員総出で火を消そうとするが、一度燃え上がった火はそう簡単に消えはしない。船からはもうもうと黒煙が上がっている。そうこうしているうちに、沢村軍の七ツ釜の援軍が到着した。
沢森本隊は何度目かの往復攻撃で南下する際に、信号矢を上げて、瀬戸の南端を七ツ釜軍が塞ぐよう依頼する。
松浦軍の安宅船は燃えつつもようやく方向転換し、瀬戸を脱出しようと試みているが、瀬戸の中央に松浦軍の安宅船があるので、右側でも左側でも通り抜けるのが難しくなってきた。
「これが最後だな」
政種はそう思い、麾下の船に攻撃準備を伝達する。先頭の正種と政忠が乗っている旗艦が、安宅船を通り過ぎようとしているその時……。
ぱあんぱあん!
二発の音がした。
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