第424話 小早川隆景、伊予から豊後、そして肥前へ。小佐々純正という男②

第2.5次信長包囲網と迫り来る陰
小早川隆景、伊予から豊後、そして肥前へ。小佐々純正という男②

 元亀元年 十月十四日

 

 発 石宗山陽 宛 総司令部

 秘メ 宇喜多ノ 使者 戸川秀安 輝元ニ 会ヱリ 詳細ハ 不明ナレド 浦上ノ 名代ニ アラズ マタ 両川ハ 不在ナリ 一○○七 秘メ 経由 門司信号所 一○一一 午三つ刻(1200)

 

「うむ」

 純正は隆景の弁明を聞いている。

「さりとて毛利と攻守の盟を結ばずとも、大友と相対し得んと中将様はお考えになり、不可侵の盟約のみとされておりましたる事と存じますが、いかがでしょうか?」

「その通りじゃ」

「思えばその折、我らより幾度となく御会談の申し込みをいたし、数多の御会談を重ね、攻守の盟を結び申し上げるべきでございました。もし結びたるならば、このような事には……」

 純正は黙って聞いている。

「しかるにわれらはそうせず、不可侵の盟約のままに刻は進み申した。西が無理なら南、南が無理なら東へと兵を進め力を強めねばならず、ついに中将様を謀りて、伊予の大名に調略をかける他ございませんでした」

「さようか。で、こたびはなぜ、と聞きたいところであるが、時間が惜しい。宇喜多から使者が参ったのであろう? それで進退窮まり、戦になる前に和睦をしに参ったのではないのか?」

 隆景の唖然とする顔をよそに、純正は続ける。

「いや、和睦という言い方はおかしいの。まだ戦っておらぬゆえな。われらと親交を深めるため、あわよくば攻守の盟を結ぶために参ったのではないか?」

 隆景は返事ができない。

「それに、毛利家中の事はよくわからぬが、おそらくは考えが割れたのではないか? 駿河守殿(吉川元春)あたりは、徹底抗戦を唱えておったであろう?」

「は……」

「ふふふ、それで小早川殿、こたびの顛末、どう収拾するつもりなのだ?」

 純正は怒っているのだろうか? 根に持っているのだろうか? 隆景は純正の心中を探ろうと思うが、できない。

「は、されば、はばかりながら申し上げまする。この上は、条件と条件のすり合わせになるかと存じます」

 ふむ、と純正。

「ありていに申せば、中将様が出される条件が、われらが到底呑む事ができぬものなら、残念ながら戦にて決する他ありませぬ」

「まあ……そうなるであろうな。実のところ……」

 純正は膝をポンと叩いて、話し始める。

「実のところ、条件など、まだ考えておらぬのだ」

 ……。怒っていないのか? 

 まるで世間話をするかのように、語っている。人ごとのようだ。いや、油断はできぬ。隆景は純正の真意がわからない。

「では、何によって条件をお決めになるのでしょうか」

「うむ、事が小佐々と毛利だけであれば、なんの事はない。領土の割譲や賠償金、それから湊や鉱山の権益の受け渡しなどであろう?」

 は、と隆景は答える。

「しかしな、伊予の件はわかっておるゆえ、結局は毛利と決するのはいつか、というだけの段階だったのじゃ。そこへ来て尼子じゃ」。

「尼子!」

 隠岐に逃れた尼子に不穏な動きがあるのは知っていた。しかし、すでに純正のところまで使者がきていたとは、隆景はつかんでいなかったのだ。

「そう、その尼子よ。確か、山中鹿之助と申したかな。その者から書状が届き、毛利に対して兵をあげるので、我らの助力を願うとの旨が記されておったのじゃ」

 隆景は歯ぎしり、とまではいかないが、苦虫をかみつぶしたような顔をする。

「もちろん、快諾した。しかし、表だって兵を起こす訳にもいかぬ。毛利は幕府しかり、織田しかり、親交があるゆえな。それゆえ兵糧矢弾、銭を供するにとどめておいたのだ」

「はい」

 隆景は、ここで感謝を述べるのもおかしいと思い、返事だけにとどめた。

「そうした後に播磨、備前、美作の他、山名にも書状を送り使者を遣わし、どちらの側に属すべきかと、ひそかに服属を求めておったのだ」

「しかしなぜ、宇喜多には使者をお遣わせにならなかったのでござるか?」

 隆景が愚かということではない。考えれば、やがて答えは出るであろう。

 しかしここで軍略の講義や問答をしても仕方がない。時間もないので、隆景は考える前にそのまま聞いたのだ。また、純正もそれがわかっていたので答えた。

「孫子曰く、兵とは国の大事なり、勝算なくば戦わず、じゃ。ゆえに勝算を高めるためにやっただけのこと。三村とわれらが昵懇にしておることは存じておろう?」

「は、一年以上前から中将様と誼を通じ、交易も行っていると聞き及んでおりました」

「うむ、その三村を毛利から切り離し、われらの味方とするべく、宇喜多には書状を送らなかったのだ」

「……」

「進退窮まった宇喜多が助けを求めにきたのではないか? 三村を敵に回してでも、今われら(宇喜多)を味方とし、兵を起こさねば毛利は小佐々に呑み込まれる、などと甘言を弄してきたであろう」

「それは……それは、まさにその通りにございます」

 純正の慧眼恐るべし。

「われらとしては、毛利が兵をあげるのを待っておったのよ。宇喜多と結ぶとなれば、三村は間違いなく毛利を離れよう。そして頼るはわれらじゃ」。

 全てが純正の手のひらの上である。

「そうなれば三村に合力し毛利を攻める。われらには伊予の件があるゆえ、手切之一札を出せば誰も文句はいえまい。仮に直に戦をせずとも備前播磨は手に入り、あわよくば山名も傘下に入る。いずれにしても、勝てる戦じゃ」

 純正はニコニコしているが、どうにも落ち着かないらしい。

「小早川殿、毛利に敵意はない、譲歩してもかまわないから我らと親交を深め、攻守の盟約を結びたい、それでよろしいか?」

「はは、仰せの通りにございます」

「あいわかった。ではこちらへ」。

 純正は小会議室へと隆景を案内し、飲み物と茶菓子を持ってくるように命じた。

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