第55話 『想いの行方』

 1986年(昭和61年)2月15日(土)<風間悠真>

 純美との待ち合わせは小学校の脇にある川本商店だ。なぜかグラウンドと近いのに2軒も商店がある。
 
 ここから歩いて中学校まで約30分。時間短縮とおっぱいむにゅむにゅ計画用に買った自転車だが、だんだん頻度が低くなってきた。

 もちろん使うんだが、距離が遠い南小方面、礼子や菜々子、恵美と帰る時に使う事が増えてきたのだ。

 それに寒い。風を切って走れば当たり前だがさらに寒い。

 小中高と、子供は風の子か知らんし、くそくだらん校則のせいかもしれないが、誰も学生服の上からアウターを着てこない。まったく無意味な風習だ。

 オレはダッフルコートを着て、眠気覚ましのブラックコーヒーを飲んでいる。




 朝の7時半だぞ。眠ぃーよ。

「おはよー悠真♡」

「おはよー」

 純美がやってきた。時間ぴったりだ。学校まで30分で登校時間は8時から8時半なので十分余裕がある。

「寒くない?」
 
 オレは純美の様子を確認するが、どう見ても制服だけじゃ寒そうだ。男子は詰め襟の学生服だが、女子はブレザーのボタンを締めてもブラウスが露出している。

 二人ともマフラーは巻いているが、純美はそれでも寒そうだ。

「うーん、ちょっと。でも大丈夫♪」
 
 純美は笑顔で答えるが、少し震えている。

「ほら」
 
 オレはダッフルコートを脱ぎ、純美の肩に掛ける。

「え……でも、悠真が……」
 
「オレは制服の下に薄手のセーター着てるから平気だ。それにほら……」

 そう言ってオレは純美にコートを着せるときに、自然の流れで抱きついた。

「こうするとあったかいよ」

「あっ悠真……♡」

 抱きついて純美の体温を確認した後、オレはキスをした。

「もー悠真ってば♡ まだ朝だよ……」

「オレはいつでもキスしたいのさ」

 ニッコリ笑って純美の体から離れる。
 
 上目遣いで微笑む純美。

 純美との親密度は凪咲なぎさや礼子と同じレベルで、キスをして抱きついて、自然な流れで胸はもちろん、腰の下まで下着の上からだがディープなタッチをする感じだ。
 
 美咲がそれよりちょっと進んでいる。

 バランスをとらなくちゃいけない。

「ねぇ、悠真……」

「ん?」
 
「明日の練習、見に行ってもいい?」

 オレと祐介は平日は音楽室で練習するが、日曜や祝日は祐介の家や町の多目的ホールで練習している。

「ああ、もちろんいいよ。純美が来てくれると嬉しい」
 
 さりげなく、でも確実に響く言葉を選ぶ。

「えへへ……じゃあ、なんか作っていくね♪」

「おおー♪ 楽しみだ」




 ゆっくり歩いて40分。8時10分過ぎに学校に着いたオレ達は、それぞれのクラスに分かれていく。オレは2組で純美は1組だ。

「じゃあ悠真、またね」

「おお! またな」

 オレは純美に別れを告げて自分のクラスの2組に向かう。

「おはよー」

「ういっすー」

「はよー」

 オレは誰にでも挨拶をする。

 まあ社会人として、あ、まあ中学生なんだが、転生した小学校6年の2学期からやっているルーティンだ。小学生の時のいじめっ子の正人は1組だからなしだが、遠山修一や田中勇輝にも、一応する。

