第350話 息子織田勘九郎信忠より父である織田弾正忠信長への手紙

西国の動乱、まだ止まぬ

 永禄十二年 十月 岐阜城

 

 父上、勘九郎(信忠)が筆を取りまする。

 小佐々家中の新造の船ガレオンなるものにて薩摩へ向かいて、弾正大弼様の戦を見届け奉るという、光栄の任を受け候えど、我が身は合戦の見届け役に過ぎず、合戦への介入は一切ないと契り、血判状を差し出し候。

 今航海、その為すべき事は、大筒により敵を討つ様を見届け奉ることにあり。

 始めに目を奪われたのは、小佐々の軍船のその巨大な姿なり。その長さ、三十間半(55.35m)、幅は六間(11.25m)、深さは二間(3.8m)と聞けば、人々は疑念を抱くに違いなし。

 しかれども、その大船がいかに水面に浮かぶと問われても、何一つ問題なく、帆を振り立て、大海を豪快に駆け抜ける様は、実に壮観なり。

 船頭の指し示すままに無事に出航し、佐多岬の沖に至り候。

 敵の砦を目掛けて大筒が放たれ、その轟く音は、われら見届け役すらも身動きが取れぬほどにござ候。

 然るに何にもまして、小佐々の船団が戦の渦中においても、心頭冷やして一心不乱なる様子は、見事にして心奪われ候。

 船団は大筒を傾けつつ、巧みに撃ち続け、ついに敵の砦を打ち壊し候。大筒の音が鳴り止んだ後、彼らは打つのを止め、禰寝の湊へと舵を切り候。

 父上、この度の海戦の体験をもって、我が織田家でも海上の兵の備えを強化すべきかと存じ候。海上の兵を充実させることは、父上の天下一統にとって欠かすべからざる事と存じ候。

 

 信長は信忠をはじめとした留学生全員、二十五名の報告書兼手紙を読んでいた。

 小佐々の内情を、これ以上くわしく語るものはないからである。家族あての手紙ももちろんあったが、それは家族が読んだ後、了承を得て読んでいた。

 当たり障りのない家族への手紙の中に、小佐々をもっと知るための手がかりがあるかもしれない、と考えたのだ。なんでもかんでも見せろ、などという無粋な事はしない。

 それにしてもガレオンとはなんぞや? 純久たち小佐々大使館の連中が使っている、堺湊に泊めてある船のもう少し大きなものであろうか、そういった疑問が信長の頭にふつふつと湧いてくる。

 傍らに九鬼嘉隆と滝川一益がいる。

「嘉隆、一益よ、どうだ? なにか思うところはあるか」

「は、まずはその大きさにございますな。これだけの大きさの船、動かすのにどれだけの人が必要か。また、その大筒とやらがどれほど飛び、どれほどの力をもって曲輪を打ち壊すのかにございます」

 そう話すのは、信長の伊勢平定を受け、北畠に押さえ込まれていた志摩の国人海賊、九鬼嘉隆である。嘉隆は信長の命をうけ、織田水軍の創設と軍備の増強を命じられていた。

「しかし、これほどのものを作るとなると、銭がいかほどかかろうか。より良い物、長い物、重い物、早い物、いわく常より優れたものは銭がかかりまする」

 大砲、改良鉄砲の製造を任されていた滝川一益である。大砲の弱点を見抜き、改良を加えるとともに、独自の鉄砲の開発を進言し実施していた。

「それは実際に見積もってみぬと分からぬであろう。それからもうひとつ、これは森長可のものだ」

 

 禰寝の湊より後、国見城に兵を進め候。陣を整えて待ち構え、将は敵の位置と高さを見定め候。次いで大筒の手練れどもは、玉を放つ高さの具合をととのえ候。

『撃ち方始め』なる合図の声にて、船の右側に備え付けたる大筒がいっせいに火を吹き候。

 玉の飛び出る音はまるで吠え声がごときにて、天に鳴り響き候。玉は空を飛び、国見城の本丸に命中せんとす。雷のごとき音と煙が本丸を覆い候。幾たびかの攻めにて、本丸の姿は変わらざるを得ざりき。

