正元三年一月十六日(256/2/16⇔2024年6月19日16:00) 弥馬壱国 方保田東原の宮処
「車輪?」
壱与が首を傾げた。修一は大きな円を手で描きながら説明を続ける。
「そう、車輪だ。これを使えば、重い荷物を楽に運べるようになる。今は人が背負ったり牛に担がせてはいるけど、車輪があればもっと効率的になるはずだ」
「効率?」
壱与は不思議そうに修一に聞く。
「えーっとね。1度にたくさん運べたり、遠くへ運べたり、早く運べるって事さ」
「うーん……それを、使えばできるという事か?」
「そう! あの……オレの時代に壱与が飛んだ時に、車に乗ったろう? あの車の下についていた4つの丸い輪っかだよ」
「……ああ、あれか!」
やっとイメージが浮かんだようである。
「それを木でつくるんだ」
「じゃが、如何にして作るのじゃ?」
修一は微笑んで答える。
「それが難しいところなんだ。まず、丈夫な木材が必要だ。それから、車軸を支える部分も作らなければならない。槍太、お前のところの造船所での経験が役立つかもしれないな」
槍太の実家は造船所で、小型の船舶を造船していた。大抵はFRPの漁船であったが、たまに木造の漁船も造っていたのだ。その槍太が目を輝かせて答える。
「任せてくれ! 木の扱いなら得意だ。でも、車輪の丸さを保つのが難しそうだな」
「そうだな。完全な円を作るのは簡単じゃない。でも、少しずつ改良していけば、きっと上手くいくはずだ」
修一は同意した。
考えられる一番簡単な方法は、大きな木を切ってきて輪切りにして削り、そのまま車輪にする方法だ。原始的な方法ではあるが、ある程度正確に車輪の体をなしている物を作るまでは、代用しよう。
「私、山の木のことならわかるわ。どの木が適しているか、調べてみる」
美保が手を挙げた。
「それは助かるな」
修一は感謝の意を示して続ける。
「硬くて丈夫な木が必要だ。カシなんかがいいけど、その辺は実際にやってみて確かめていこう……」
「そういえば、修一。先日話していた家畜のことじゃが、どうなった?」
壱与は熱心に聞いていたが、突然思い出したように言った。
「ああ、そうだった。家畜の飼育も重要だ。特に牛と馬は、農耕や運搬に欠かせない」
「馬とは?」
壱与が言った。
この時代にはまだ日本に馬は渡ってきていない。至急朝鮮半島から輸入しなければならないが。そういえば牛は日本古来のものなのだろうか?
いや、違う。
渡来人がもたらした物であろうが、いずれにせよ大型船がなければ運搬は不可能だ。準構造船では規模に限界があるため、早急に構造船を建造できる体制を整える必要がある。
それにはまず渡来人の技術者か……。
馬の説明を壱与にした修一はさらに続ける。
「そうなんだ。家畜を増やす必要があるな。それと、飼育方法も改善できるはずだ。尊、お前の家は農業をやっていたよな?」
尊はうなずいた。
「ああ、牛の世話はよくやってたよ。餌のやり方とか、小屋の作り方とか、いろいろ工夫できそうだ」
「素晴らしい! それと、豚や鶏も重要だ。豚は肉の供給源になるし鶏は卵だ」
「家畜が増えれば、食料事情も改善されるよな。それに、糞尿を肥料として使えば、農業の生産性も上がるはずだ」
比古那が考え込むように言った。
修一は比古那の言葉にうなずいた。
「そうだ、それが狙いなんだ。家畜の糞尿を肥料として使うことで、農作物の収穫量も増える。ここ何日か見てきたけど、肥料を使った形跡がないんだ。ここで肥料を導入すれば大きな変化をもたらすはずだ」
「でも、その分、畑も増やさないといけないわね」
修一の答えに咲耶が口を挟んだ。
「その通りだ。土地の開拓も必要になる。家畜を増やして農業の規模を広げることで、より多くの人が食べ物に困らなくなる」