 向こうからは死んだような形だけの返事だが。

「おはよう……悠ぅ真♡」

 高遠菜々子だ。相変わらずポニーテールからはいい香りがする。

「おはよー。菜々子」

 菜々子とは昨日非常階段の踊り場でキスしたばかりだ。初めてのキスに対して少し戸惑いがある様子が、その仕草から伝わってきた。

「昨日のこと……考えてた」
 
 菜々子の声は小さく、周りに聞こえないよう意識している。

「そうか。オレもだよ♡」

 オレは辺りを確認して、人目がない一瞬の隙に、耳元を手で隠してささやいた。

「……!」

 とたんに菜々子の顔が真っ赤になる。

 菜々子の視線がオレに向けられるが、オレは何事もなかったかのようにスマートに振る舞った。




 ホームルームが始まるのは8時半だが、その5分前に予鈴が鳴る。

 その予鈴と同時に恵美が教室に入ってきた。

「ギリギリセーフ! あ! 悠真……」
 
 小走りで入ってきた恵美が、そう声を上げた直後にオレに気付いて気まずそうな顔になる。

「どうした? 寝坊か?」

 オレはニヤッと笑ってからかう。

「てへへ」

 うーん、やっぱり可愛い。

 ふと菜々子に目をやると、複雑そうな顔をしている。そんな顔をするなって。オレは誰にでも優しいんだから……。

「あの、悠真……明日の練習、見に行ってもいい?」
 
 オレが机の中をゴソゴソしていると、菜々子が声をかけてきた。

「練習? いいよ、でも明日は祐介だけじゃなくて、他校でメンバーになってるヤツもくるけどいい?」

「うん! それは全然大丈夫。それと、なにか作っていこうかなって♪」

 純美と同じだ。
 
「おお! ありがとう。楽しみにしてるよ」
 
 オレの返事に、菜々子は嬉しそうに微笑む。
 
「なにを作ろうかな……」
 
 自分の席に向かいながら、菜々子は考え込んでいるようだ。

 昨日のキスのことを考えていた菜々子が、今は差し入れのことで頭がいっぱいなのが分かる。明日の昼ご飯はいい感じになりそうだ。




 ■2月16日(日曜日) 祐介宅

「おーっす! 来たぜ~」

 れんの声だ。

 隣町の中学校からメンバーになった宇久蓮とみなとの兄弟が昼過ぎに合流した。オレは午前中に到着して、祐介と二人で練習していたのだ。
 
 昼ぐらいという約束なので、別に遅刻ではない。

「待たせたな」
 
 ガレージ兼オレ達の練習場になっている倉庫は寒い。

 だからシャッターは閉めて練習しているんだが、そのシャッターがガラガラと音を立てて開く。

「ちゃんと締めろよ、寒いから」

 オレは蓮にそう言って念を押す。

「わかってるって」

「オッス!」
 
 湊も元気よく挨拶した。

 純美と菜々子は昨日、練習を見に来るって言ってたけど、まだ来ていない。

「レンミナが来ていきなりだけど、祐介、休憩しない?」

「うーん、そうだな。昼だしな」

 祐介が同意した。腹減った~!

「おい、何だよレンミナって」

「ん? 蓮と湊の略。双子がって言うのも変だし、蓮と湊の兄弟や、あの二人っていうのも変だろ? それにいっつも一緒だし。双子=蓮と湊=レンミナ、良くない?」

「……」
「……」

 二人とも考え込んでいるようだが、やがて笑いながらOKしてくれた。




「こんにちはー♪」
 
 さっき閉まったばかりのドアから、聞き覚えのある声が。純美だ。

「あ、私も」
 
 続いて菜々子の声も聞こえる。二人は約束通り来てくれたわけだ。でも──

「私も来ちゃった♪」
 
 突然、美咲の声が。
 
「私も見学させてもらおうかな?」
 
 凪咲まで。
 
「あの……私も……」
 
 礼子の控えめな声。
 
「え、えっと……」
 
 最後は恵美。
 
「え?」
 
 オレは思わず声が出た。

 えーっと、多分二人から情報が漏れたんだな。
 
 オレ達が練習するのは知ってても、純美と菜々子から漏れたんだろう。二人は内緒で来ようとしたんだろうが、4人から追及されて教えたようだ。

 6人からはおいしそうな弁当の香りが漂ってくる。

 食欲をそそるその匂いが、余計に空腹を増長させた。




「えーっと、うーん。悠真君、これは一体どういう事かな?」

 蓮の顔がヒクヒクしている。湊も同じだ。怒っているというより、またかよ、みたいな感じなのだろう。

 いつの間にか祐介の彼女の黒川小百合もいた。

 うーん、面倒くさいな。この前いろいろ説明しても納得してないようだったし……。よし! ここはオレが一肌脱ぐか!

