第36話 針尾伊賀守の苛立ち

 同年 七月

 驚いた。まさか本当に、こんなに早く利益を出すとは。

 最高級の椿油を五島から仕入れて作ったので、原価が十倍に跳ね上がった。しかし、売価も跳ね上がったので、利益も当然あがる。

(椿、栽培しよう♪多分ほぼ全国域で育つから問題ないはず)。

 ……高くても買う人は買うんだな。金持ちは違うよ。

 ん? そういえば、うん十万のブランド物のバッグや、香水や美容品、前世でも売れてたな。しかも金持ちじゃない。あ! これが多利薄売ってやつか。

 虚栄心や自尊心を煽る。恐るべし道喜。しかも千二百貫。仕入れや販売ルート、製造過程を見直すと、もう少し利益を増やせるらしい。製造ラインは問題ない。

 最初から気合入れて大工場をつくってるからな。粗利でこれだけだから、人件費等諸経費を引いても、純利益で千貫以上になる。

 これだけあれば……。

(小早で二百五十……、関船で三隻、安宅船でも二隻……。綿布は自前で供給可能だから将来的にはもっと安く……。鉄砲なら百丁以上、そうだ鉄砲も職人を招いて国産化しよう)

(いや、まだ先か。船は大型より関船~小早の中型武装快速をメインにしよう。大砲を搭載したらアウトレンジだ。フランキ砲? 確かこの時代にもあったと思う。ぶつぶつぶつぶつぶつ……)

 は! っと我に返った。いかんいかん。

 ……やはり、餅は餅屋なのだろう。弥市と道喜に一任した方が、俺としても余計な考え事をしなくてもいいかもしれない。

 忠右衛門も、最初はいぶかしがっていたが、目の前に銭を積まれると反論のしようがない。彼には殖産に特化してもらおう。

 そしてその道喜を連れてきた弥市だが、いつの間にやら弟子入りして、一から商売のイロハを勉強し直しているらしい。もっとも、師匠である道喜も弥市を気に入っているらしく、昔の自分を見るようで他人とは思えないようだ。

 ちなみに太田屋は弟がついだ模様。

 ■針尾城 針尾伊賀守貞治

 とんとんとん、ばばっ、とんとんとん、ばばっ。
 扇子を叩き、開いては叩く、目をつむりながら繰り返す。

「このままでは我らは袋のネズミぞ! そもそも昨年のいくさ、我らの主導ではない。横瀬村、川内村を割譲させられ、良い事などないではないか!」

「それに何だ! 近ごろは領民の逃散が増えている。先月と今月で百人近くだぞ? あり得ぬ。一体何が起きているんだ?」

 父上、それに関しましては……。
 
「これをご覧ください」
 
 前置きをして嫡男の三郎左衛門が、何やら小さな石のような物を差し出した。

「なんだ、これは?」
 
 手のひらに乗るくらいの『それ』は琥珀色をしていて、表面がツルツルしている。

「しゃぼんにございまする」

「? しゃぼん?」

「はい、元来南蛮渡来にて、日の本にはございませぬ。値も張るので一部にしか流れておりません」。

「それが、どうした?」

「それが先月、大村の市にて売られておりました」

「なに? いったいどういう事だ?」

「実はそのしゃぼん、沢森平九郎がつくり、販売しているそうにございます」

「は! 武士が商いの真似事をするなど! 笑止千万。それで儲かっているのか?」

「どの程度儲かっているのかはわかりかねます。しかし相当量は売れているようでした。ただ、問題なのはそこではありません」。

 ふむ、とうなずいて三郎左衛門の話を待つ。

「ある日を境に、ピタリと見かけなくなったのでございます。それがしが考えますに、十分に利を得た、もしくはさらなる利を、替わりの品に見つけたのではないかと」

 ふむう。わからん。沢村の小倅が商いの真似事をするのはどうでもいいが……。

「問題は、そこではございません。もちろん、沢森が今以上に力をつけ、武器や兵を集めれば脅威にございます。しかし、それより、物を作るのには人が要りまする。なんでも、かなりの職人や人夫を雇っておるようですぞ」

「さらには、中浦、八木原の関をなくし、領内に寄港する蛎浦や大島の帆別銭を免除したとか。もともと沢森の年貢は低いのです。加えて税制を改革し、移住一年目は作物も採れぬゆえ、免除する触れを出しているようです」

 ぐぬぬぬぬ……! ! バキッと扇子が折れる音がした。人口の減少は即国力の低下なのだ!

「なんと言う事だ! そもそも松浦の助力を得て我らが沢森の権益を奪い、松浦は小佐々の弱体化と、水軍の一部を吸収する算段であったのに!」

『奪うか、壊すか。それしかないかと』

 三郎左衛門がさもありなん、と言いたげに、ポツリと答えた。

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