元亀元年 六月十日 諫早城
「次に大蔵省だが、弥市、なにかあるか」
「は、それでは申し上げます。歳入と歳出に関しまして、領国の拡大にともない、年貢米の徴収が増え、歳入は増加しております」
うむ、と純正。
「しかしながら、歳入増加の要因の多くは、各産業の拡大による売り上げの増大によるものです。薩摩の金山に坊津や日向油津の湊、宿毛や八幡浜、そして浦戸の経済特区における収益は莫大です」
「なるほど、他には歳入について特化すべき点はあるか」
「はは、特に増収となったのは以下のとおりです」
と言って、一覧を読み上げる。
・港湾収益
・鉱山収益
・砂糖、椎茸、菜種、綿花、綿織物他(作付面積の増加)
・琉球、中国、朝鮮、東南アジアからの特産品の販売(航路開拓と直接の仕入れ、販路の拡大)
・その他諸々
「ここにあげた物は一例にございます。先々は造船や鉱山、道路や通信など、家中で行っているものを民へ払い下げ、競合させる事で、質を高め値を下げる事ができましょう」
「うむ」
「さらにその商工業者から町人や農民にいたるまで、銭にて徴収できればさらなる増収も見込めます」
「あいわかった。支出に関してはどうか?」
「はい、まずは懸念しておりました軍艦の建造費ですが、木材の仕入れ先を増やし、入れ札によって価格を決めることで値を下げました。また、大砲などは大量生産が可能となり、値も下がっております」
深堀純賢はほっと胸をなで下ろしている。
重要だとわかっていても、予算の多くを食ってしまう軍艦の建造費は、他の省からの目が痛かったのだ。
「また、新たなる技巧を用いることで、完成までに要する月日も、かかる銭も抑える事ができ申した」
新しい工法は工期の短縮やコスト削減に大いに関係する。
それから今は国内で製造している船も、台湾やフィリピンで建造が可能になれば、木材の費用は現地調達出来るので輸送コストが大幅に削減できる。
さらに商人を介さないので材料費にイロをつけた程度に収るだろう。人件費も現地の住人を使えれば、おそらく国内の人件費よりも下げられる。
結果として安くなった材料費と人件費で、格段に軍艦の建造費は下がる。
「ただ、十五万人から二十万人規模での街道整備と石灰石の鉱山、ならびに石炭採掘他の公共事業にかなりの予算がかかっております。しかし、歳入を上回るほどではありませぬ」
「うむ。おぬしが申したように、民に任せられるところは、先々任せるようにしていこう」
鉱山での各種採掘と街道の整備は、一大公共事業となっている。軍艦に勝るとも劣らない費用だが、交通と通信の整備は死活問題である事は誰もが知っているのだ。
港湾整備や街道整備、農地や鉱山の他、様々な開発。小佐々領国は今、空前の高度成長期を迎えている(?)。
「次に陸軍省、治郎兵衛」
「はは。まず陸軍としましては、三個師団体制が整いましたが、浦戸や種子島の駐屯部隊などの、独立した部隊も増えております。ゆえにそれらを各師団内に内包し、さらに一個師団を新設しとうございます」
「うむ」
「陸上防衛に関しましては、瀬戸内の塩飽の島々に台場を築き、海軍の艦艇と統合的に通商封鎖が可能な作戦を立案しております」
「具体的には?」
「は、讃岐の阿野郡御供所村、沙弥島、与島、櫃石島、そして備前児島郡の下津井村鷲羽山に台場を設けとうございます」
「なるほど、西からくる毛利水軍を砲撃するのだな。撃ちもらしても、東に控える海軍からの艦砲で沈める事ができる」
「はい、いかな能島、因島の村上水軍とて、この封鎖を破るのは至難の業でしょう」
「うむ、あいわかった。みな、意見はないか」
全員に意見を聞く。
「お待ちください。策としては申し分ないかと存じますが、そのような大がかりな造営、毛利の目につきませぬか?」
土居清良だ。庄兵衛も続く。
「さよう。大いに賛成ではございますが、万が一露見すれば、毛利も黙って見てはいないでしょう」
直茂も弥三郎も黙って聞いてはいるが、おそらく同じ考えなのだろう。
「懸念はもっともだ。であるから、台場は山頂に築く。鷲羽山はもとより、島には高所があり木が生い茂っておる。その真ん中に築いて周りの木はそのままに隠蔽するのだ」
墨俣の一夜城のように急ぐ事でもない。いわゆる石山合戦はすでに勃発しているが、今は停戦中である。木津川口の海戦までに間に合えば良い。
