正元二年十二月十四日(256/1/14⇔2024年6月18日8:00) 狗奴国 蓬原宮処
「日出流王よ」
「なんだ」
「近ごろ面白い話を耳にしました。何やら弥馬壱国に異国の民が現われたそうですぞ」
狗奴国の都である蓬原の宮殿で、日出流王と軍事面の最高責任者熊襲帥の会話である。
「ほう、異国の民とな。どこの国の者だ? 中土(中国)の者ではないのか?」
日出流王は興味を示しながら問いかけるが、熊襲帥は首を横に振りながら答えた。
「それがはっきりとしないのです。噂によると、弥馬壱国の西、已百支国の宮田邑に現われたそうなのですが、彼奴らの服装や言葉遣いが全く見たことも聞いたこともないものだとか。まるで天から降ってきたかのようだと」
「ふむ……已百支国であれば、やはり中土、魏もしくは呉の民が流れ着いたのではないか?」
「いいえ、そうではないようです」
熊襲帥は慎重に言葉を選びながら続ける。
「中土の民とも全く異なるそうです。彼奴らの言葉は吾等の言葉に似ているとも聞きますが、同時に奇妙な言葉遣いもあるとか」
日出流王は眉をひそめた。
「吾等の言葉に似ている? 然れど見たこともない服装で、奇妙な言葉遣い? 如何なることだ」
「子細はまだ掴めておりませんが、彼らは驚くべき智恵と技を持っているようです。病を治す術や、作物の育て方、さらには金属の扱い方など、我々の想像を超える技を持っているとの噂です」
王の眼が鋭く光った。
「ほう。それは興味深い。で、その異国人たちは今どうしている?」
「壱与のもとに匿われているそうです。弥馬壱国の都、方保田東原の宮処に滞在しているとのこと」
「なるほど」
日出流王は立ち上がり、部屋の横に並べられている弓や刀剣類をさわり、振りかざしたり弓を射る素振りをみせる。
「面白い事を聞いたの。もしその噂が本当ならゆゆしき事だ。これ以上弥馬壱国の力が増してはならん」
「はい。我が国にとっては脅威となり得ます。彼奴らの知や技が弥馬壱国の力を強めれば、吾等の力が弱まる事と同じです」
日出流王は熊襲帥を振り返った。その目には決意の色が宿っている。
「ならば、吾等もその力を手に入れねばならん。異国人たちの正体を突き止め、可能ならば彼らを我が国に招き入れる。それが難しければ……」
日出流は言葉を濁したが、熊襲帥にはその意図が伝わった。
「……かしこまりました。早速、斥候を送り、詳しい情報を集めましょう。その後適した策を練りたいと存じます」
「よかろう。だが、慎重に行動せよ。壱与に気づかれては元も子もない。まずは物見に専念するのだ」
「はい、細心の注意を払います」
熊襲帥は深く頭を下げた。
■弥馬壱国 方保田東原の宮処
「え? センセ何してんの?」
「え? 何が? ……うわあっ!」
咲耶の声に驚く修一であったが、なんと横には壱与がいて、修一の傍らに寄り添っているではないか。後ろを見ると女官長の伊都比売(イツヒメ)が笑いをこらえて黙って立っている。
修一は美保が悪ふざけでやっているのだと思って気づかなかったのだ。飛ばされてくる前、美保はそうやって修一おじさんをからかっていた。
「何してんの! 壱与?」
「何っていつもの通りじゃ。祭事やいろんな事で忙しいからの。いつもやっていたではないか」
「いや、壱与、みんないるんだからさあ……。誤解を生むような発言は止めようよ」
「なんじゃ、修一は吾がこうやってやるのは嫌いなのか?」
「いや、そうじゃないけど……」
壱与は美少女である。詳細な生年月日は不明だが、伊都比売同様20歳前後である。そんな壱与は、日出流王と熊襲帥が秘密計画を立てているとは露ほども知らない。
むしろこうやって修一達と過ごす時間が楽しいようだ。6人が増えてさらにそれはエスカレートしている。女王だ日弥呼の跡継ぎだと呼ばれても、20歳の女の子に変わりはない。
育った環境や時代が違っても、やはり楽しいのであろう。修一も今は20歳になっている。現世での修一も壱与にとっては魅力的(父親みたい?)であったが、また違う意味で好感を抱いているのは確かだ。
修一は困惑した表情で周りを見回した。咲耶は面白そうに、他の学生たちも興味津々といった様子だ。
「あの、みんな。誤解しないでくれよ。これは……」
修一が言い訳しようとすると、壱与が割り込んだ。
「何を恥ずかしがっておる、修一よ。お主は吾の大切な客人じゃ。そして、吾にとって特別な存在じゃ」
壱与の率直な言葉に、部屋中が静まり返った。修一は顔を真っ赤にして、何も言えなくなってしまう。
「へぇ、センセ。女王様に気に入られちゃったんですね」
「違う! 違うんだ!」
美保が冗談めかして言うので修一は慌てて否定するが、誰も信じていないようだ。
「皆様、そろそろ昼餉の時間でございます。食事の準備が整いましたが、いかがしましょう?」
伊都比売がせき払いをして、場の空気を和らげようとした。
「おお、そうじゃな」
壱与は嬉しそうに言った。
「みんなで一緒に食事をしよう。修一、お主の隣に座るぞ」
「わかったよ、壱与。みんな、行こうか」
修一はため息をつきながらも、微笑みを浮かべた。
6人は笑いながら、修一と壱与の後に続いた。彼らは容認できない現実の中で、なんとか生き延びようと、この異世界での新しい日常を楽しもうと考えているようだった。
食事の間、話題は自然と現代の技術や知識に及んだ。
「ねえ、センセ」
槍太が口を開いた。
「俺たちの知識を使ってこの国をもっと良くするって、できるのかな?」
「うーん、そうだな。前にも言ったが、今できることをやりつつ、弥馬壱国を強くし、そしてオレ達は帰る方法を見つけなければならない」
全員が大学生で専攻を持っていたし、考古学以外にも趣味やサブ的な知識と現代知識を駆使して考えていた。
・修一は全般。考古学・古代史・古代語他。
・比古那は医学全般で実家が造り酒屋。
・尊は農学部で実家は農業と漁業の兼業。
・槍太は工学部で実家は小さな造船所(鉄工所)
・咲耶は医学部で実家は産婦人科医院
・美保は農学部(山林関係)で実家は田舎の大地主(山の事ならなんでも?)
・千尋は機械工学部で実家は紡績工場
修一と6人の会話を壱与はニコニコしながら聞いている。
「お主たちの智恵は本当に素晴らしく、ありがたい。吾の国をより良いものにしていこう。そして、お主たちの故郷に帰る道も、きっと見つかるはずじゃ」
一同は笑顔でうなずき、食事を再開した。
彼らは過去と未来の狭間で、確実に変化をもたらそうとしていた。
しかし彼らは知らなかった。遠くの森の中に潜む狗奴国の斥候たちが、この不思議な集団がもたらす可能性のある脅威と機会について、調査を行い報告をしようとしている事を。
次回 第24話 (仮)『車輪と家畜と道路』
コメント