第463話 イエズス会とイスパニアと小笠原諸島

第2.5次信長包囲網と迫り来る陰
イエズス会とイスパニアと小笠原諸島

 元亀二年 七月十二日 小笠原諸島 父島

『¡Ey! ¡Mirar! ¡Puedo ver el barco!  ¡Parece que se dirige hacia aquí!』

(おーい! 見てみろ! 船が見えるぞ! こっちに向かっているようだ!)

 小笠原諸島は1543年10月(天文12年9月)に 、スペインのルイ・ロペス・デ・ビリャロボス(Ruy López de Villalobos)のによって発見されている。(という説)

 スペインは父島に補給基地をつくり、小規模ながらもフィリピンのセブ島から、ヌエバ・エスパーニャ(メキシコ)との経由地として使っていたのだ。

『¡Ey! ¡Quema el fuego!  ¡Levanten el humo!』

(おい! 火を燃やせ! 狼煙を上げるんだ!)

 報せを受けたフェルナンド・アルバレス・デ・トレド隊長は部下に命じて狼煙を上げさせ、ここが父島である事を報せた。

 やがて船影がどんどん大きくなり、肉眼ではっきり三隻の船が確認できた。しかし、スペインの船ではない。明らかに船の形が違うのだ。

 船は三隻とも錨泊し、小舟を使って乗組員が島に近づいてくる。

 島の守備隊長であるフェルナンドが兵を集め、武装して警戒しながら小舟を監視している中、一人の白人が船を降り、近づいてきた。

『Gracias, oh Dios. Gracias a la guía del Señor, sobreviví y pude encontrarme con mi pueblo nuevamente.』

(おお神よ、感謝いたします。主のお導きにより、私は生きながらえ、ふたたび同胞と会うことが出来ました)

 島の守備隊の兵達は警戒して銃を下げない。

 それを見てルイス・デ・カルデナス(以降ルイス)は手を挙げて敵意のないことを示すと、隊長らしき人、フェルナンドに話しかける。

「私はルイス・デ・カルデナスと申します。後ろの方々は敵ではありません。私が遭難したところを助けていただき、ここまで送り届けてくれたのです」

 ルイスは事情を説明し、全員に敵意がなく、交易をしたい旨を伝えた。

 ここから北西にいくとジパング、日本という島国があり、領主であるホウジョウウジマサに助けられた事など、経緯を話す。

 そう、後ろの日本人の中には宇野家治と紙屋甚六がいる。

 宣教師の通訳を通じて、イスパニアという国があり、日本で言う南蛮の土地に拠点を持って、交易を目的としている事を氏政に伝えたのだ。

 戦国時代の南蛮貿易と言えば九州が本場である。

 堺にも貿易船は来ており、宣教師やポルトガルの商人は畿内に存在したが、あくまで南蛮船が寄港するのは九州の港であり、堺には寄港していない。

 九州から堺へは中国船、もしくは和船で行き来していたのだ。北条氏政の根拠地は関東の相模である。言ってしまえば南蛮船の『な』の字もない土地である。

 しかし、九州はともかく畿内の情勢は少なからずとも収集している。

 鉄砲や火薬などの買い付けも当然やっていて、それによれば信長や九州の大名達は、その南蛮との貿易で巨万の富を得ていると言う。

 北条氏政は時勢を読まず、豊臣秀吉と戦って滅んだ愚鈍な大名という印象が大きいが、後北条氏最大の版図を作り上げ、治めた為政者でもあったのだ。

 その氏政が、南蛮貿易に目をつけた。

 あり得ぬ、不可能だと思っていた事が、できるのではないか? と考えたのだ。聞けばルイスはポルトガル人ではなく、イスパニア人だと言う。

 氏政はルイスから、南蛮と言ってもいくつもの国があると聞いたのだ。

 そのうちの一つと交易が出来れば安房の里見を粉砕し、常陸の佐竹や小田、下野の宇都宮や那須、結城などを併合してさらに北条を大きくできる。

 その密命を帯びて家治と甚六はついてきたのだ。もちろん、商人としての嗅覚も働いた。これは、堺の会合衆をも出し抜けるのではないか? と。

 そうして北条水軍の三隻は三人を乗せて南へ向かったのだ。

 伊豆大島から三宅島、そして八丈島から青ヶ島へ地元の漁師を水先案内として進んでいき、鳥島、最後に小笠原の父島へ到達した。

 正直なところ、半分探検である。青ヶ島より先は人は住んでいない。

 途中に|聟島《むこじま》列島があるが、森林資源に乏しくスペインは父島に根拠地をおいていたのだ。

『Hola mucho gusto.』

(こんにちは、はじめまして)

 と宇野家治が言うと、紙屋甚六も同じく挨拶をする。

 片言だが、挨拶程度は覚えた。北条水軍の頭領や水兵達は、われ関せずという感じで後ろに控えている。命令だから来たが、命がけだ。

「ルイス殿、どういう事だ? 親切に迎えられるというから、危険を冒してまで付いてきたのだぞ」

 家治と甚六の二人はルイスに詰め寄る。欲に目がくらんで、とは言えない。

「大丈夫です、イエハル殿、ジンロク殿。恩ハ仇で返すない。わがイスパニアもポルトガルに負けじと、ジパングとの交易を求めてヲるはずなのです」

 生き延びるための生命力と執着心というのはすごい。

 わずか半年の間にルイスは、宣教師のオルガンティノから日本語を学び、日常会話ができるほど習得していたのだ。

 ルイスは懐にしまってあった手紙と一緒に、オルガンティノが書いた証明書を見せた。

 手紙の中身は見せるわけにはいかなかったが、キリスト教徒であり、同胞であるという証明書のようなものを一緒に見せたのだ。

 そしてようやく誤解がとけ、しばらくの間ルイスが島の守備隊と会話を重ね、なんとか信じてもらった。

 その時であった。

「おのれ! ここで何をしておる! 覚悟!」

 家治と甚六がほっと胸をなで下ろしていた時、突然宿舎の陰から数人の白人が飛び出てきて、ルイスと家治達めがけてサーベルを抜いて斬りかかってきたのだ。

「うわ! しばし! しばし待たれよ! 何者じゃ!」

 商人である甚六は家治の陰に隠れ、家治は必死の防戦をする。

「おい! ルイス殿! ルイス! 何とかしろ!」

「何をするのですか! 皆さん! 我々は敵ではありません! 隊長! 何とか言ってください!」

 ルイスは必死に説明し、フェルナンド隊長はすぐに襲ってきた男達に命じた。

「おいホセ! 何をしている! 刀を収めろ! この人達は敵じゃない!」

 襲撃者のリーダー格であったホセ・デ・エステバンは反論する。

「隊長! 何を言っているんだ! ? こいつらが俺たちの船を沈めたんだ! 敵だ! 敵は殺さなければならない!」

 いったい何を言っているんだ? 守備隊長のフェルナンドはもとより、ルイス、そして通訳してもらった家治と甚六にも訳がわからなかった。

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