第55話 本当にあった奴隷貿易 姉上と、おれと、いもうと

 同年 八月

 沢森領は少しずつ豊かになっている。

 石けん、鉛筆、塩、醤油、味噌など、コタツや布団など耐久品も含めた生活必需品が充実している。(もちろん、領内の城は簡易水洗にしているよ!)

 なにより人口が増えた。

 転生時の永禄四年四月には二千人程度の人口しかなかった。

 大村様の領内で五万人程度、小佐々で七千人だ。それが今や倍の四千人以上になっている。職人や技術者の移住が大きい。

 当初は期間限定、いわゆる期間工が主体となって一時的に増えたのだが、労働環境や賃金、何より沢森領は他より物価が安い。

 米は石高が少ないせいで相場とあまり変わらないが、それでも道喜が安い地域から買い付けてくれるから安定している。

 そうした事が原因で、職人や技術者本人だけではなく、家族もまとめて移住してきたのだ。今のところ解雇する予定もないし、なにしろ仕事して貰わないとこっちも金にならないからね。

 太田の港まで降りて、そこから黒口、面高と進み、横瀬を通過して、帰りは山道を抜けて沢森城に戻る。大島と崎戸は明日視察する予定だった。

 移動手段は馬車だ。戦国時代に馬車は似合わないかもしれないが、どうでもいい! 移動中に読み書きや考え事もできるし、仮眠もできる。

 忠右衛門の技術区画には寄らなかった。

 技術革新ありありで、それは楽しいのだが、予算を聞くと気が滅入る。またにした。そうして横瀬村に入った。半分はポルトガルだ。

 ただ、俺はいわゆる完全な治外法権は認めなかった。

 領民は全員キリシタンだとして、他領の者や仏教徒との間で揉め事が起きた場合、一方に有利な裁判や法律を認めたくはなかったからだ。

 この件は様々なケースを考慮して、南蛮側と交渉した。全てのトラブルにおいて、公平に扱う事を要求したのだ。

「やい、離せ! 姉上を離せ!」

「くそ! うるさい小僧だな。殺されてえのか!」

「姉上に何かするなら、お前を殺して俺も死ぬ!」

「兄上、怖いよお」

「下がっていろ」

「おうおう、格好いいねえ。じゃあやってもらおうか」

 男は荷台にあった竹刀サイズの棒っ切れを投げ、男の子に持たせた後、刀で繋いでいた縄をバサッと切った。歳は俺と同じくらいだが、棒は少し大きいようだ。

 しかし、あの構えは……素人ではないな。どこかの武家の子供か? そういえば村人にしてはボロボロだが上質な着物を着ている……? まさか? いや、まさかのまさかか? ?

「やめなさい竹蔵。売る前に商品にキズつけてどうするんです?」

 少し離れたところから、かっぷくのいい、そしていかにも悪徳商人風の顔をした成金男が下卑た笑いを浮かべながら言った。

 これは……どうみても、人身売買だな。

「おい!」

 俺は馬車を降り、小平太を伴い近づいて叫んだ。

「何をしている!」

「はあ? 何いってんだお前。見りゃわかんだろうが!」

「見ても意味がわからんから聞いておる!」

「人買いだよ人買い」

 その時、ばさっばさっどん! !

『逃げなさい! !』

 瞬間、兄弟(兄妹? 姉弟?)三人が走ってきて俺の後ろに隠れる。少年はまだ棒を構えてヤクザ男に相対している。

「おーまーえーはー、なにやってんだよ! ! !」

 男が優男の腹を蹴り、うずくまったところを上から踏み潰す。

「うぐっ、げほ……すみません。縄がゆるかったようでお許しください」

「喜兵衛、お前にはもっとしつけが必要のようですね」

 成金がいう。

「おい、いい加減にしろ。俺の領内でこんな事をして、ただで済むと思っているのか?」

「へ? あ、ああ、これはこれは、ご領主様で。申し訳ありません。ただ、この戦国の世。私も別に好きでやっている訳ではありません。戦で家族を失い、食うも食わずでさまよっているところを私が拾ったのです。それに、ここにくるまで飯を食わせたり、特におなごの方は身ぎれいにしとかないと売れないので金もかかります」

(! ! そういう目的で売られている子もいるのか!)

 男は俺が領主と知って少し驚いたようだが、すぐに気を取り直して話している。

 日本における奴隷制は合法的ではなかったが、戦国時代にはいわゆる略奪である「乱取り」が行われ、有名無実になっていた。

 ヨーロッパでは、アフリカの黒人奴隷を労働に従事させていた。タダ同然の労働力の魅力から抜け出す事は容易ではなかったのだ。

「いくらだ? ?」

 俺は尋ねた。

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