咲耶の問いに修一が答えると、今度は美保が考え込みながら質問する。
「でも、今ある人手では限界があるんじゃない? 開拓に必要な労働力をどう確保するのか、それに開墾するための道具も不足しているでしょう?」
「そこが一番の問題だな」
修一は頭をかきながら答えた。
「しかし家畜を使って耕作を効率化できれば、人の手よりもはるかに速く畑を耕せる」
「だから、家畜が重要なのね」
「その通り。そして次は道具だな。幸い鉄は豊富にある。鉄製の農具や道具をつくれば効率は格段に上がる」
修一は一同を見回しながら、今後の課題が少しずつ整理されていくのを感じた。
「みんな、それぞれの強みを生かして協力し合おう。大きな目標だけど、少しずつ進めていけば、必ず実現できる。まずは、車輪と家畜の飼育からだな。最初の一歩を踏み出そう」
全員がうなずき、次の行動に向けて準備を始めた。
弥馬壱国における住居は、修一には1人用の物があてがわれたが、比古那達6人は男用と女用で2つ用意されただけである。
6人が自宅に帰ったあとも、修一は夜空の星を眺めながら、宮殿のテラスのような所で考え事をしていた。
突然、壱与が修一の横にきて、体を寄せてきた。変な意味はない。壱与にとってはそうする事で落ち着くのだろう。修一も黙ってそれを受け入れている。
「修一、汝らは優秀だな」
修一は壱与の言葉に一瞬戸惑ったが、優しく微笑んで答える。
「いや、オレたちはただ、知っていることを少しずつ教えているだけさ。それに、みんなが協力してくれているおかげだよ。壱与達にはほんとに世話になって、助かってる」
「それでも、吾らが知らぬことを知っておるのは汝らだ。吾が汝に頼る理由もそこにある。だが、時折不安にもなるのだ。このままでは汝に全てを頼ってしまうのではないかと……」
壱与はふふふ、と笑いながら静かにうなずき、夜空を見上げた。
その言葉に修一は少し驚いた。壱与が不安を感じているとは思っていなかったのだ。彼女はいつも堂々とし、リーダーシップを発揮していたからだ。
「壱与、そんなふうに思わなくていいよ。オレたちが助けられることは助ける。でも、この国を動かしているのは君たちだ。オレたちはあくまで手助けをしているだけ。最終的には君たちが決めて、進めていくべきなんだ」
壱与は静かに修一の言葉を聞き、しばらく沈黙が続いた。夜風がそっと彼女の髪を揺らす。
「そうか……そうだな。私がこの国を導く者として、しっかりと歩み続けなければならない。それは変わらぬ事実だな」
修一はうなずき、穏やかな声で言った。
「お前ならできるよ。自分を信じて進めばいい。オレも、みんなも、いつでもサポートするからさ」
壱与は微笑み、そっと修一に寄り添った。
「ありがとう、修一。これからも、よろしく頼む。……その、いつまでも、吾と一緒にはいてくれぬか?」
「え?」
修一は壱与の言葉に驚き、一瞬言葉に詰まった。彼女の真剣な眼差しに、心臓が早鐘を打つのを感じる。
「壱与、それは……」
修一は慎重に言葉を選びながら続ける。
「壱与、よく聞いて。オレはこの国が好きだし、壱与のことも大切に思っている。でも、オレたちがここにいる理由はまだわからないんだ。いつかは元の世界に戻るっていう気持ちが、何とかみんなを頑張らせている」
壱与の表情に一瞬の悲しみがよぎった。しかし、すぐに彼女は強さを取り戻す。
「そうじゃな。汝らには汝らの世界があるのだ。だが、今はここにいてくれる。それだけで十分じゃ」
あれ? オレって今、告られた? そう思う修一であった。
次回 第25話 (仮)『壱与とデート』
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