やばい。まじやばい。嘘やろ? 早すぎるって! 来年やろ?
「本日、大村民部大輔様はじめ、家臣数名がキリシタンになるべく受洗された由にございます」
もー、なにやってるんですか純忠様! 早いですって!
俺は急いで見張り台に駆け上り、日の丸の三角形の旗の下に、左が白、右が赤の「疑問」を表す信号旗をあげた。
日の丸の三角形は「一」の意味で、寄り親である小佐々城宛を表している。応答可能の信号が来たので信号を送る。
「弾正様 キリシタン二 ナラレタルヤ」
否。小佐々城からは青と黄色の格子柄の三角旗があがった。
「後ホド 伺イマス」
と送って、「オワリ」の信号を振り、旗を降ろした。
「小平太、六太、準備しろ。小佐々城へ向かうぞ」
……。良かった。心底ほっとしている。この歴史が少しだけ違っているおかげで命拾いをしている。
史実では一緒に洗礼を受けた一人なんだ。それもこれも、小佐々氏が大村氏の臣下ではなく、独立領主たり得ているからだ。
中浦ジュリアンが生まれる前年には、家族でキリシタンに入信していた、という文献がある。少なくともあと五年後だ。しかし、歴史が一年早まっている以上油断はできなかった。
馬車に揺られながら考える。一挙手一投足が運命を変える。前世ではここまで自分の行動に責任をもっていただろうか。改めてそう感じる。
一刻より四半刻早く(約一時間半で)、城についた。
「平九郎政忠にございます」
「うむ。今日はいかがした」
「は、民部大輔様、キリシタンに入信との由、小佐々様のお考えをお聞きしたくまかりこしました」
「うむ、それで?」
「いか様にお考えでしょうか?」
「いか様も何も、そのまんまじゃよ」
「別にわしはキリシタンになるつもりは、ない。少なくとも今はな。せっかくお主のおかげで南蛮との商いも出来、我が領内の商人も喜んでおるし、南蛮の文化や技術、様々な物にふれる事ができておる」
「は、もったいなきお言葉にございます」
「そのような言葉づかいは無用じゃ。家族であろう」
「ありがとうございます。そのお言葉を聞けて安堵いたしました」
「そうかそうか。今、息子たちは調練場におる。会っていったらどうだ」
「はは、そういたします」
俺はそう答えて、調練場へ向かった。
■沢森政種
わしは隠れて聞いておったが、平九郎が出ていったのを確認して弾正様の前に出た。
「そちの息子は心配性だのう」
「は、時に大胆に、時に慎重に。どっちが本当の平九郎か、某にも分かりかねるときがございます」
「ふふ、まあどちらも必要よの」
「それで、本当のところは、どうお考えなのでしょうか?」
「さっき言った通りじゃよ。なるつもりはない。今わしがキリシタンになれば、領内に余計な混乱を生むだけじゃ。ありがたい事に、今は寺社とバテレンどもとの間にいさかいはない」
「そんな時、わしがキリシタンになってみろ? 仏教側はなにかにつけて、エコひいきだと言い出してくるだろう。バテレンやキリシタンは領主様のお許しがでた、とばかりに仏教徒を迫害したり、神社仏閣を取り壊しかねん」
「左様にございます」
「だから話した様に、基本的にキリシタンにはならぬ。ただ問題なのは……」
「民部大輔様にございますね」
「そうだ。今回もしつこく改宗を迫ってきおった。大村の領民にはしきりに改宗を勧めておるようだし、そうしない者には……。いや、止めておこう。今のところ確たる証拠はないのだ」
口をつぐんだ。そう、確かな証拠はないのだ。
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