安政七年一月二十日(1860/2/11)
次郎は川路聖謨と協議の上、ロシア側に慰謝料を払って貰う事と、今後の事件再発防止のために新たな条約を締結する事でゴシケーヴィチとの間で合意した。
慰謝料は1人あたり500両で30名分の1万5千両。施設の損害や作業中断の損失、外交上の損害等々は問わない事とした。
取り決められた条文は以下の通り。
1. 日本の領域侵入:段階的に対応する。警告から始まり、最終的に武力行使も可能。
2. 明らかな主権侵害:日本は即時に武力行使を含む対応をとれる。
3. 国境周辺での示威行為や測量:日本が警告を発し、ロシアは従う。
4. 条約違反:日本がロシアに賠償を請求でき、ロシアは従う。
5. 領土・主権の範囲:固有領土、人口構成、土地所有、実効支配、経済依存度で判断する。(※詳細は本話最後部分にて記載)
6. 国境:両国で定めた境界線に従うが、第6条の条件が優先される。(※詳細は本話最後部分にて記載)
7. 不明確な地点:国境周辺とみなし、特別な規定を適用する。(※詳細は本話最後部分にて記載)
8. 境界の明確化:合同調査委員会を設置し、詳細な地図を作成する。
9. 紛争解決:両国で協議し、必要に応じて第三者による調停または仲裁を受ける。
10. 実効支配地域の紛争:支配国の主張を優先する。
11. 非当該国民の権利:文化、言語、教育の権利を保護する措置を講じる。
(※全文は本話最後部分にて記載)
次郎が将来のことを見据えて締結したのは言うまでもない。
■江戸 大村藩邸
「よし、では次の者、父親とともに中に入るが良い」
藩邸の門前に並ぶ長い列から、一組の親子が恐る恐る一歩を踏み出した。
父親は40代半ばといったところか、禿げ上がった頭に心なしか汗が光っている。その隣には、まだあどけなさの残る十二、三歳ほどの少年が立っていた。
門をくぐると広々とした庭が広がり、そこかしこに西洋風の装置や、見慣れない機械が置かれている。父親は息を呑み、息子は好奇心に目を輝かせた。
案内役の藩士が二人を応接間へと導く。
障子や畳があり、椅子やテーブルが置かれた和洋折衷の空間に、二人は戸惑いながらも座った。
「ようこそ大村家中江戸屋敷へ」
穏やかな声に二人が顔を上げると、そこには和服姿ならもどこか異国の雰囲気を醸し出す男性が立っていた。浅田千代治。大村藩江戸元締役である。
次郎とは家老になってからであるが昵懇の仲で、次郎不在の江戸での差配を、江戸詰家老とともにになっている。昵懇なので、思想や言動も幕末人らしくない。
「さて」
千代治は威厳を保ちつつも、やや柔和な表情で父子を見た。
「そなたたち、名を名乗れ」
父親が慌てて頭を下げ、震える声で答える。
「はっ。あっしは神田司町に住んでおります荷運び稼業の佐野弥助でございます。こちらは倅の佐助でございます」
千代治は軽く頷いた。
「うむ。では弥助よ、この募りを何処で知った」
今度は少年・佐助が勢いよく答えようとしたが、父・弥助が慌てて制する。
「申し訳ございません。日本橋の高札場にて、『大村家中にて学び、給金をいただけると』の告知を見つけまして……」
もちろん、詳細は書いていない。書いていれば余計なところから茶々が入るからだ。ただの募集の立て札である。
千代治は少年の熱意と父親の慎重さを見て取り、わずかに表情を和らげた。
「うべな(なるほど)。然らば何故応じようと思った」
「はい……倅の将来を案じまして。江戸は込み合っておりますゆえ、このままでは……」
弥助は恐る恐る答えた。
千代治は静かに頷き、さらに問う。
「では弥助、佐助は読み書き算盤は能うのか」
「はい、寺子屋に通わせておりまして、読み書きはそれなりに。算盤は商売柄、あっしが教えておりますので、かなり上達しております」
千代治の問いに、弥助は少し誇らしげな表情を浮かべて答えた。
「然様か。然らば中等部からの学びとなろうが、家中では給金も出すが易き事ではない。月に一度は試験問答があり序列が決まる。それによって給金が変わるわけではないが、一定の域に達せねば退学となり送り返される事となるが、よいか?」