「蓮! まあいろいろ言っても仕方ないから、要するに彼女が欲しい、モテたいって事だよな?」

「お、おう……」

 丸め込まれないようにしているが、蓮も湊も彼女が欲しいのは事実だ。

「んで、蓮はどんな子が好きなの? 湊は? 絶対じゃないけど、オレが仲良い子から、その友達を紹介してもらうよ。オレは直接はあの6人以外はそこまで仲良くないからな。で、どんな感じが好きなんだ?」

 オレは二人に好みの子の特徴を聞いた。

「え、あの……」
 
 蓮は急に真面目な顔になって考え込む。

「オレは……明るくて、スポーツやってる感じの子かな」
 
 湊の方が素直に答えた。

「へぇ、なるほどな。じゃあ美咲、凪咲。バレー部に良い子いない? 菜々子、卓球部は?」
 
 オレは三人に声をかける。

「えっ! ?」
 
 突然振られて、美咲が驚いた声を上げた。

「ふーん、そういうことね」
 
 凪咲は早くも計算高そうな表情を浮かべている。菜々子は驚いて考え込んでしまった。

「蓮は? どんな子がタイプなんだ?」

「う、うーん。優しくて、料理とか上手な子かな……」
 
 蓮は恥ずかしそうに答えた。

「あ」
 
 礼子が小さく声を上げた。
 
 彼女なら料理の得意な子を知ってそうだ。純美と菜々子は複雑な表情を浮かべている。二人だけのはずが、こんな展開になるとは思ってなかっただろう。

「じゃ、まずは昼飯に……えっと、みんな何持ってきてくれたの?」

「あ、えっと、私はお弁当作ってきたよ。それと、お菓子も……」
 
 純美が両方用意してきたのは、さすが。おにぎりと卵焼き、野菜の煮物が入ったお弁当と、家にあったクッキーの詰め合わせ。

「私も頑張って作ったの……」
 
 菜々子は手作りのサンドイッチ。ハムとレタス、玉子、ツナマヨと種類も豊富だ。料理は苦手だといっていたが、サンドイッチなら比較的簡単に作れる。

「これ……」
 
 美咲は顔を赤らめながら、スーパーで買ったという高めの弁当を差しだす。見栄を張ったのか、普段の美咲らしくない。

「私はこれね」
 
 凪咲は高級菓子店の箱を開ける。チョコレートやクッキーの詰め合わせ。家にあったのだろうか? さすがに良いものを知っている。

「あの……これ……」
 
 礼子はおかずがぎっしり詰まった手作り弁当。彼女の料理の腕前は確かだ。正直なところ、ナンバーワンだろう。

「これしか……」
 
 恵美は控えめに市販のお菓子の袋を差しだす。でも、みんなが好きそうな定番のスナックをチョイスしている。

 オレはそれぞれにしっかりと笑顔で礼を言い、感謝した。

「すげぇ! これ全部食べていいのかよ!」
 
 湊が目を輝かせるが、6人は少しだけ、少しだけ残念そうな表情だ。

 オレに食べて貰おうと頑張って用意したのに……もちろんオレも食べるが、蓮や湊の昼飯になってしまったのだ。

 いや、あれ? オレ二人が来ること伝えたよな? こうなること予想できなかった? うーん、わからん。

「まあ、みんなで食べようぜ。机、寄せようか」

 予想以上の豪華な昼食になりそうだ。祐介と小百合も喜んでいる。

 まあ、なんだか。

 そりゃあ仕方ないよね。オレの体は一つしかないんだから。




 蓮……礼子経由で料理上手な山内和子を紹介。

 湊……菜々子経由でテニス部の中田麻衣子を紹介。




 次回予告 第56話 (仮)『1年最後のテスト勉強』

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