第384話 来島通総兄弟と瀬戸内の緊張

新たなる戦乱の幕開け

 永禄十二年 十二月 五日 来島城

「兄上、もう半年になりますね」

「そうだな、もう半年になる」

 伊予来島の村上(来島)通総は九歳である。

 二年前に父である村上通康が死に、元服して家督をついだ。兄がいたのだが、母親が主君筋の河野弾正少弼通直(36代)の娘だったためだ。

 居室には二人しかいない。部屋の外に従者を控えさせてはいるが、気兼ねなく兄弟で話している。兄である得居通幸も十二歳で若年だが、兄弟で力を合わせて河野通宣に従ってきた。

 その通宣が今年の六月に小佐々に屈服したのだ。もともと河野氏は毛利方で、西園寺と組んで大友・宇都宮・一条に対抗していた。

 しかし大友が小佐々に敗れて服属し、代理戦争たる構図が崩れたのだ。大友の代わりにさらに強大な小佐々が敵となったのだが、それでも直接の敵ではなかった。

 だが、一条が長宗我部に攻められ、救助を大友に求めた時点で状況が大きく変わったのだ。

 四国一条氏を長宗我部氏から守るために動いた大友、小佐々両軍の圧倒的な強さに、河野通宣は屈服し、服属する他なかった。

 その間、来島家をはじめとした伊予の国人には、度重なる毛利家からの調略があった。毛利としては表向き不可侵条約を結んでいるので、小佐々とは戦えない。

 しかし瀬戸内海と伊予への影響力は保っておく必要があったのだ。

 ただ来島家としては、主家が服属先を変えたからには、よほどの事がない限り造反することはない。それに、どう考えても毛利より小佐々の方が強大であるし、今後さらに大きくなると考えたのだ。

 主家に付き従っただけなのだから、誹謗中傷されるいわれはない。

「しかし、これからどうなるのでしょうか」

「そうだな。ますますわれら瀬戸内の水軍が重要になってくるが、小佐々も水軍、通じるところはあるであろう」

 兄である得居通幸が大声で笑うと、弟で当主の来島通総も笑いだす。

「そうだ兄上、少し妙な噂を聞いたのですが」

「なに、どんな噂だ。当主たるもの軽々にそのような噂を信じてはならぬぞ」。

 ゆっくり諭すような物言いの通幸に通総は、子供扱いしないで欲しいとばかりに笑顔で返す。

「信じてはおりませぬ。しかし、誠であればゆゆしき事態かと思い、話しておりまする」

「なんじゃ、どうしたのだ」

 通幸はさきほどとは変わって、真剣に通総の話を聞こうと身を乗り出す。

「実はお味方の宇都宮殿、半年前まで敵だった者をお味方とは呼びにくいですが、その宇都宮殿の滝山城下、長浜湊の件にございます」

「? 長浜湊がどうしたのだ?」

「はい、毛利方の荷を多く取り扱っているようなのです」

「それは、われらは毛利の敵ではない、いや、今は、ややこしいな。小佐々は毛利と敵対はしていない。商いもしているゆえ、安芸と伊予で船と荷の往来があってもおかしくはないぞ」

 得居通幸は当たり前の事を言う。

「しかし、その量が尋常ではないのです。特に米や塩、味噌などといった物が、あの湊と城下に不釣り合いなほど扱われているのです」

「なにが言いたいのだ?」

 しびれを切らした通幸は結論を急がせる。

「つまりは、宇都宮殿が裏切って、西園寺に兵糧や矢弾を流しているのではないか、との噂があるのです」

「なにい! そんな馬鹿な。宇都宮……殿は、以前より毛利と敵対していたではないか」

「そうなのです。わたしも最初はそう思いました。しかし、そうであれば、今となっては敵である西園寺が、これほど持ちこたえている理由がわかります」

「しかし、ここで踏ん張ってどうするのだ? すでに大勢は決しておるぞ。毛利は何がしたいのだ? 宇都宮を通じて西園寺を支援したところで、得るものはなかろう?」

 通幸は首をかしげる。

 確かに毛利に直接の利はない。だとすれば、小佐々の伸張を妨げることがねらいか? そう思った通幸だが、通総も同じように考えていた。

「確かに、援助したところで、さしたる利は毛利にはないでしょう。大友が小佐々に服属し、豊前から退いて久しい。西へ進むのが難しいなら、東へ進もうとしているのでは?」

「なるほど、小佐々へは表向きは友好を装って、裏では敵対勢力を支援し宇都宮を懐柔。対島津や四国に兵を割かせて、時間稼ぎをしていると考えているのだな?」

 その通りです、と通総が答える。

「山陽の備中では、三村は以前より親毛利派です。それを後押しして宇喜多をはじめとした浦上陣営を圧迫し、山陰では尼子の残党を駆逐した勢いをもって、南条や武田といった国人衆を懐柔しております」

 毛利がこのまま東へ向かえば、いずれ織田と衝突するだろう。しかし、この時期の織田の勢力はまだ畿内にとどまっている。

 東進する毛利の壁となるのは宇喜多、浦上、山陰では山名であろう。

「申し上げます、弾正大弼様が家臣、久賀忠兵衛とおっしゃる方がお目通りを願っております」

 二人は顔を見合わせる。聞いた事のない名前だ。

「あいわかった。許す、通すのだ」

 見ると二十歳くらいの精悍な顔つきと、引き締まった体の男が入ってきた。

「はじめて御意を得まする、小佐々弾正大弼様が家臣、久賀忠兵衛と申します」

「うむ、くるしゅうない。面をあげよ。して、こたびは何用じゃ」

 忠兵衛(空閑三河守の息子)は顔を上げ、正対して話し出す。

「は、されば主からの書状をお持ちいたしました。どうぞ、ご覧ください」

 差し出された書状を見て、二人は驚く。

 塩飽衆や真鍋衆といった瀬戸内海の海賊衆と誼を通じ、備中の三村氏と安全に航行できる航路を開拓しろと書かれてあったのだ。

 それには奈良氏、香川氏、細川氏といった讃岐の海沿いの国人衆を味方につける必要があった。事の重大さと、簡単にはできないことで、二人は厳しい顔になる。

「忠兵衛殿、これはいったい」

「それがしは、詳しいことは伺っておりませぬ。海のことは海のこと。話せばわかる、としか聞いておりませぬ。それから、宇都宮の件は片が付いた、ともおっしゃっておりました」

 二人は顔を見合わせていたが、やがて意を決して言った。

「あいわかった。『必ずお役目果たさせていただきます』と伝えてくだされ」

 小佐々家の命運を握るような重大な仕事である。それを伊予の一国人であるわれらにまかせていただけるとは。

 通総も通幸もそう思ったのだ。河野通宣はかつての主君であるが、その主君である純正から、直接命令が下されるとは。

 陪臣ではなく、直接の臣下として扱ってくれているのだ、そう思ったのであった。

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