千代治の言葉に弥助は一瞬たじろいだが、すぐに決意を固めたようにうなずく。
「はい、覚悟いたしております。佐助、お前はどうじゃ?」
「はい! どんなに難しくても頑張ります! 退学なんてされません!」
佐助は真剣な面持ちで答えた。千代治は少年の決意に満足げな表情を浮かべ、さらに説明を続ける。
「よかろう。では次じゃ。給金は初め月に二両二分。これは決して多くはないが、家中が衣食住を用立てるゆえ、そなたの学びと生活には十分であろう。そのうち一両は必ず親元へ仕送りとなる。そのまま海軍もしくは陸軍士官となれば、昇進もある。無論俸禄も増えよう。それでもよいか?」
「そ、それだけあれば十分でございます。ありがたい話で……」
弥助は驚きの表情を浮かべた。
「あい分かった。ではおって沙汰いたすゆえ、自宅にて待つが良い。次の者!」
次郎は陸海軍創設のおりから、大村藩の人口を考えて江戸・大阪・京都で同様の募集をかけていたのだ。
■大村藩庁
「倍ですと? 太田和殿、家中の財政については月に一度聞いておる故得心しておるが、海軍の船を倍にして陸軍も増やすとなれば、さすがに賄えぬのではないか?」
反対派、という訳ではないが、あまりの金額に慎重論が出るのも無理からぬ話であった。
「殿、恐れながら申し上げます」
次郎は純顕、利純に対して発言した。
「申してみよ」
「は、恐れながら只今、皆様方のおかげにて、わが家中の歳入は公儀をはるかに超えるものと成りましてございます」
「……うむ」
公儀を、超えた、だと? 万座がざわめき、次郎に注目した。
「歳入はおおよそ百六十万両。歳出は百二十万両となりまする。しかして海軍の維持費は約四十万両にて、倍になるとしても歳入にて賄えます。また来年倍になる訳でもございませぬゆえ、数年の後に倍になったとて、歳入も増えておりますれば、障りなしと存じます」
万座はまだ静まりかえったままだ。公儀を超えた、という衝撃が大きい。
「して、歳入はその海軍費の増加にあわせて増える見込みはあるのであろうな?」
「は。まずは長崎にてオランダのみに限られておりました茶や石炭、生糸の貿易が、亜墨利加・英吉利・魯西亜・仏蘭西とも能うようになり、増加いたします。加えて横浜と箱館の開港で取り扱い量も増えまする。また公儀と金を出しあいて駿河の茶園の草分けを行い、加えて天領における灯油の生産も見込めますれば、海軍費の倍増ならびに造船費をもってしても余りあるかと存じます」
「ふむ、利純、如何思う?」
純顕は次郎の上書を受けて弟の利純に問うた。
「兄上、次郎の案は理に適っていると存じます。我が家中の取り組みにて斯程の歳入増加をなし得た事は驚くべきことです。海軍の拡大も、我が家中の在り方を日本中に知らしめる事となりましょう」
純顕の問いに、利純はしばらく考えた後、答えた。
かくして、次郎の計画通りに進むのであった。
次回 第245話 (仮)『驚天動地』
日露領土主権条約
第1条 日本国の領域への無断侵入
1. ロシア帝国の軍隊または民間人が日本国の管理する領域に無断で侵入した場合、以下の措置を講じる。
a) 日本国は最初に警告を発するものとする。
b) 警告に従わない場合、日本国はより強い措置を講じる権利を有する。
c) それでも退去しない場合、日本国は必要に応じて武力行使を含む断固たる行動をとる権利を有する。
第2条 主権侵害への対応
1. 日本国の領土への侵入や日本国民の生命・財産への危害など、明らかなる主権の侵害が発生した場合、日本国は即時に武力行使を含む断固たる行動をとる権利を有する。これには交戦による排除、または海上での撃退を含むものとする。
第3条 国境周辺および沿岸部での行為
1. 国境周辺ならびに視認できる沿岸部での以下の行為は警告の対象とする。
a) 明らかなる示威行為
b) 測量ならびにそれに準ずる日本国の国益を損なう恐れのある行為
2. 上記の場合、日本国は警告を発する権利を有し、ロシア帝国はこれに直ちに従わなければならない。