毛利と村上水軍を封じ込めるために必要なのだ。史実ではあと六年だが、おそらく早まるだろう。
「よい」
純正の鶴の一声が発せられた。
「しないに越したことはないが、毛利とはいずれ戦わなければならぬ。台場の造営は隠密に行い、もし発覚しても、灯台や信号所の設置だとしらを切れ。それでも難癖をつけてきたら、その時はその時だ」
全員が純正を見て、固唾をのんで聞いている。
「よいか、そもそも瀬戸内は毛利のものではない。村上水軍とて芸予の島々、毛利の水軍はもっと西の忽那や大島しか支配しておらぬ。なんの文句があろうか」。
リスクを最小限にすることは大事だが、ノーリスクの軍事行動などありはしない。なんらかのリスクがあっても、リワードが上回って余りあるなら、やるべきなのだ。
「次に海軍、どうだ」
「は、ようやく新鋭艦の北上が就役し、第一艦隊の八隻はすべて新鋭艦となりました。また第二艦隊も八隻体制にて、十分に作戦行動が可能です」
「うむ」
「さらに、さきほどの新たな技巧にて、さらなる大型艦の建造も可能となりました。しかし、佐世保湊の拡張のみでは建造が追いつきませぬ。佐伯湊や浦戸湊など、新しく造船所の設置を進言します」
造船には金がかかる。そして、造船所を作るのにも金がかかる。人を雇わなければならないが、その人が銭を落とし、経済がまわっていくのだ。
「うむ、今後の艦隊編成と新型艦の建造計画にもよるが、当面は第一から第三艦隊を南方配置とし、新設の第四と第五艦隊を国内配置とする。小型艦は沿岸警備と商船護衛につけるものとするが、純賢よ、それでよいか」
「はは」
歳入が歳出より多い事と、税収が増えていく見込みという大蔵省の発言で、予算に関する反対意見はあまり出なかった。
今後、1,000トンや3,000トンクラスの軍艦が建造されるだろうが、それはまた別の話だ。
「では司法省、杢兵衛から何かあるか」
「はい、急激な領国の拡大による人員の不足が目立っております。この二年で領国が倍となりました」
うむ、と純正。
「各地に裁きや取り調べを行うための公文所を設置しているのですが、目代も役人も足りませぬ。安易に人を増やせば審議が雑になりますし、かといってこのままでは奉行や用人の負担が大きすぎます」
なるほど、と純正は考え、現代の裁判所のように区別するように指示をだした。名前は面倒なので、そのままつけた。
「すべての訴訟を同じように扱うと無理がでよう。それゆえ諫早に、すべてを網羅する最高公文所を設ける」
杢兵衛が真剣に聞き入っている。
「さらに博多には九州、浦戸には四国をそれぞれ統べる高等公文所、各国に地方公文所と家庭公文所、そして簡易公文所をつくる」
法律にはまったく詳しくない純正だが、それぞれ役割を分担し、納得いかない場合に地方から高等、高等から最高へ移るようにしたのだ。役割分担をすることで負担を軽減した。
「それから、貧しい者の中には訴えを起こす銭がない者もいよう。無利子で貸し付けを行うか、条件によっては、無料で訴えを起こせるよう触れを出すが良い」
「ははあ」
「次は外務省、利三郎、なにかあるか」
「は、戦略会議室の方々が述べられたので、特段ありませんが、流民管理局よりいくつかございます」
そういって利三郎は、流民管理局の局長である早岐甚助に発言を指示した。
「おそれながら申し上げます。戦の絶えぬ世ゆえ、管理局管轄の保護施設、特に大使館附属に多いのですが、医薬品が足りませぬ」
「なに? それはいかんな。領民は国の宝であるから、しっかりと保護をせねばならぬ。さっそく厚労省に言って……」
あ、と純正は思った。よく考えたら厚生労働省がないのだ。
それでは今までどうやっていたんだ? こまかな事は家臣に任せていた純正であったが、重要性を再認識した。
「ではさっそく手配するとしよう。それから今後は、領民の生活環境や健康の維持向上のための省庁を新設する。『厚生労働省』だ。大学の医学部と薬学部より人材を集めよう」。
その後、すべての発議に対して活発な議論がなされた。
文部省、工部省、農水省、情報省、経産省、国交省と続き、六月の元亀元年度定例会議は終了したのだった。
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