 島津の軍は天保山に砦を築き、小佐々の軍に対抗せんとす。然れども島津の大筒は、小佐々の兵船に届かず候。小佐々の大筒に携わる兵はそれを一度にして破りし候。島津の兵は逃げ惑い、城と湊を行き来し候。

 島津は最後の抗いとして、数隻の舟で徒党を組み、小佐々の旗船に突撃せんとす。

 小佐々は幾たびかの大筒の攻めにてこれを破りし候。残りたる敵兵を、船の左側に備え付けた狭間筒にて射殺し候。敵兵は一人も生き残ることなく倒れて候。

 

「これは……まずいですな」

「一益、いかがした?」

 森長可からの手紙をみて、顔をしかめてつぶやく一益に対して信長が聞いた。

「は、およそ城、砦というほどですから、弓矢鉄砲の備えはあってしかるべきにござる」

 信長の反応を見ながら、一益は続ける。

「島津が大筒を持ちたる事も驚きにございますが、『反撃するも全く届かず、小佐々の大筒のみが相手の台場に命中し、突撃してくる兵も射殺し』とあります」

「うむ」

「これぞ、小佐々の持つ大筒、明らかに島津の大筒の届かぬところまで玉を飛ばしうる事の証左にござる。われらも今、懸命に造り改めておりますが、小佐々はもう一歩も二歩も先んじており、とうてい太刀打ちできませぬ」

 信長は黙って聞いている。しばらくして、一益に言う。

「そうであろうの。しかし、だからこそ追うことを止めてはならぬのだ。奪おうなどと考えてはならぬ。奪おうなどとすれば、必ずや負ける。しかし、人のなす事。小佐々に出来てわれらに出来ぬ、という理屈はない」

 嘉隆と一益が信長の話をじっと聞いている。

「島津との戦を口実に、長宗我部と手を結び三好を討とうとの計らいには乗り気ではなかった。しかし、これで名分も失われるであろう。それに純正は、余計な争乱を避けんがため、毛利をはじめとして瀬戸内の勢力とは、あまり関わらぬよう心掛けるはずじゃ」

「と、いいますと?」

 嘉隆が尋ねる。

「会って話をしたが、本当に領土的な野心はないようだな。もしあるのなら、いまごろ九州はおろか四国全てを平定して、われらと国境を接しておるであろう」

 二人は息をのむ。この強大な武器を持つ小佐々という軍事国家(にしかこの限られた情報では思えない)と、織田家が国境を接するという事実が何を意味しているのかを考えているのだ。

 由々しき、どころの話ではない。

「光秀の策どおりに、長宗我部が讃岐と阿波をとってくれればしめたもの。三好が弱くなれば畿内での反織田が弱くなる。むろん他にもおろうが、今の段階での三好は強敵じゃ」

 現在、将軍家と松永、三好左京大夫(義継)、浅井は織田陣営である。しかしいつ翻って敵になるかもわからない状況なのだ。さらに朝倉や六角、筒井、本願寺の他にも、親織田ではない勢力の方が多い。

「さらに小佐々との間に、長宗我部という『綿』を挟むことができん。どれほどの時を稼げるかは定かでない。しかしながら、純正に領土を欲する心がなければ、われらは畿内とその周辺を手中に収め、天下を統一せんとするのみである」

 信長の基本姿勢は変わらない。小佐々と協力協調路線を歩みつつ、強力に産業の育成と様々な改革、そして軍備の強化を実行する。

「との」

「なんだ」

 近習の声が三人の話に割って入るように聞こえてきた。

「小佐々弾正大弼様よりの書状を預かってきておりまする」

 ■種子島 赤尾木城

「へっぶし! ぐすんげほん……はっぐし! ……むぐむず……ふあっぐしょん! ……」

 なんだこれ、誰か噂してんのか? 三回くしゃみするとなんとかで、四回だとなんとか……。ああ、もういいや、まったく覚えてないし。

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