第4条 異議申し立ておよび賠償
1. 第1条から第3条に規定する事態が発生した場合、ロシア帝国は日本国の行動に対していかなる異議も申し立てることはできない。
2. 日本国は、これらの事態に関連して生じた損害に対し、ロシア帝国に賠償金を請求する権利を有する。
3. ロシア帝国は、日本国からの正当な賠償請求に従わなければならない。
第5条 解釈および適用
1. 本条約の解釈および適用に関する疑義が生じた場合、両国は誠実に協議し、平和的に解決するものとする。
第6条 領土と主権の及ぶ範囲の定義
1. 以下の場合、当該地域は一方の国の領土および主権の及ぶ範囲とみなす。これらの場合、必ずしも両国の合意を必要としない。
a) 固有の領土である場合
b) 当該国民が住民の大多数を占めている場合
c) 当該国民が専有する土地が大部分を占めている場合
d) 当該国が実効支配している場合。実効支配とは、以下の要素を含むものとする:
i) 当該地域において行政権を継続的に行使していること
ii) 当該地域に公的機関(役所、警察署、学校等)を設置し、機能させていること
iii) 当該地域の住民が当該国の法律や制度に従っていること
iv) 当該地域において徴税等の国家機能を遂行していること
v) 当該地域の防衛や治安の維持をしていること
e) 非当該国民が当該国民による経済活動において恩恵を受けており、依存の度合いが高い場合。この依存の度合いは以下の要素を考慮して判断する:
i) 非当該国民の主要な収入源が当該国民の経済活動に由来していること
ii) 非当該国民の生活基盤(インフラ、公共サービス等)が当該国の経済活動に依存していること
iii) 非当該国民の雇用の大部分が当該国民の経済活動によって提供されていること
iv) 当該地域の経済システムが当該国の経済システムと密接に結びついていること
2. 前項に該当する地域において、相手国が異議を唱える場合、両国は誠実に協議するものとする。ただし、協議の結果如何にかかわらず、本条第1項の規定が優先されるものとする。
3. 実効支配および経済的依存の事実関係について疑義が生じた場合、客観的な証拠に基づいて判断するものとする。この場合、国際的に認められた中立的な第三者機関による調査を要請できる。
4. 本条第1項e)の規定により領土および主権の帰属が決定される場合、非当該国民の権利と利益を保護するための措置を講じるものとする。これには、文化的権利の保護、言語の使用、教育の機会の確保などが含まれる。
第7条 国境の定義と解釈
1. 国境は両国間で定められた境界線に従うものとする。ただし、第6条に規定する場合はこの限りではない。
2. 当該事案発生地点がどちらの国に属するか不明または不明瞭な場合は、その地点を国境周辺とみなす。
3. 陸上において川、道路、建物、柵等で明らかに区別されている場合は、その内部を当該国の主権の及ぶ範囲とする。
第8条 国境周辺での行為
1. 第7条2項に定める国境周辺での行為については、第3条の規定を適用する。
2. 第7条3項に定める区域内での行為については、第1条および第2条の規定を適用する。
第9条 境界の明確化
1. 両国は、本条約の締結後、速やかに合同調査委員会を設置し、国境の詳細な調査および明確化を行うものとする。ただし、第6条に規定する場合はこの限りではない。
2. 合同調査委員会の調査結果に基づき、両国は国境の詳細を定めた地図を作成し、これを本条約の付属書として添付する。
第10条 紛争解決
1. 本条約の解釈または適用に関して生じた紛争は、両国間の協議により解決するものとする。
2. 協議により解決できない場合、両国の合意の下で第三者による調停または仲裁に付託ができる。
3. 第6条に規定する場合において紛争が生じた場合、当該地域を支配する国の主張が優先されるものとする。
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